表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『学校では誰にも知られずに卒業したい 〜うちのクラス、隠し事が多すぎる〜』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/75

第71話 “見に来る人”と“見られたくない人”が同じ廊下にいる

 文化祭の廊下は、いつもの廊下とは違う。


 同じ床。

 同じ壁。

 同じ窓。

 同じ掲示板。


 なのに、知らない足音が混ざるだけで、学校の輪郭が少し変わる。


 真白はA組の入口近くで、廊下の向こうを見ていた。


 午前中の早い時間は、まだよかった。

 保護者や在校生の友人が中心で、見慣れない顔はあっても、空気は学校の中に収まっていた。


 でも昼前になると違う。


 少しずつ、外の温度を持った人が増え始める。


 校内図を見ている人。

 スマホで何かを確認している人。

 誰かの名前を小声で言いながら歩く人。

 ただ文化祭を楽しみに来たのではなく、何か目的があって来たような視線。


 そして、その視線のいくつかは、明らかにB組の方へ向いていた。


「二年B組って、あっち?」


 廊下の向こうで、また誰かが言った。


 その言葉に、長谷川琴葉の肩がほんの少しだけ動いた。


 真白はそれを見逃さなかった。


「長谷川さん」

「大丈夫」

 長谷川はすぐに笑った。

「まだ大丈夫」


 その“まだ”が、少しだけ重かった。


 鳴海詩音は、長谷川の横で廊下を見ている。

 声は出さない。

 ただ、視線だけが少し鋭くなっていた。


 澪はその近くに自然に立っている。

 何かあったとき、すぐに間へ入れる位置だ。


 ひかりはA組の入口に立ち、いつもより少し明るめの声で来場者へ案内をしている。


「A組はこちらでーす。展示見るだけでも大丈夫です。混んでるところ避けたい人もどうぞー」


 明るい。

 軽い。

 でも、ちゃんと流している。


 人をA組側へ少しずつ逃がして、B組前の密度を上げすぎないようにしているのだ。


 昨日の会議で言っていたことが、もう実戦になっている。


     ◇


「琴葉ちゃんですよね?」


 それは、B組の前で起きた。


 声をかけたのは、大学生くらいの女性だった。

 派手ではない。

 悪意もなさそうだ。

 けれど、目の奥に“目的の人を見つけた”という色があった。


 長谷川は一瞬だけ動きを止めた。

 それから、学校用の笑顔を作った。


「はい。長谷川です」

「あ、やっぱり! 応援してます。今日、文化祭って見て……」

「ありがとうございます」


 長谷川の返事は丁寧だった。

 でも、その声には少しだけ壁がある。


 学校の中。

 制服。

 文化祭。

 なのに、外の名前で見られる。


 その違和感が、真白にも伝わってきた。


 女性は嬉しそうに続けようとした。


「写真とかって――」


 その瞬間、さやかが自然に間へ入った。


「すみません。校内での生徒個人の撮影は、原則ご遠慮いただいています。展示の撮影についても、掲示をご確認ください」


 声は丁寧。

 でも、はっきりしている。


 相手は「あ、すみません」とすぐに引いた。


 長谷川は、わずかに息を吐いた。

 それでも笑顔は崩さない。


「展示、よかったら見ていってください」

「あ、はい。ありがとうございます」


 女性は少し気まずそうに、B組の展示へ視線を移した。


 長谷川はその場から動かない。

 でも、真白にはわかった。


 今のは、少し削られた。


     ◇


「長谷川さん」


 真白が小さく声をかけると、長谷川は振り向いた。


「うん?」

「A組、少し来る?」

「……いい?」

「いいよ」


 長谷川は一瞬だけ迷ってから、鳴海を見た。


「詩音」

「行って」

「でも」

「少し休んで。私はここにいる」

「……じゃあ、すぐ戻る」


 長谷川はそう言って、A組の方へ来た。


 ひかりがすぐ椅子を引く。


「息抜き席、空いてます」

「またそれ」

 長谷川は笑った。

「でも助かる」


 座った瞬間、長谷川の肩から少し力が抜けた。


「嫌だった?」

