壊れない側の人間
佐伯は、そのまま入院となった。
過労
睡眠障害
重度の脱水
診断だけ見れば珍しくない。
だが、池袋店から佐伯が消えた。
その意味は大きかった。
翌日
池袋店
開店前から空気が張っていた。
バックヤードを人が走る。
未処理在庫
返しきれていないDM
査定待ち。
深夜帯の引き継ぎミス。
現場が歪み始めている。
だが、崩れてはいなかった。
東堂がいたからだ。
「査定滞留、二十分以内で切れ!」
「SNS返信止めるな!」
「深夜導線変えろ!」
「ショーケース空けるな、見栄え落とすな!」
指示が飛ぶ。
速い。
迷いがない。
現場が反射で動く。
誰も考え込まない。
東堂の指示は、
考える前に身体を動かさせる。
「買取列詰まってるぞ!」
「誰だ、査定寝かせてるの!」
「その場で判断しろ!」
怒声が飛ぶ。
不思議と現場は荒れない。
むしろ、回り始める。
黒沢は黙って見ていた。
凄まじかった。
東堂は、
店舗を“支配”している。
数字だけではない。
熱量
速度
空気
全部を一人で引っ張っている。
スタッフが走る。
レジが鳴る。
査定番号が呼ばれる。
バックヤードでは、
飲みかけのエナジードリンクが何本も転がっていた。
東堂自身も、
朝から何も口にしていないはずだった。
だが、動きが落ちない。
疲労の気配すら見えない。
黒沢は理解する。
この人間の下では、誰も止まれない。
東堂自身が、止まらないからだ。
昼過ぎ
バックヤード
東堂はタブレットを見ながら言う。
「池袋、まだ落ちてないですね」
その声に疲労はない。
むしろ、
少し高揚しているようにも見える。
目の下には、薄く隈が浮いていた。
黒沢が聞く。
「……佐伯さんの穴は大きいんじゃないですか」
東堂は即答する。
「大きいですよ」
迷いがない。
「アイツは回せた」
「数字も作れた」
「現場判断も早かった」
東堂は画面を見たまま続ける。
「次、池袋任せるなら佐伯だと思ってました」
黒沢は少しだけ視線を動かす。
初めてだった。
東堂が、明確に誰かを評価した。
東堂は言う。
「だから、正直」
そこで一度だけ止まる。
「これくらいで倒れるとは思わなかった」
黒沢は言葉を失う。
東堂は本気だった。
責めているわけではない。
本当に理解できていない。
東堂は水代わりのように、
エナジードリンクを飲み干す。
「昔からそうなんですよ」
「優秀なヤツほど、途中で壊れる」
軽く言っている。
だが、その言葉の奥に、
妙な感情が混ざっていた。
苛立ち
諦め
ほんの少しの哀れみ
東堂は続ける。
「なんでなんですかね」
「あと少し、踏ん張れば抜けられるのに」
黒沢は黙る。
東堂はタブレットを閉じる。
「佐伯も、もう一段上に行けると思ってたんですよ」
「でも、落ちた」
静かな声だった。
怒っているようにも聞こえる。
失望しているようにも聞こえる。
同時に、部下を失った人間の声でもあった。
黒沢はそこで理解する。
東堂は、人を道具としてだけ見ているわけじゃない。
むしろ逆だ。
期待している。
本気で。
自分について来れると信じている。
だから、壊れると理解できない。
東堂は再び立ち上がる。
深夜シフト表を一瞬見る。
だが、表情は変わらない。
「黒沢さん」
「夕方から買取量さらに上がります」
「ここからですよ」
その目は、まだ熱を失っていなかった。
黒沢は、その姿に寒気を覚える。
東堂は、自分が壊れない。
だから、他人の限界も、
同じ場所にあると思っている。
御堂の言葉が蘇る。
“あなたは管理している”
“でも、見ていない”
黒沢は、今になってその意味を理解し始めていた。




