三年後の未来
午後七時
本社六階
人事部
現場とは違う静けさがあった。
電話音
キーボード
面接日程
応募者管理
だが、空気は張っている。
黒沢は、その中央席にいる女性を見る。
相沢 真希
人事責任者
三十八歳
細身
黒髪を一つにまとめている。
机には、缶コーヒーと履歴書の束
モニターには採用管理表
未処理メールは三桁を超えていた。
相沢は画面から目を離さないまま言う。
「珍しいですね」
「全社司令室の人が、人事に来るなんて」
歓迎していない声だった。
黒沢は椅子に座る。
「採用状況を確認したくて」
相沢が小さく笑う。
「確認?」
「現場、崩れ始めました?」
黒沢は否定しない。
相沢はそこで初めて顔を上げる。
目が鋭い。
この人も、戦っている。
黒沢は理解する。
相沢はバックオフィスの人間だ。
だが、現場を支えている自負がある。
採用が止まれば、店舗は止まる。
この人もまた、限界まで回している。
相沢は、人事畑を歩いてきた。
大手企業
採用設計
教育制度
人材戦略
その中で、御堂に引き抜かれた。
転職の理由は単純だった。
御堂の話に、現実味があったからだ。
市場を獲る。
業界を変える。
日本一になる。
普通なら、夢物語に聞こえる。
だが、御堂だけは、本当に実現しそうだった。
だから相沢は来た。
この人に認められたい。
その一心で。
相沢は言う。
「人が足りないのは分かってます」
「離職が増えてるのも知ってます」
「でも、採らないと出店できない」
声が強くなる。
「東堂さんは現場を回してる」
「だったら私は採用を最大化するしかない」
黒沢は黙って聞いていた。
東堂が現場を回す。
相沢が人を入れる。
役割は違う。
しかし、根底は同じだった。
会社を大きくする。
そのために、自分の限界まで動く。
相沢は続ける。
「採用って、そんな簡単じゃないんですよ」
「今、どこの会社も人が欲しい」
「条件も待遇も上がってる」
「それでも採るには、数を打つしかない」
「止まれないんです」
黒沢はそこで静かに言う。
「三年後」
相沢が止まる。
黒沢は資料を出す。
採用数推移。
離職率。
店長離脱率。
高稼働者退職予測。
一本の線が、
途中で逆転していた。
採用より、離職が上回る。
相沢の表情が消える。
黒沢は続ける。
「このままだと、新規出店が止まります」
「三年以内に」
相沢は何も言わない。
だが、目だけが動いていた。
黒沢は理解する。
この人は、既に気づいていた。
ずっと前から。
認めたくなかった。
採用責任者として。
自分が採り続ければ、
会社は伸びると信じていたからだ。
相沢が低く言う。
「……黒沢さん」
「それ、誰かに見せました?」
「まだです」
相沢は椅子にもたれる。
長い沈黙。
やがて。
相沢は自分のPCを黒沢へ向ける。
未共有データ。
面接辞退率
店舗別離職傾向
高稼働店舗疲弊率
採用単価上昇推移
かなり深い。
相沢は、既に追っていた。
相沢は小さく笑う。
「誰も、ここまで見ません」
「売上しか見ないから」
黒沢は首を横に振る。
「御堂さんは見ています」
相沢の視線が止まる。
黒沢は続ける。
「だから、自分を採ったんです」
「膨張の次を作るために」
相沢は黙る。
黒沢は静かに言う。
「止める話じゃありません」
「拡大を、持続可能にする話です」
「三年後も、出店を続けるための」
相沢はそこで初めて、
少しだけ表情を緩めた。
敵意が消えていく。
この男は、
成長を止めに来たわけじゃない。
会社を残すために来ている。
相沢はゆっくり頷く。
「……わかりました。協力します」
そして。
画面上の未共有フォルダを開いた。
そこには。
この会社の三年後が、
静かに積み上がっていた。