 真白が聞く。


 長谷川は少し黙って、それから言った。


「写真って言われた瞬間、ちょっとね」

「うん」

「別に、その人が悪いわけじゃないんだけど」

「うん」

「今日は、学校の文化祭だから」


 それ以上は言わなかった。


 でも十分だった。


 ひかりは、いつもの軽さより少しだけ低い声で言う。


「今日は文化祭を見に来てほしい日だもんね」

「うん」

 長谷川は頷いた。

「私を見に来る日じゃなくて」

「それ、忘れがちなのは向こうかもね」

 絵麻が言った。

「琴葉さんが公表してるからって、全部の場所でアイドルの琴葉さんってわけじゃない」

「……」

 長谷川は少しだけ目を丸くした。

「今の、うれしい」

「褒めてる?」

「かなり」


 絵麻が微笑む。


 その会話で、少しだけ空気が戻った。


     ◇


 だが、廊下の流れは止まらない。


 B組前に人が増えれば、自然と声も増える。

 案内の声。

 笑い声。

 感想。

 何気ない呼びかけ。


 鳴海はB組の入口で、できるだけ短い言葉で対応していた。


「こちらです」

「そこ、段差あります」

「展示は奥から見てください」


 声を張らない。

 必要以上に響かせない。

 けれど、人に伝わるようにする。


 その加減が、見ていて少し苦しそうだった。


 真白は、A組からその様子を見ていた。


「鳴海さん、声を使ってる」

 音々がぽつりと言った。

「うん」

「抑えてるけど、使ってる」

「……」

「ちょっと疲れると思う」

「そうだね」


 真白が頷いたとき、B組の方で小さなざわめきが起きた。


「今の声、めっちゃ聞き取りやすい」

「ね、なんかアナウンスみたい」


 来場者の何気ない感想だった。


 たぶん悪意はない。

 ただ、聞こえたものを言っただけ。


 けれど鳴海の表情が、ほんの少し固くなる。


 すぐに澪が動いた。


「鳴海さん、こっち持てる?」

「……うん」


 澪は展示用の紙を一枚持たせ、鳴海をB組入口から少し奥へ下げた。

 自然だった。

 用事を頼んだだけに見える。


 真白は思う。


 上手い。


 守っているのに、守っているように見せない。


     ◇


 そのとき、A組の前に来た男子高校生二人組が、掲示を見ながら話していた。


「これ、けっこう凝ってるな」

「二年A組だって」

「へえ。あ、これ描いた人うまくない?」

「ほんとだ」


 絵麻の飾り線のところで止まっている。


 絵麻は少しだけ離れた位置にいたが、聞こえていたらしい。

 少し照れたように視線を下げる。


「桃園さん」

 真白が小声で言う。

「何?」

「顔、出てる」

「え」

「嬉しい顔」

「……ちょっとだけ」

「褒められたんだからいいんじゃない?」

「うん。でも、学校で自分の作ったものが見られるの、やっぱり不思議」


 絵麻はそう言って、小さく笑った。


 その横で、ひかりが来場者へ説明をしている。


「その飾り、うちのクラスの子が描いたんですよ。いいでしょ」

「へえ、すごい」

「ありがとうございます。本人は照れてるので、これ以上掘らないでください」

「え、そうなんだ」

「はい、優しい文化祭運営です」


 軽い。

 でも、きちんと線を引いている。


 絵麻が苦笑する。


「ひかりちゃん、そういうのほんとうまい」

「褒めてる?」

「かなり」

「やった」


 真白は、そのやりとりにも少し救われる。


 見られることは全部悪いわけじゃない。

 褒められることだってある。

 でも、その“見られる”の強さを調整してくれる人がいると、ずっと楽になる。


     ◇


 昼に近づくと、来場者はさらに増えた。


 A組もB組も、廊下側に人がたまり始める。


 さやかは実行委員として走り回っている。

 ひかりは案内役を続ける。

 絵麻は時々展示の説明を補足する。

 音々は廊下の音を聞きながら、人の流れをさりげなく見ている。

 木乃葉は起きているのか寝ているのかわからない姿勢で、必要なときだけ「そこ詰まる」と言う。


 真白も、いつの間にか普通に来場者へ説明していた。


「こちらは準備過程の写真です」

「へえ、これ生徒さんたちで?」

