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猫の縁結び屋さん   作者: 白崎イチイ
グランツァの英雄の章

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九話 大前提として

「御存知のこととは思うが、エレン殿には意中の男性がいるとか。」


 エレンの父はアカネの言葉に渋い顔をしながら頷く。男爵家の後継でもない息子では、決していい条件とは呼べない。そんな相手と娘が惹かれあっているというのは目下一番の悩み事であった。

 

「...」


 とはいえ、そのことを知っていると態々知らせる必要はない。沈黙は金として、黙って先を促した。


「渋っている理由は、より条件の良い相手を探しているからでは?」


 良い条件の相手は当然すでに婚約していることが多い。今更探したとておめがねに叶うもそうおらず、その間にレオという悪い虫がやってきていた。通常であれば子爵家の娘と男爵家の息子で問題のない婚約になるところ、アグリ家側に上を目指せる余地がある分釣り合わなくなってしまった。


「もう諦めたらどうにゃ?」


 ソファの上でだらんとだらけたミーが口を挟む。アグリ家がどうとかどうでもいいのでさっさと婚約を決めて欲しいのにゃと、空っぽの頭で尋ねた。


「...諦めるわけにはいきません。」


 貴族相手に使える手札はそれほど多いわけではなく、貴重なカードを捨てる決断は容易にはできなかった。


「娘がそれを望んでいたとしてもか?」


「せめてそのレオとやらが後継であれば。」


 娘の幸せを祈っていないわけではない。レオが後継であれば、ロンハイム家の治める領地との縁ができる。妥協できるラインではあった。

 しかし現実には、レオは単なる貴族の子息。後継でもない人間にそれほどの価値はない。


「あなたが求めているのは価値のある相手。仮にレオがその価値を自ら示すことができれば、婚約を認めるということか?」


「...それが可能なら。」


 今更後継になることは不可能だ。すでにレオの兄が後を継ぐことは決まっている。

 だが価値の示し方とはそれだけではない。


「グランツァの英雄では不満か?」


「...どういうことでしょうか。」


 グランツァは一度侵攻を退けたが、その際に活躍したのは他でもないアカネだ。レオが武勇に優れているという話も聞いたことがない。


「ゴブリンを束ねる長を我々とレオで討とう。」


 エレンの父は怪訝な顔をする。それは実質アカネとミーでやるようなもので、名前だけレオに貸すということか。 いやしかしそれではいずれボロが出る。そうなれば、レオの名声を当てに婚約したアグリ家まで巻き込まれることになる。


「名だけの英雄は必要ありません。」


「名だけではない。」


 アカネとてレオをそのような存在にするつもりはない。


「少なくとも、英雄の卵となるよう鍛えるつもりだ。」


 レオに特別な才があるわけではないが、英雄となるのに必要なのはそれだけではない。

 人のために戦えなければ人々が求める英雄になることはできない。その点、レオはエレンのため、民のため、自らが先陣を切って戦うことを求めていた。

 となれば後はそれに見合う実力をつけるだけだ。幸いにも、次の英雄を育てるだけの力を持つ英雄と、そのための舞台は整っている。


「レオを使ってグランツァとの縁を持ち、アグリ商会を大きくする。貴殿に提案する、全てがうまく行く手筋だ。」


 考えた。

 確かに一見悪くないように感じられる。がしかし商人として、提案されたものが如何に美味しそうに見えたとて吟味しなければ食われるだけだ。魑魅魍魎蔓延る王都にて商会を経営していくには、言葉尻ひとつに神経を払って過ごさねばならない。


「...グランツァ侯はどの程度納得されているので?」


 アドラに尋ねる。この話の核は結局のところグランツァ侯爵にある。それほど入れ込んでないのであれば、こちらとしても対応を考えなければならない。


「貴重な王都での情報源だ。当然、支援を惜しむことはない。」


 アカネに乗せられた感はあるが、それでも王都に自らの派閥の手駒、それもゆくゆくは大商会を持てるとなれば多少の苦労を背負う価値はある。そのために必要な支援を行う準備はある。


 アドラの表情や声色から嘘はないと感じ、真剣にこの話に乗ることを考慮し始める。もしこの話がうまく進めば、グランツァ侯爵の派閥に入るという欠点さえ抜けばアグリ家にとって全てが完璧だ。グランツァ侯爵の派閥に入るというのも、見方によれば国内でも最大級の派閥に下駄を履いた状態で入れるわけである。グランツァ侯爵の人となりは王都で何度も会う機会があり知っているため、傘下に入ることにそこまで大きな忌避感はない。


「レオが本当に長の討伐を?」


 横で考え込む父を置いてエレンが尋ねる。

 婚約の話がうまく進みそうなことはこれ以上ないほどの幸せだが、そのためにレオが命を賭けるということには恐怖していた。レオがそれほど強くないことは知っている。まさか長の討伐など、命を落とす可能性の方が遥かに高いのではないかと。


「ええ。そうでなければ誰も認めないでしょう。」


 エレンの父は勿論、グランツァ侯爵もグランツァの民も、エレンでさえ偽りの英雄でよしとはしないだろう。本当にレオに戦わせるつもりであった。レオをグランツァに置いてきたのは移動を早くするために連れて行く人数を減らしたかったというのもあるが、何より一秒でも長く鍛錬の時間を取らせたかったからだ。今頃アカネの作ったメニューをもとに地獄のような時間を過ごしていることだろう。そうでなければゴブリンの長を倒すことなど今の彼には夢のまた夢なのだから。

 アカネの真剣な表情を見て、自らの依頼がもたらす結末を想像する。ただひたすらレオの無事を祈る他ない。


「...よろしくお願いします。」


「勿論。何かあれば私がなんとかしよう。」


 レオに戦わせるにしても、もし命が危ういとなればアカネもミーも手を出すつもりでいた。その場合命の危険こそないが、英雄と呼ばれるかは怪しいところだが。


「...大前提として、レオが討伐を行う。その上でグランツァ侯に力をお貸しいただき、ロンハイム家との縁談を取りまとめてもらいます。」


「当然。」


 これ以上話し合っても仕方ないと諦めて、最低限の条件を切り出す。これが守られなければ破談だが、逆に言えばこの条件さえ満たされればついに婚約がまとまるのだ。エレンは父たちが話を進める傍らで目からこぼれ落ちる涙を拭う。

 

「んにゃあ、時間かかりすぎにゃ。」


 ふああと欠伸をして伸びるミーに白い目が向けられるがどこ吹く風だ。この会談が始まってから実に三時間。別段長すぎるというほどでもなく、むしろ一度にこれだけの内容が決まったにしてはスムーズに行きすぎていた。

 それは格上であり本来は条件を釣り上げる側のグランツァ侯爵が、かける労力と得られる対価を天秤にかけアカネの敷いたレールにそのまま乗ることにしたからだった。条件が悪くないのであれば、アグリ家としても交渉することはほとんどない。


「今日中に帰れるかにゃ?」


「流石に一晩泊まってからかな。アドラ殿を野宿させるわけにはいくまい。」


 アカネとミーの二人であれば野宿でも、夜道を交代で馬車で行きながらでもいいのだが流石にグランツァ侯爵代理のアドラにそんなことをさせるわけにはいかない。


「それではお二人は今日はグランツァの屋敷へ。」


「お世話になるのにゃ。」




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