十六話 ゴブリンの長になるために
生まれた時、ソレは群れで最も弱かった。
弱いものは群れでも虐げられる。
仲間には配られる食料が自分には配られず、常にお腹を空かせていた。
ある日、腹を満たすために群れの外に出た。
もし見つかれば今度はいよいよただでは済まされない。
守られる空間を自らの意思で出たのだから、群れの者、いやそうでなくとも他の生き物に見つかれば反撃する術を持たないソレはあっという間にやられてしまう。
それでも尚、歩みを止めなかった。
あのまま群れの中にいてもじっくりと弱っていくだけだとなんとなく感じとっていたのかもしれない。
ただ一人で旅に出たソレは、森の中に食料などほとんどないことを知った。
群れのものが取って来ていた食料は、それなりの苦労の上に成り立っていたものであった。
この森の中で、弱いものが選ぶことができない。
ただひたすらに雑草を食べ飢えを凌いだが、それは群れの中で食べていたものよりも遥かに悪いものだった。
段々と痩せ細っていく体にまだ痩せられるのかと驚きもしたが、同時にまだ痩せられるという希望もあった。
まだ生きられる。まだ耐えられる。
まだ、食料を探せる。
森の中を当てもなく彷徨い続け、既に息絶えている魔物を見つけた。
一ヶ月ぶりのまともな食事であった。
そのまま齧り付き、我を忘れ半分ほど食べたところでこれを明日のために取っておくことを思いついた。
食料が見つからなかった時のために毎日腹半分で留めていた知恵が生きた。
元気になると、今度は戦い方を考えた。
余裕のあるうちに次の食料を見つけなければならない。
しかしゴブリン一匹程度で狩れる魔物はこの森の中にいなかった。
相変わらず、ソレは最弱であった。ソレは考えた。
考えた末に、この食料を囮に使うことにした。
自分のように弱った存在を誘き出すことにしたのだ。
仮に元気な個体が来ていたらこの方法は成立しなかった。
ソレはそのことに頭が回っていなかったのだ。
自分が最も弱く、そして常に空腹であったために。
ただ運は良かった。
群れを誰にも見つからず抜け出し、雑草で食い繋ぎ、運良く食料を見つけ、そして運良く弱った魔物が食いついた。
あの時のソレと同じように無我夢中になって食べている魔物を後ろから石で打ちつけた。
あまりにもあっさりとした勝利だった。
魔物に勝ったことで、自らが強くなったことを理解した。
それは、王になるものにのみ許された特権であった。
そうして長い長い時が過ぎた。
ソレの下には新たな群れが生まれていた。
元いた群れとは別の群れだが、魔獣に襲われ崩壊しかけたところをたまたま通りかかり助けたところを長として担ぎ上げられたのだ。
ゴブリンの中では強さこそが正義だ。
強ければそれが何者かは関係ない。
そしてそれは弱さにも言える。
弱かったから、襲われた。
弱かったのが悪い。
群れはソレが君臨したことで安定して発展した。
他の群れから襲われれば返り討ちにし、むしろ呑み込んでしまった。
そうすることでさらに巨大化し、いつしかこの群れはこの森で最大の勢力となっていた。
しかしソレは感じていた。
あくまでこの森の中での最強。
時たま通りかかる気配の持ち主にはなす術なくやられてしまうだろうと。
気配を感じる能力を持たない群れのものは知らないようだが、やつはこちらを覗いている。
いつかまるまると肥太ったソレ達を収穫するために。
その恐れから、さらに群れは強くなった。
決して強さに満足せず、常に外へ狩りへと出かけた。
それでもゴブリンでは強さに限界がある。
ソレはさらなる強さを求めていた。
「あら、では私の手伝いをしてもらおうかしら。」
負けた。
慢心していたつもりはないが、しかし軽々しく負ける気もしていなかった。
突如群れの中に現れた女を大勢で取り囲み袋叩きにしたが、一度の魔術で全てを吹き飛ばされた。
ソレも懸命に立ち向かったが彼女の力の前には無力であった。
これで群れは終わりかと思われたが、意外にも彼女は友好的であった。
群れを修復する手伝いをしてくれ、むしろ群れを巨大化するための知恵を授けてくれた。
曰く、狩り過ぎてはならないと。
狩りすぎてしまえば獲物は数を減らし、かえって効率が悪くなる。
確かに最近では獲物に出会う機会が減っていたところだった。
彼女の知恵は本物であると信じ込んだ。
曰く、家を建てなさいと。
今の家とも呼べないような土の塊ではなく、木を切り倒し、板にすれば良いのだと。
確かに住処が良くなったことで、ゴブリンの数はさらに増えた。
曰く、私を崇めなさいと。
そのために村の中心に祭壇を作った。
彼女が持って来た液体を使いなにやら模様を描き、その中心に彼女のお宝を置いた。
こうすることで彼女は力を増し、さらにソレ達を強くすることができるらしい。
確かに死ぬことが怖くなくなった群れのもの達はより強さを求める激しい戦いを行うようになった。
「食料が足りないのではなくて?」
確かに、群れの数が増えたことと獲物を狩る数を制限していることで食料が減ってきていた。
そこで彼女は、人間から奪うという方法を教えてくれた。
しかしそれは、既にやっている。
時たま現れた人間達は食料を持っていて、効率が良いのだ。
だがそうではなかった。
人間の群れを襲うのだ。
ソレの群れと同じように食料を溜め込んでいる人間の群れを。
「ここから南に行った先に人間の群れがあるわ。」
戦うことはソレの得意分野だった。
先陣を切って進もうとしたところを彼女が止めた。
「あなたの群れにも戦わせないと。強くならないわよ。」
そうだ。
ソレはもう、群れのことも考えなければならないのだ。
まずは群れの者を送り込むことにした。
群れでも弱い者達だが、戦わなければ強くなれないことをソレは知っていた。
敗走したが、それで良かった。
残った者達は皆強くなって帰って来た。
「さあ、次はあなたも行きなさい。」
強くなった群れの者達と共に戦い、人間の群れを滅ぼす。
それは群れの食料を保つために必要なことだった。
「もし金色の髪の女を見つけたらすぐに知らせなさい。そうね、そこのゴブリンにその仕事を与えましょう。」
人間の中にも、ソレと同じように強い存在がいるらしい。
もし見かけたら数で押し潰しなさいと言われた。
それでも勝てなければ、あなたしか勝てないと。
ソレは頷いた。
強敵と戦うことでさらに強くなれる。
群れの者も、ソレ自身も。
彼女は満足そうに笑った。
その夜、群れに何かが侵入した。
彼女が代わりに戦ってくれたようだが、侵入者の魔法によって群れにも被害が出ていた。
せっかく作り上げた家を破壊するとは許せない。
ましてや、ソレ達の崇める彼女の宝物を攻撃するなど。
ソレは憤った。
もし人間の群れの中にその侵入者がいれば、必ず止めを指すと言った。
それを聞いた彼女は嘲るように笑い、そして感情のこもっていない声で呟いた。
「ああ、あれは良いわ。どうせ勝てないもの。」
そう言う彼女が今何を見ているのか、ソレには分からなかった。