「はい。文化祭準備の記録です」

「すごいですね」

「ありがとうございます」


 ちゃんとできている。

 普通に対応している。


 そう思った瞬間だった。


 目の前の来場者の一人が、真白の顔を見て、少しだけ首を傾げた。


「……あれ」

「はい?」

「どこかで見たことあるような……」


 真白の背筋が固まる。


 顔は出していない。

 Vtuberとしてはバーチャルの姿だ。

 でも、ピアノの手元映像、話し方、雰囲気。

 何かの断片で、違和感を持たれることはある。


 その一瞬を、ひかりが逃さなかった。


「ありますよねー、その感覚」

 ひかりがすぐ割って入った。

「学校って、昔の知り合いに似てる人めっちゃいますよね」

「あ、いや、そういう……」

「ちなみに展示こちらから見ると流れわかりやすいです。準備写真、時系列になってるんで」

「あ、はい」


 強引ではない。

 でも、会話の流れは確実に変わった。


 真白は息を吸った。


 助かった。


 ひかりは振り返らない。

 ただ、展示の説明を続けながら、小さく片手だけ後ろへ出した。


 親指を立てている。


 真白は少しだけ笑いそうになった。


 この人、本当に空気を流すのがうまい。


     ◇


 けれど、その直後だった。


 B組側で、また別の声が上がった。


「あの声、やっぱり……」


 真白は反射的にそちらを見る。


 来場者の男性が、鳴海の方を見ていた。

 年齢は二十代くらい。

 おそらく卒業生ではない。

 スマホを手に、何かを確認するような目をしている。


 鳴海はちょうど、B組の生徒に何かを伝えていた。


「これ、奥に置いておいて」


 短い一言。


 それだけだった。


 でも、その人の目がはっきり変わった。


「え、今の……」


 鳴海の動きが止まる。


 長谷川が気づく。

 澪も気づく。

 真白も、足が自然と一歩前へ出た。


 その場の空気が、ほんの一瞬だけ薄くなる。


 これは、さっきまでの“気のせい”ではない。


 来場者の目が、確かに鳴海の声へ向いている。


「もしかして――」


 その言葉が続く前に、風間先生の声が廊下に響いた。


「通路に立ち止まらないでください。奥へ進む方は左側を空けてください」


 声は大きくない。

 だが、よく通った。


 廊下の流れが、一瞬で動き直す。


 男性は言葉を飲み込み、周囲の人に押されるように少し横へずれた。

 鳴海は澪に軽く腕を引かれ、B組の奥へ下がる。

 長谷川がその前に立つ。


 真白は、胸の奥が冷たくなるのを感じた。


 危なかった。


 本当に、危なかった。


     ◇


 風間先生は廊下の中央に立ち、いつもの顔で来場者の流れを整理している。


 誰かを責めるわけではない。

 何かを隠しているようにも見せない。

 ただ学校の先生として、通路整理をしている。


 その自然さが、逆にすごかった。


 鳴海はB組の奥で、少しだけうつむいていた。


 長谷川がそばにいる。

 澪もいる。

 音々が廊下の音を聞くように、少し離れた場所で立っている。


 真白もそちらへ向かおうとした。


 だが、その前にひかりが腕を軽く掴んだ。


「今は行きすぎない」

「……」

「昨日の会議」

「うん」

「あとで、無理に元気づけない」

「……うん」


 真白は深く息を吐いた。


 そうだ。

 今すぐ大勢で寄ると、それはそれで目立つ。

 今は、澪と長谷川がいる。

 風間先生も動いている。


 自分は、A組を止めない方がいい。


「……難しいね」

 真白が言うと、ひかりは少しだけ笑った。


「難しいよ。でも、昨日決めといてよかったでしょ」

「うん」

「かなり?」

「かなり」


 それでも真白は、B組の奥を見た。


 鳴海はまだうつむいている。


 そして、さっきの来場者は廊下の流れに紛れながらも、まだ少しだけB組の方を見ていた。


 文化祭のざわめきの中で、真白ははっきり思った。


 “見に来る人”と“見られたくない人”が、同じ廊下にいる。


 その距離は、想像していたよりずっと近かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