第67話 秘密持ちチーム、文化祭の“平和な防衛会議”を始める
世の中には、絶対に大げさにしてはいけない会議というものがある。
たとえば、
国家機密に関わる会議。
会社の極秘案件。
あるいは、文化祭当日に“できるだけ目立たず、できるだけバレず、できるだけ学校を学校のまま終わらせるため”の会議。
最後の一つだけ急に規模が小さく見えるかもしれない。
だが、2年A組と2年B組の一部にとっては、わりと本気で重要だった。
文化祭は学校行事だ。
学校の中で起こる。
学校の人が集まり、学校外の人も少し入る。
つまり、
“学校で普通の顔をしたい人”と“外で知られている顔を持つ人”が、もっともぶつかりやすい日
でもある。
そのあたりを、長谷川琴葉が半分冗談で、半分本気で言い出したのは前日の放課後だった。
そして、その冗談半分は、その日の放課後、ほんとうに会議になった。
◇
「というわけで」
ひかりが教卓の前に立って言った。
「何が“というわけで”なの」
さやかが即座に突っ込む。
「いや、流れ的に」
「その流れ、誰が決めたのよ」
「長谷川さん」
ひかりが言う。
「私!?」
と長谷川。
「いや、だって昨日、“ちょっと本気で守る?”って」
「あれは半分冗談!」
「でも半分本気」
鳴海が静かに言う。
「……」
「何その、“身内に切られた”みたいな顔」
真白が言うと、教室に小さな笑いが落ちた。
場所は2年A組。
放課後。
文化祭準備で少し雑然とした教室。
メンバーは、真白、澪、絵麻、木乃葉、ひかり、さやか、音々。
そこへ長谷川と鳴海が来ている。
人数だけ見ると、だいぶ密度が高い。
しかも全員、何かしら“学校の外”を持っているか、その空気を理解している側だ。
「じゃあ」
ひかりが教卓に手をつく。
「本日の議題」
「やめて、その進行役のノリ」
真白が言う。
「でもわかりやすいでしょ」
「文化祭を、できるだけ平和に終える方法」
木乃葉が伏せたまま言う。
「何その、議題だけやたら本格的」
絵麻が笑う。
「でも本質」
と音々が静かに言った。
真白は少しだけ額に手を当てる。
やっぱり始まった。
こういうのが、最近のこの教室は本当に始まる。
しかも、始まってしまうと案外ちゃんと意味があるから困る。
◇
「まず現状整理」
ひかりが言う。
「何でそんなに仕切るの慣れてるの」
さやかが聞く。
「見せ方の人だから」
絵麻が即答する。
「それ、ちょっと好き」
ひかりが笑う。
「褒めてる?」
「かなり」
と絵麻。
ひかりは満足そうに頷いてから、指を一本立てた。
「長谷川さん」
「はい」
「学校公表済みアイドル」
「急に雑」
長谷川が言う。
「でも合ってる」
真白も頷く。
「文化祭で人が来たとき、わりと見られやすい」
「うん」
長谷川も認める。
「そこはもう避けられない」
「しかも隠してないぶん、“見てもいい”って思われやすい」
澪が言う。
「それ」
長谷川が真顔で頷いた。
「かなりそれ」
「うわ、急に重い」
ひかりが言う。
「でも本題」
さやかが言った。
ひかりは二本目の指を立てる。
「鳴海さん」
「はい」
「隠している側」
「雑」
鳴海が言う。
「でも合ってる」
と真白。
「文化祭みたいに人の出入りが増える日は、声とか雰囲気とかの“気づかれ率”が上がる」
「うん」
「特に学校外の人が来ると危ない」
ひかり。
「……」
「何その顔」
鳴海が聞く。
「いや」
絵麻が少しだけ目を細めた。
「今、ちゃんと会議っぽいなって」
「嫌?」
「嫌ではない」
「褒めてる?」
「かなり」
三本目の指が立つ。
「真白さん」
「はい」
「学校では誰にも知られずに卒業したい人」
「その紹介文やめて」
真白が即答すると、教室に笑いが起きた。
「でも一番正確」
木乃葉が伏せたまま言う。
「しかも文化祭って、配信とか外の趣味と学校が一番交差しやすい」
ひかりが続ける。
「うん」
真白は観念して頷く。
「学校外の人、来るかもしれないし」
「あと、学校の中にも“ネット強い人”いる」
さやかが現実的に言う。
「それ言い出すと怖い」
真白。
四本目の指。
「澪」
「うん」
「歌う人」
「急に短い」
澪が笑う。
「学校の中でちゃんとしてるけど、文化祭みたいな“声が飛ぶ場”は微妙に危険」
