六話 藍色の上の人間
「それは...ミー殿とアカネ殿はともかく、彼を連れて行くのは率直に言えば不安に感じますな。」
グランツァ侯にすれば、この戦いに領都の将来がかかっていると言っていい。その戦いに、わざわざ重荷を背負っていこうと言うのだから不安を感じるのも当然である。
「ええ、恐れ入りますが...私自身もそのような大役を任されるに足る資格も実力もないと考えております。」
自分の力を客観視するまでもなく、あのようなゴブリンの大群を切り開く実力を持つアカネとは天と地以上の差があるはずだ。チャンスではあるものの、我儘で足を引っ張るような真似をすることはできなかった。
「んにゃあ、そんなことわかりきってることなのにゃ?理由があるからに決まってるのにゃ。」
「そうだ。申し訳ないが戦力として期待しているわけではない。ただ、現時点ではという話になるが。」
現時点という言葉に首を傾げる二人を置いて話は続く。
「グランツァ侯、王都からの援軍を呼べばこの侵攻を凌ぐことは容易になる。それでも自力での解決を望むということで違いないな?」
「ああ...できるのであればという前提にはなるが...」
滅びることになるぐらいなら援軍を要請せざるを得ないが、そうでないならグランツァ内部で解決しなければならない。これはグランツァ侯にとって優先度の高い決定だった。
「グランツァ侯?なぜに...」
「すまんが。あまり言いふらしてもいいことがないのでな。」
「...はい。」
納得いってない表情ではあるが、その場の全員が同意していることであればレオに聞く権限はない。ひとまず話を先に進めることを優先する。
「ひとまずグランツァの防衛のためには物資をどこかから持ってくる必要があるでしょう。それを王都のアグリ商会を経由して購入していただきたい。」
「構わぬが、その理由は説明してもらおう。」
政治によって物資の購入先を指定することは日常的に行われていることであり、それが必要であればなおさら否はない。しかしグランツァの経済圏に食い込んできていないアグリ商会と、一時的にとはいえ大量の物資を取引して足がかりを与えるとなれば他の商会から突き上げを喰らう。納得させられるだけの理由がなければ海運を利用して通常のルートから取引した上で、アグリ商会とは少量の取引に落ち着くことになるだろう。
「アグリ商会は大商会ではないが、王都で五本の指に入る勢いのある商会だ。王都での販路に天井が見えれば次は外、その第一段として貿易港があり王都からもほど近いグランツァへの進出を狙うのは当然の動きと言える。」
「わしがその立場なら、確実にそうするでしょうな。しかしそれはそちらの都合、グランツァには関係がないな。」
なぜ二人がアグリ商会などという新進気鋭とはいえ吹けば飛ぶような商会に拘るのかはわからないが、恐らく依頼絡みのことだろう。アグリ商会がグランツァに進出し経済を活性化させることは望んでいるが、だからといってすでに付き合いのある商会を無碍にすることはあり得ないため、こちらから積極的に手を貸す理由にはならない。
「そう。ですが彼らには新進気鋭であることのメリットがある。」
王都に根ざす商会、それも大きな商会になればなるほど王族には頭が上がらなくなる。
「彼らの頭はグランツァ侯、あなたが抑えるといい。」
「王都に対する手札にすると。」
当然、王都からグランツァに支店を出す商会は多く、またグランツァから王都へ手を広げる商店も多い。だが王都に拠点があればそちらに忖度せざるを得ず、グランツァに拠点があれば王都の商店の輪に入ることは難しい。勿論それでも方法はあるが、情報源に近い尾鰭のない情報を得られる大商会を手に入れるにはこちらも相応の代価が必要であり、小さな商会を育てるにはそれ以上に苦労がかかる。今のうちにこちらに引き込めるなら悪くはない。
「王都から武器を大量に購入するのに、侯爵の子飼いであった方が融通が効くだろう。」
「?、ですが今から大量の武器をアグリ商会が用意するのは厳しいのでは?」
「今回はきっかけとして十分以上な量をなんとか揃えられる限り集めてもらうことになるだろうな。」
これから逆侵攻をかけるとしても、作戦の通りなら相手がこちらに向かってくるまでの時間はあるが、それでもアグリ商会が集められる量には限界がある。いくら王都に耳を持てるからといってもわざわざ今のグランツァ領経済圏を将来的に変えさせる計画を立てるほどの理由があるとレオには感じられなかったが、グランツァ侯は消極的ではあるが理解を示す。
「まあ、そういうことなら貴殿の話に乗ってもいいが...」
「周りの者を黙らせる必要は無い。静かにやるだけの話さ。」
そう告げるアカネの目の奥がグランツァ侯爵を捉える。深い藍色の瞳に覗き込まれ、グランツァ侯は唾を飲み込んで答える。
「...分かった。そうしよう。」
「ありがたい。アグリ商会への注文と交渉は我々も行ったほうが話が早いだろう。この状況でグランツァを長い期間離れたくない、こちらで護衛も兼ねるので連れて行くのは一人か二人に絞っていただきたい。」
「明日までには決めておく。」
