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猫の縁結び屋さん   作者: 白崎イチイ
グランツァの英雄の章

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7/20

七話 アグリ子爵家での交渉

「エレン様、御当主様がお見えです。」


「わかりましたわ。」


 二人に依頼をしたとしても状況が急激に変わるわけでもなく、エレンはいつものように庭の園庭で過ごしていた。しかし急遽予定に無い父の帰宅に、慌てて応接間へ向かうことになる。


 使用人に連れられ部屋の前まで向かうものの、扉の前には護衛が立ち扉の中を守るような配置をしている。


「御当主様、エレン様をお連れしました。」


「わかった。エレンだけ入れ。」


 扉が開けられると、向かい合ったソファの片方には当然お父様が、もう片方にはなにやら見覚えのある猫耳を含めた三つの頭が並んでいる。


「よく来たエレン。こちらはグランツァ侯爵の代理人のアドラ様、こちらの騎士の方がアカネ殿、こちらの猫獣人の方がミー殿だ。」


 父の紹介で三人がそれぞれ軽く挨拶をする。


「お初にお目にかかりますわ。アグリ子爵が娘のエレンと申します。」


「初めましてエレン殿、グランツァ侯の代理人として来たアドラだ。」


 アドラはグランツァ侯爵が幼い頃からの側近であり、高い折衝能力を重宝されてはいたが大筋が決まっているとは言え護衛や部下もなく本当に一人で交渉に臨まされることになるとは思っていなかった。

 そしてアドラの紹介が終わったら、当然アカネたちとも挨拶をすることになる。


()()()()()エレン殿、アカネと申します。」


「ええ、初めまして。」


 父に見えないようにぱちんとウィンクをしながら言うので、こちらも合わせて挨拶を交わす。


「初めましてにゃエレン、ミーと申しますにゃ。」


「初めましてミー様。」


 こちらもアカネの真似をしようとしているが失敗して瞼がぴくぴくと動いているだけである。思わず笑いそうになるがお嬢様パワーでギリギリで耐える。


「アドラ様に会談を申し入れられてな、なにやら緊急の案件ということで仕事を空けてきた。」


「お心遣い感謝する。」


 エレンの父が行っていた仕事とは物資の準備である。

 グランツァが襲われているという情報は当然手に入れていた。グランツァとの交易は活発であり、グランツァへ侵攻するゴブリンの群れに襲い掛かられ命からがら逃れてきた商人が何人かいた。昨日のその時点では流石に規模はわからなかったが、消費した物資に関して補充することは当たり前であり、他の商会が気づき値上がりをする前に押さえておくよう指示していたのだ。

 

 そこへゴブリンの侵攻を退けたあと、グランツァ側の商人や王都の商会が情報を伝えるために飛ばした早馬が到着したのが昨夜遅くのこと。グランツァの内部に協力者がいるわけでは無いため詳しい状況はわからないが、それでもグランツァ侯爵が普通以上の物資を必要としていることはわかったため昨夜からほとんど寝ずの指示を出していた。

 そのため渦中のグランツァ侯爵からの代理人ともなれば、無理矢理にでも仕事をこじ開けて会談をするのに十分すぎる理由だった。


「しかし、面談にエレンを同席させて欲しいとは、一体どのような理由があるのでしょうか?」


「そのことについては追って説明しよう。」


 唯一不可解だったのは面談にエレンを同席させて欲しいということだ。申し入れを受けてからずっと考えていたが、たとえばエレンをグランツァ侯爵家の誰かと結婚させる代わりに支援物資を寄越せということだろうか、いやしかしアグリ子爵家を選ぶ理由がないだろうと、答えは出なかった。


 だからこそ面談にあたって一番初めに聞いたのだが後回しにされる。とは言え相手は侯爵の代理人。後で話されるなら強く押すほどのことでもないと切り替えた。


「我らグランツァがゴブリンの侵攻を受けたことはすでにご存知のことだろう。」


「ええ、知り合いの商人などから聞き及んでおります。規模もこれまでに無いものだったとか。此度の被害、心よりお見舞い申し上げます。」


 その侵攻の規模を聞いた時にも驚いたが、何より驚いたのはそれ程の侵攻を受けたにしては被害があり得ないほどに少ないことである。勿論被害はグランツァの財政に大きな負荷を与えるレベルではあるが、グランツァ侯爵家で解決できるほどの金銭的・人的被害にしかならなかったのは全くもって信じられない。


 そしてその被害から救ったのがこちらのアカネという一人の騎士だというのだから、恐れ入る他ない。貴族として剣の扱いは心得ているものの、ゴブリンを一振りに切り伏せることが出来るような者からすれば児戯にも等しいだろう。初めに人払を要求されてアドラが驚くほどにすんなりと受け入れたのはそのことを聞いていたために、どれほどの護衛を残したとて敵わないならアドラも含めて心象をよくしておいた方が得だろうという商人らしい思考の末だった。


 もう一人の猫獣人、ミー殿に関しては商人の持ってきた話の中にもほとんど登場しなかったが、猫獣人の隠密性に長けた特性を考えても力のアカネ殿に対してのサポーターということだろう。アカネ殿もミー殿とは気心の知れた仲という雰囲気だったことだし、二人で組んでいるのは間違いない。一見すればアカネ殿ほど恐れ入る必要もないような能天気に見えるが、アカネ殿がサポーターに選ぶほどの実力を有しているのであればその隠密能力はアカネ殿同様尋常のものでは無いということは推察できる。


「そこで当然消費した物資を補充するわけだが、今回は事情が異なる。」


「と言いますと?」


 わざわざ関わりのないアグリ家へ話を持ってきた理由。アグリ子爵家を伯爵へ叙爵するためにも得られるチャンスはものにしなければならない。


「ゴブリンの侵攻はもう一度あるのではないかと考えている。」


「それは...確かに、であれば補充以上の量を用意する必要がありますね。」


 貴族としては一度ならず二度も、それも極短期間に侵攻を受けるなど悪夢に他ならないが、税収の高く母体も大きいグランツァであったことは他の貴族にとっては神に感謝しても仕切れないだろう。商人にとってはいくらでも需要があるということでここぞとばかりに物資を持ち込む掻き入れ時になるが。


「これまで以上の量を購入するようになるわけで、物資の購入先を迷っている。」


「であれば是非アグリ商会を!このような事態ですから値段も相場より下げましょう!」


 もったいぶって言うが、なぜここにきたのかを考えれば新たな取引先としてアグリ商会を考えていると言うことに他ならない。いや、他の商会にも同じように持ちかけて価格交渉をするつもりかもしれないが、だとしてもアグリ商会が選ばれるように働きかける以外の選択肢はない。


 王都での規模の拡大には天井が見え始めていたところだった。なにせ大きな商会ともなれば買付から輸送まで自前で行えるが、アグリ商会のような小規模な商会では輸送を常態化させるための資金や武力を集めるのに苦労し、その問題を越えられなければ規模を維持しつつ他の商会に食われないように神経を張り詰めさせながら過ごさなければいけない。大口の取引先が増え、他の街への足がかりにもなるとすればこれ以上の優良な搬出先はない。


「しかし、王都には他にも無数に紹介がある上、グランツァへ海運で輸送できる街の方が費用もかからん。」


「そういうことでしたら輸送費の方も...」


「まあ、待て。それではアグリ商会の利益は微々たるものになるだろう?」


 顔を前に出し前屈みになったアドラが告げる。


「我々が買いたいのはアグリ商会だ。」



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