「うん」
澪は素直に頷く。
「人前での発声とか、立ち方とか、癖は出やすい」
「やっぱりそうなんだ」
長谷川が言う。
「出るよ」
「しかも朝倉さんって、学校の中でも強いから」
絵麻が言う。
「外の顔と学校の顔の境目が、たまに近い」
「……」
「何その、“言われてみればそう”みたいな顔」
ひかり。
「いや、実際そうかも」
澪が小さく認めた。
真白は横目でそれを見て、少しだけ思う。
朝倉澪はたしかに、学校の中でも強い。
だからこそ、文化祭みたいな舞台では少し危ういのかもしれない。
◇
「で」
さやかが言う。
「そこまではいいとして、対策は?」
「それ」
ひかりが指を鳴らした。
「ここからが本番」
「いや、本番は文化祭当日」
真白が言う。
「今はまだ会議」
「その冷静さ好き」
と絵麻。
「褒めてる?」
「かなり」
ひかりは教卓に紙を広げた。
「対策その一」
「あるんだ」
長谷川が言う。
「かなりある」
ひかり。
「目立ちそうな人を“ひとりで放置しない”」
「うわ」
真白が言う。
「何その、急に防犯みたいな」
「いや、でも大事」
鳴海が真顔で言う。
「文化祭って、一人でいると変に見られやすい」
「うん」
長谷川も頷く。
「誰かと一緒にいる方が、学校の人っぽく見える」
「なるほど」
絵麻が言う。
「“同級生の会話”で包む感じか」
「そう」
ひかりが満足そうに頷く。
「さすが絵麻ちゃん、言語化がうまい」
「褒めてる?」
「かなり」
真白は少しだけ納得した。
たしかにそうだ。
ひとりで立っていると、そこに“見る対象”としての輪郭が立ってしまう。
でも誰かと普通に話していれば、“学校にいる人”として風景に溶ける。
「対策その二」
ひかりが続ける。
「うん」
「“声を張る場面を減らす”」
「それは助かる」
鳴海が即答した。
「わかりやすいね」
真白が言うと、
「そこはかなりわかりやすい」
鳴海も少し笑った。
「あと澪にも効く」
ひかり。
「そうだね」
澪が頷く。
「必要以上に前に出ない方が安全」
「長谷川さんは?」
絵麻が聞く。
「私の場合は」
長谷川は少し考える。
「隠してないけど、学校でまで“見せる側”にはなりたくない」
「……」
「何その顔」
真白が聞く。
「いや」
長谷川は肩をすくめた。
「学校でくらい、普通の女子高生したいでしょ」
「……」
「うわ」
ひかりが言う。
「何その“うわ”」
「今の、だいぶ刺さる」
「褒めてる?」
「かなり」
その一言は、真白にもかなり響いた。
そうなのだ。
学校でくらい、普通の高校生でいたい。
それはこの会議にいる多くの人の、共通の願いなのかもしれない。
◇
「対策その三」
と、ひかり。
「まだある」
さやかが言う。
「“何かあったら、会話で流す”」
「うん」
長谷川がすぐに頷く。
「それはB組でもやってる」
「わかる」
真白が言う。
「A組は止めるけど、B組は流す」
「……」
「何その、“またそれちゃんと覚えてたんだ”みたいな顔」
長谷川が言う。
「覚えてるよ」
真白は少し笑う。
「かなり大事なことだったし」
「褒めてる?」
「かなり」
長谷川も笑った。
ひかりはさらに言う。
「つまり」
「うん」
「気づきそうな人がいても、即座に別の話題へずらせる人を近くに置く」
「それ、ひかりちゃん向きすぎる」
絵麻が言う。
「でしょ」
「自分で言うんだ」
さやか。
「でもほんとに向いてる」
真白も頷く。
「ひかりちゃん、空気を笑いへ逃がすの上手い」
「うわ」
ひかりが言う。
「何その、急にちゃんと褒められたみたいな」
「褒めてる?」
「かなり」
と真白。
ひかりはちょっとだけ照れたように笑い、それからわざとらしく咳払いした。
「では次」
「まだあるの?」
澪が言う。
「あるよ。文化祭って長いから」
「そこはたしかに」
鳴海が真顔で頷いた。
◇
「対策その四」
ひかりが言う。
「“先生を頼ることを、敗北だと思わない”」
「……」
教室が少し静かになる。
それは、冗談っぽく始まったこの会議の中で、かなり本気の一文だった。
「風間先生?」
絵麻が聞く。
「うん」
ひかりが頷く。
「たぶん、あの先生かなり見えてる」
「見えてる」
真白が言う。
「かなり」
澪も頷いた。
