十七話 未来の英雄
そこには逃げも隠れもしない、堂々とした立ち姿の長がいた。
他のゴブリンと比べると五倍以上の背丈はただの数字ではなく、それに見合った体格も備え易々と人間を打ち砕くことができるだろう。
先ほどまでの数による攻勢が嘘だったかのように静まり返った空間に三人は見合っていた。
「やけに諦めが良いな。」
自らの死を悟り自分一人で挑もうと言うのだろうか。
であれば数で攻めてきたのはなんだったのかと思わなくもないが、戦うのが楽になる分には構わない。
「行け、レオ。」
「はい。」
一対一はこちらも望むところ。
自らの手で討伐を成し得てこそ英雄の称号を掴むことができるのだ。
アカネは周囲の警戒を行い近寄ってくるゴブリンの殲滅を行いつつ、不審な動きをするものがないかを確認する。
「...」
レオの胸中に不安や緊張というものはもはや存在しなかった。
ここに至るまでに斬ってきた無数のゴブリン達。
斬る。
ただそれだけのイメージを固めてきた。
剣を構え長と正面で向き合ったままにしばらくの時が過ぎた。
互いに動き出そうとはしない。
レオは自らの集中力を高め最高の状態で挑むために。
ソレは動いてしまえばそれをきっかけにこの戦いが終わってしまうと知っているから。
「邪魔をするなよ。」
その半径三十メートル内にはネズミ一匹入り込む余地はない。
近寄ってくるもの皆片っ端からアカネが消し飛ばしていた。
向かい側にいる敵さえも遠隔攻撃によって攻撃されたと気づく前に倒れ伏す。
アカネが作り上げた最高の空間の中でレオは目の前の敵にだけ集中していた。
如何に観察力が優れている人物でも全てを同時に見ることは不可能だ。
手、足、目線、呼吸、その起こりまで含めればどこかを見ようとすることで見えなくなるものがある。
特に相手は五メートルを優に越す化け物である。
視界の範囲に全身を収めるだけでもそれなりの距離を維持する必要がある。
だがそれは相手にとって絶対の有利にならないのではないか。
それだけ体躯が大きいということは動作にも相応のラグが発生するということ。
起こりを見てから動くという意味では通常の相手とは対応の仕方が異なるだけで変わらない。
「シッ!」
そう感じとったレオは走り出す。
とにかくこちらの剣のリーチの中まで入らなければならない。
当然相手も対応してくる。
距離を詰めようとするレオに対して、単純なリーチ差による剣の振りを浴びせにかかる。
リーチの長さもさることながらその剣の重さは地を穿つほど。
受けてしまえば剣諸共叩き折られると直感し避けに徹する。
両の手で振るわれる剣は地面に掠っただけで地を捲りあげ土煙を噴き上げた。
横を通りながらゾッとする。
あれを喰らっていれば命はなかっただろう。
やはり相手の攻撃は全て避けていかなければならない。
だがこちらのリーチにさえ入ってしまえば相手より小さいことも有利になる。
「っ!?硬い!」
振り下ろされた剣による突きを真横に転がることで躱す。
渾身の一振りはしかしただの皮膚によって遮られる。
通常のゴブリンであれば容易く切り裂いたその剣もその防御力を突破すること叶わなかった。
軽い絶望がレオを包む。
斬られた皮膚は確かに血が滲んでいる。
もう一度あそこを斬り付ければ血が噴き出るだろうし、別の場所でもそうだ。
失血を待てば有利なのはこちらだろうが、それまでに確実に相手の攻撃を避けていられる保証はない。
なにせ相手はとんでもない持久力があるのに対しこちらは攻撃全振りの紙装甲でしかない。
...いや、そんなことあるのか?
そもそもなんでこのゴブリンはそんな防御力を持っている?
