四話 よくない予感
間に合ったのは幸運だった。
グランツァの外壁が視界に入る距離まで近づいた時には、既にゴブリン達に包囲されていた。
馬車に乗ったままだとどうしても行動が制限されてしまう。ミーに馬車を任せて西側を強引に突破した。
「!?あ、あなたがどうしてここに。」
「仕事で寄ろうとしたらこういう状況だったのでね。むしろこちらから聞きたいことが山ほどある。」
途中でグランツァの正規兵を助け、状況を聞き出すことができた。伝令がもたらした情報によると東側の被害が一番酷く、拮抗しているがいつ崩れるか分からないと。
城壁の上から壊れた機械のように矢を放つ騎士団達の間を走り抜ける。
走りながら横目に下の様子を見るが、本当にギリギリと言った状態だ。針で突けばそれだけで崩れるような。
ジワジワと押し返して、私が直上まで来た頃には決め切ったかと思ったが遠くから増援がやってくる。
戦う意志をへし折られ、いつ来るか分からない王都の援軍目当てに籠城戦を行うか。ひとまずグランツァ侯にどうするかを伺いに行くかと思った時、一人の男が目についた。
正規兵の装いだが纏う雰囲気はそうでもなく、かといって冒険者といった感じでもない。ただ一人でも多くの人間が生き残ってほしいという様子だった。
「私が手を貸してやろう。」
城壁から飛び降りて、勢いをそのままに最前線へと突っ込む。
この戦いを長引かせない為には奴を叩くしかない。確かにこちら側の状況も最悪だが、敵も一度下がった士気を増援で無理やり上げているだけ、そこを抑えられればいよいよ敵軍は崩壊する。
飛び出してきたゴブリンは剣を振り抜くと上半身が落ちる。並の兵士ならいざ知らず、私の前では敵ではない。
その後も直進しながら目についた者を斬り捨てていく。
「邪魔をするな。」
時には同族を肉壁としながら迫ってくる輩もいたがその壁ごと斬った。
そうやって進むうちに僅かな違和感に気づく。なんとしても倒そうと言う気概がない。まるで様子を見に来たとでも言うような。
「まぁいい、今はここを終わらせるだけだ。」
私よりも一回りも二回りも大きい化け物が、私に対して恐怖する。
ギョロリとした目が静かに私を見た。これまでの戦闘を見て己の死を悟ったらしい。化け物だというのに。
「はっ!」
剣を振り上げる。
戦闘において体格は正義だ。小さいやつより大きいやつの方が強い。だが大きくて強いやつよりも、強くて強いやつの方がもっと強い。
斬る。
頭は血を吹き出しながら本来あるべき場所から転がり落ちた。直径四十センチはあろうかという首は、骨まで真っ二つになった。一度士気を失い、再び刈り取られたゴブリン達は背中を見せて逃げ出そうとする。
「うおおおおおおお!」
「ありがとう!あなたは英雄だ!」
城門に辿り着くと、割れんばかりの歓声に迎え入れられた。手をあげて答えながら城壁を走る際に確認した場所へ向かっていると、歓声を上げる一員が割れる。
「突如戦況が変わって驚いたが、君だったとは。ご助力感謝する。」
正面から現れたのはやり手な老人、グランツァ侯爵。
久しぶりの再会もあって右手を差し出してくる。
「用があって来ただけだが、間に合ってよかった。」
握手を求める表情にはまだ余裕が残っているあたり何か策はあったんだろうが、本心であることは間違いない。できれば王都に助けを求めなければならなくなる前に終わらせてしまいたかっただろうから。
王都を今にも抜かんとするグランツァが王都に借りを作るのは頭を押さえつけられるに等しい。下手をすれば復興支援を名目に権益に割り込まれる形になったかもしれない。もちろん侯爵がそのようなこと許しはしないだろうが。
「ひとまず中へ。話さねばならんことがある。」
そう言って彼が来た道を引き返す。
お祭りムードといえども領主の行く道を邪魔するほど舞い上がってはないらしい。周りに警護の騎士達がいるのもあってすんなりと建物の中に入れた。
流石王都に次ぐ都市なだけあって司令部でもそれなりの内装が施されている。装飾品なんてうっかり壊したら目玉が飛び出る金額を請求されそうだ。
「ふぅ、いや、貴殿の登場は本当に幸運だった。」