今までの話は全てアグリ商会の考えを無視してのことだが、大筋ではこの通りに行くだろうという確信があった。
「あの、王都に戻るのであればエレンに伝言をお願いできませんか?」
「ああ、問題ない。」
まだ詳しくは分からないが、直接エレンと会話を交わせてかつロンハイム家とアグリ家の影響を受けない存在はそういない。恐らく以前に送った手紙も両家の検閲を受けていることだろう。
「エレンに、必ず会いに行くからと。」
エレンはどう思っているのだろうか。不甲斐ない自分に愛想を尽かしているだろうか。それともまだ待ってくれているのだろうか。
「伝えておこう。」
検閲によって伝えたいことを伝えることはできないが。
それでも自分を待っていてくれるなら。
必ず会いに行くから。
「アグリ商会だけが苦労するわけではない。当然君にも、それこそ死に瀕するほどの苦労をしてもらうことになるだろう。」
「それでエレンに会えるなら。」
もとよりそのためにグランツァへやってきた。奇跡のようなこのチャンスを、何があっても手放すつもりはない。
「覚悟が聞けて良かったよ。このゴブリンの群れの長を討伐するのは私ではない、君だ。」
「にゃあ!?」
正気を疑うような目でアカネを見ているが、至って正常である。アグリ商会の将来がグランツァと関わっているからといって、エレンの父がグランツァと何の関係もないレオとエレンの婚約を認める理由にはならない。グランツァ侯爵が仲立てすれば許されるかもしれないがそんな義理もないし、レオもそれで良しとするような男でもなかった。
「流石に無理だとおもうにゃ?あとたった何日かで鍛えたとしてもせいぜいがペースを合わせたミー達についてこれるようになるかどうかにゃ。」
「勿論一人でやるわけではないさ。だが、レオ自身が功績を立てねば誰からも理解は得られまい。」
顔を向けたアカネの視線を受け止めて頷き返す。
「この命。エレンのためならば喜んで賭けましょう。」
その言葉に笑顔を見せた後、グランツァ侯爵に向き直る。
「グランツァ侯、彼が討伐を成功させた暁には彼も引き取ってもらいたい。」
「この戦いの英雄として抱え込めと?」
一人召し抱える程度造作もないが、だからこそ些事のように扱ってもらっては困る。一兵士としてなら問題ないが一騎士としてでは生じる責任が段違いなのだから。
「戦いにおいては確かに力がものを言う。だがグランツァ侯にとって必要なのは自分よりも格上の存在にも立ち向かえる者ではないか?」
「...」
返事はない。
「当然彼がお眼鏡に敵わなければ断ってもらって良い。だが討伐を済ませ、これならばと思えるようになっていたら考えてもらいたい。」
「...そういうことであれば、この戦いが終わったら考えよう。」
強い存在はそれだけで価値がある。この戦いにしても、アカネほどとはいかなくとも小さな町では一番の冒険者や騎士が戦線を支えていた。なくなった戦力を補充する必要もあるため、実力がついたなら異はなかった。
「しかしそうなると、当然わしが面倒をみることになるな。」
ため息をついてぼやく。いつの間にやらアカネの策に乗せられていた。
「グランツァ侯ともなれば、婚約の一つや二つ成立させるのも義務だろう。」
「それはそのために骨を折る必要がないもので済ませるわけだが...まあ、危機を救ってもらった恩もある。ここまでお膳立てされているなら手を貸してやろう。」
「ありがとう。」
「ありがとうございます!!」
深々と頭を下げる姿は未来への希望に満ち溢れている。だがそのためには死の危険を乗り越えなければならない。
「それでは婚約の実現のためにも鍛錬と行こうか。グランツァ侯、場所をお借りしても良いか。」
「ああ、騎士達が使っている場所を適当に借りてくれていい。」
ばたんとドアが閉じ、ようやくこの部屋にも静けさが戻る。
なんだか乗せられていた気もするが、最終的にはグランツァの、わしの利益にもなる。だからこそこの面倒を買ったわけだが、それでもゴブリンの侵攻といい予定になかったことの連続でため息は出る。
「ため息をつくと、せっかく運ばれた幸運も逃げていきますよ。」
他に誰もいないはずの部屋で、誰かがソファで寛いでいる。
「ここまでの事態でもついてはなりませんか。」
「あなたがしようとしていることを思えば、この程度の被害は端数にもならないでしょう。」
資料をめくる手が止まる。
「あなたがグランツァの発展に心血を注いでいるのは私利私欲ではあっても王族への恨みではありません。だからこそ王家も見逃しているのですよ。」
全てを見透かしたような目で此方を見据えている。いや、見透かしたようなではない。全てを見透かしているのだと思わされるだけの格があった。
「...お気づきでしたか。」
「ええ。ですがその時が来たら我々も協力させていただきましょう。」
言い終わるとソファから立ち上がる。
「グランツァ侯爵、ご報告があります。」
ドアの外からの声に視線を外した。
戻した時にはもう、誰もいなかった。
「食えないお方だ。一番良いところを持っていかれた。」
珍しくタイトルに色々な意味が含まれていますね