「でも広げない」
さやか。
「だから、もし本当に危ないなら」
ひかりは続ける。
「学校の大人に渡した方がいい」
「……」
「何その顔」
鳴海が聞く。
「いや」
真白は少しだけ言葉を探した。
「それ、すごく正しいと思って」
「うん」
長谷川が頷く。
「自分たちだけで守れる範囲ってあるし」
「学校を学校として守るのは、最終的には学校の大人の仕事」
とさやか。
「何その、今の委員長ちょっと強い」
ひかりが笑う。
「褒めてる?」
「かなり」
ひかり。
真白は少しだけ胸の奥が落ち着くのを感じた。
そうか。
全部を自分たちだけで何とかしなくていい。
それは、かなり救いだ。
◇
そこで、ずっと黙っていた音々が言った。
「対策その五」
「え」
ひかりが言う。
「音々ちゃんが続けるんだ」
「うん」
「何?」
絵麻が聞く。
音々は窓の外を見たまま、静かに言った。
「“本人が嫌がってる時は、無理に元気づけない”」
「……」
空気が少しだけ止まる。
「何その、急にめちゃくちゃ本質」
真白が言う。
「褒めてる?」
音々。
「かなり」
と真白。
鳴海が、少しだけ目を伏せた。
たぶん、かなり響いたのだろう。
「気づかれそうになったあとって」
音々は続ける。
「うん」
「その場では笑えても、あとで疲れる」
「……」
「だから、“大丈夫?”を言いすぎない」
「……」
「何その、“今のすごく助かる”みたいな顔」
ひかりが鳴海を見る。
「うん」
鳴海は小さく頷いた。
「かなり助かる」
「褒めてる?」
音々。
「かなり」
鳴海。
真白はそこで、今日の会議がただのコメディではなくなったと感じた。
笑える。
でも、ちゃんと切実だ。
文化祭を前に、自分たちは本当に“学校で普通でいるための準備”をしているのだ。
◇
「……で」
さやかが言う。
「結論、どうするの」
「まとめると」
ひかりが指を折り始める。
「一、ひとりにしない」
「二、声を張らせない」
「三、会話で流す」
「四、危なかったら先生」
「五、あとで無理に元気づけない」
「……」
「何その顔」
真白が聞く。
「いや」
長谷川が笑う。
「思ったよりちゃんとしてる会議だったなって」
「やっぱりそこ」
絵麻が笑う。
「でもかなりちゃんとしてた」
澪が言う。
「うん」
真白も頷く。
「かなり」
鳴海は、そのまとめをしばらく黙って聞いていた。
それから小さく言った。
「これ」
「うん?」
ひかり。
「文化祭の防衛会議っていうより」
「うん」
「学校で普通にいたい人のための会議だね」
「……」
「何その顔」
真白が聞く。
「いや」
絵麻がやわらかく笑った。
「今の、かなりいい」
「褒めてる?」
鳴海。
「かなり」
と絵麻。
真白も頷く。
たぶん本当にそうだ。
文化祭はきっかけにすぎない。
この会議の本質は、学校でただの同級生でいたい人たちの願いなのだ。
◇
そのときだった。
教室のドアが、ほんの少しだけ開いた。
「……」
「……」
「……」
全員がそちらを見る。
風間だった。
担任は、いつもの静かな顔で教室の中を見回した。
誰がいるか。
どんな空気か。
たぶん一瞬で全部見ている。
「先生」
さやかが一番先に声を出す。
「何か?」
「いえ」
風間は静かに言う。
「二階堂に連絡事項を伝えに」
「……」
「何その、“絶対それだけじゃないでしょ”みたいな顔」
ひかりが小声で言う。
「やめて」
真白も小さく返す。
風間は教卓の近くまで来て、さやかへ紙を一枚渡した。
「明日の朝、実行委員の集合が少し早まります」
「はい」
「それと」
風間はそこで一拍置いた。
「文化祭は、学校の中でやるものです」
「……」
教室の空気が、ほんの少しだけ変わる。
誰も何も言わない。
でも全員が、その言葉の意味を少しずつ受け取っている。
「以上です」
風間はそう言って、いつも通りの顔のまま出ていった。
ドアが閉まる。
「……」
「……」
「……見えてたね」
ひかりが言う。
「かなり」
真白。
「全部だね」
絵麻。
「かなり」
澪。
「でも、何も壊さなかった」
鳴海が小さく言う。
「うん」
真白も頷く。
「かなり、あの先生らしい」
そして全員、同じことを思ったはずだ。
この会議は、たぶん今、風間にも承認されたのだ。