そんな建物の一室のこれまた紅茶でも溢そうものならどうなるかといったソファに腰掛ける。あの決して豪華絢爛とはいえない家と比べると、そもそも絨毯がある時点で文明度が違うが。
正面に座るグランツァ侯は部下に指示を出すと同時にため息をついて言う。
「本当にな。あそこまでの事態になるとは、如何した。」
規模のデカさは即ち事の起こりにくさでもある。小規模な群れであれば騎士団や冒険者達で十分対処できるし、大抵はこの段階で潰してしまう。城壁もあり多くの騎士団を抱える余裕のあるグランツァだから迎え撃つという選択も取れたが、状況からして数に押しつぶされていた可能性は高かった。
そのことは侯も分かっているだろうし、普段から見回りもさせていただろう。
せめて兆候でも掴めていたら大物がいることを前提に事前にそれなりの準備もできただろうに、それすらなかったということは何かしらのイレギュラーが発生した可能性が高い。
「それが、今も報告書を確認している最中だがあのようなレベルの個体がいるという報告はなかった。勿論管理者から状況を聞き出しているが、全くの初耳だそうだ。」
より一層皺の深まった顔でそう言う。
冒険者は勿論、騎士団のメンツも適当な調査を行うとは、まぁ、考えられなくも無いが可能性としては低い。
群れの巨大化の前兆に関しては厳しい教育が行われるし、手を抜いたとして結局のところ自分たちが前線で戦うことになるのだ。早いうちに見つけなければ割を食うのは自分たちなのは分かりきっている。
単純に調査や偵察のルートの外に存在していて運が悪かったのか、それとも。
下を向いて考え込んでいると、コップに注がれた紅茶の水面が揺れているのに気づいた。
遅れてドタドタと足音が二つ聞こえてくる。
「話は聞かせてもらったにゃ!」
両開きのドアがばーんと勢い良く開かれると共に可愛らしい猫が入ってきた。正確には人の姿をした猫だが。
本来であればとんだ無礼者のはずが胸を張って堂々としている。
猫は猫らしく空気を読めないのがミーの特技にゃと言っていたのを思い出す。
「ミー殿も来ていたのか。それで、何を聞かれたと。」
「んにゃ、話なんて知らないのにゃ。それよりもアカネ!あんな所に一人で置いてくなんて酷いのにゃ!」
侯が僅かに腰を上げ立とうとするのを手で制する。
にゃぁぁと不満気に私の座るソファで頭を此方に向けて横になった。顔は横を向いて目を合わせないようにしているのが精一杯の不満の表現だ。
「馬も一緒にいただろう?」
「ミーと馬を同列に語るんじゃにゃい!」
横になりながらわちゃわちゃと手を動かして抗議している。
時折顔に当たりそうになるのでなんとか抑えながら宥めていると、対岸で少し間抜けな顔をしている侯の顔が目に入った。
私がミーを座り直させている間に、なんとか取り繕って威厳のある顔に戻してほしい。
「それで、様子は見て来たんだろう。」
ある程度落ち着いた後、机に置かれたお菓子をぺろりと平らげたミーに話しかける。
ミーを一人で置いて来たのには勿論理由がある。
私が戦うのが得意であるように、ミーの得意分野は猫としての隠密性と機動力を生かした偵察だ。
あの時城壁で戦っているので全部なのか、増援は来そうかなど後方の様子を調べるよう頼んでいた。
「みゃあ、そうだったのにゃ。うーーーむ、間違いじゃにゃければあんまりよろしくないかもにゃ。」
ミーはむむむと眉間に皺を寄せて唸る。
やはりそうか。あれだけの数がいて本気で戦おうという様子が薄かったから何かあるだろうとは思ったが。
「本当か?だとすれば今度こそ王都に増援を呼ばねばならんが。」
唸るミーと悩むグランツァ侯。
しかし私はそれ以上にミーが引っ張ってきた男性の存在が気になっていた。
可哀想なことにここにきてから随分と放置されたままである。
「ミー、後ろで困っているあの男性はもしかすると。」
「あ、そうにゃ。すっかり忘れてたのにゃ。」
ちょいちょいっと手招きすると、気の弱そうな男性がミーの元にやってきた。
細身でいかにも力がなさそうだが何かもどかしさを感じていそうな、そんな様子だった。
特徴は確かに一致する。
「ロンハイム家次男、レオと申します。」