防御力といっても不可思議な力、例えば魔法による支援や障壁というわけではない。
単に皮膚が硬かったというだけの話だ。
これがもしゴブリンの長という種族として皮膚が硬いのであれば考えるだけ無駄だが、皮膚というのは通常柔らかいもののはず。
レオの中で皮膚が硬い部分といえば手か。
剣を振ることによって剥けた皮がより強靭になって段々と固くなっていく。
それと同じことが起きているのではないか。
あの体格だ、これまで長が戦ってきた敵もレオがしたのと同じようにまずは自らと同じ高さにある足を攻撃したのではないか。
その結果足の皮膚はより強靭になっていった。
であればどうするか。
簡単だ、通常の敵が狙わないであろう箇所を狙えば良い。
攻撃の届かない上半身、中でも急所であろう頸筋。
ここが斬られていればこれまでに長は死んでいるはず。
斬られていないからこそ今まで生き延びているし、であれば皮膚は軟いまま。
...だったらどうする。
届かないから狙えないのはレオも同じこと。
決まっている。
賭けに出るしかない。
「ハァッ!」
もう一度、足元の傷をなぞるように切りつける。
流石に今度は皮膚が捲れ出血していた。
傷跡に剣を刺すと、足の上を登行ろうとする。
その様子に慌てて足を上げて振り払おうとするが、深く突き刺さった剣を絶対に放さない。
我慢比べが始まる。
足を振り落とそうとする長とどうあっても放さないレオ。
「絶対に勝つんだ...!!」
片足でバランスを取る不安定な長に比べると、振り払われている側とはいえ大ぶりな動きに合わせて重心を移動させれば良いレオの方がほんの少しだけ余裕があった。
刺さった剣を握る両手から右手だけを離し腰に刺さった短剣をなんとかして手繰り寄せる。
傷跡は目の前にある。
短剣を深く突き刺し抉る。
「うわっと!」
いいようにされていることが気に食わない長は足を勢い良く振り下ろし両足で立つ。
そしてバランスを取りながらも放さなかった剣の柄を思い切り足に打ち付けようとする。
刃の部分であれば足ごと傷つけることになってしまうが、柄であれば精々打撲で済む。
この邪魔な人間を始末するためであれば許容できる傷だ。
「飛べ!」
レオは長剣をしっかりと握り長の足を駆け上る。
短剣をホールドのように扱い高い位置に刺すと、柄を踏みつけそのまま上空へ高く飛ぶ。
「いよし!」
長が振り下ろした両手の上に乗ることに成功する。
この忌々しい人間はいつまでもうろちょろと体の上を這い回っている。
痺れを切らし直接手で掴むために剣から片手を離して打ちつけた。
しかしそれこそがレオの待っていた動き。
「これでもう剣を放すしかないな!」
打ちつけたその手の甲の上に飛び乗るレオ。
するとどうか。
そもそも剣を両手で握っていたのは長の体格に合わせた巨剣は両手で握られねばまともに振れないからである。
柄を足に打ち付けるということは刃先は地面についてしまっている。
この状態から片手で戻すことはできないし、かといって手の甲に乗るレオを放置はできない。
頭を下に向けているこの状態でそのようなことをするのはリスクが高い。
もう一度手で握り潰すために剣を握る最後の手を離さざるを得ない。
「武器のないお前の攻撃を躱すことなど容易いものだ!」
長はなりふり構わずレオに向けて手を振り下ろすが、本当にすべきはレオを腕の上で自由にさせないことであった。
つまり、手を下に向け腕を地面に垂直にすること。
これだけでレオは腕から降りる必要があるのだが、焦った長は直接排除する以外の方法を思いつけなかった。
いくら長が巨大とはいえ腕の長さは精々三メートルほど。
人が走るにはあまりにも短い距離だ。
駆け出したレオはあっさりと長の首元に辿り着く。
「お前は未来の英雄に倒されるんだ。」
不安定な足場ではあったがここまでの道程を思えばマシなものだ。
一息に剣を振り抜くと容易く裂けた首筋から血が激しく吹き出す。
返り血を大量に浴びながらも構えを崩さない。
「さようならゴブリンの長。」
切り返してもう一度振り抜く。
もはや首と頭は繋がっていなかった。
ゴブリンの長はここに、若き騎士レオによって討たれた。




