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『学校では誰にも知られずに卒業したい 〜うちのクラス、隠し事が多すぎる〜』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第68話 担任、やっぱりたぶん全部わかってる

 風間先生は、たぶん全部わかっている。


 真白は前からそう思っていた。


 いや、正確に言えば、最初は「この先生、妙に察しがいいな」くらいだった。

 だが最近は、もう少し違う。


 察しがいい、ではない。

 見えている。

 かなり見えている。


 それなのに、言わない。


 そこが一番怖くて、一番ありがたい。


 文化祭前日の朝、真白が教室へ入ると、いつものようにA組は少しだけざわついていた。


 ひかりは朝から文化祭用の掲示を見直している。

 さやかは実行委員の集合時間が早まったことで、すでに胃が痛そうな顔をしている。

 絵麻はノートの端に「文化祭前日の空気」とでも題名がつきそうなラフを描いている。

 木乃葉は机に伏せながらも、今日は妙に目だけ起きている。

 音々は窓際で、校庭の準備音を聞いているようだった。

 澪は自席で静かに教科書を開いているが、視線はときどき廊下へ向いている。


 真白は席につきながら、小さく息を吐いた。


「おはよう」

 と澪。

「おはよう」

 真白が返す。


 それだけの会話なのに、ひかりがすぐ振り向いた。


「はい、今日はちょっと硬い」

「何の判定」

 真白が言う。

「文化祭前日緊張度判定」

「そんな検定いらない」

「でも今日は全体的に高め」

 ひかりは教室を見回す。

「委員長は九十点」

「不名誉」

 さやかが即答する。

「鳴海さんがいたら七十点」

「本人いないところで測らない」

 真白。

「真白さんは六十五点」

「微妙に高い」

「澪は五十八点」

「刻むね」

 澪が少し笑う。

「ちなみに木乃葉さんは?」

 絵麻が聞く。

「概念なので測定不能」

「褒めてる?」

 木乃葉が伏せたまま言う。

「半分くらい」

「便利だね」

「便利だから」


 教室に小さな笑いが落ちる。


 でも、その笑いの奥に、確かに緊張があった。


 明日は文化祭だ。


 ただの学校行事。

 でも、真白たちにとっては、ただの学校行事では終わらないかもしれない日。


     ◇


 ホームルームの時間、風間先生はいつも通りの顔で教室へ入ってきた。


「おはようございます」

「おはようございまーす」


 いつもの挨拶。

 いつもの声。

 いつもの間。


 だが、真白は少しだけ身構えた。


 昨日の放課後、秘密持ちチームの“平和な防衛会議”の最後に、風間先生は言った。


 文化祭は、学校の中でやるものです。


 それはただの一般論ではなかった。

 少なくとも真白たちはそう受け取った。


 風間先生は出席を取り終えると、連絡事項の紙を教卓に置いた。


「明日の文化祭について、いくつか確認します」


 さやかの背筋が少し伸びる。


「まず、実行委員の集合時間は予定より十五分早まっています。関係者は遅れないように」

「はい」

 さやかが返事をする。

「二階堂」

「はい」

「無理に全部を一人で背負わないように」

「……はい」

「その間、なんですか」

 ひかりが小声で言う。

「図星だから」

 真白も小さく返した。


 風間先生は続ける。


「次に、当日は校外からの来場者もいます。生徒の皆さんは、必要以上に廊下や出入口に人だかりを作らないように」


 一瞬、教室の空気が止まった。


 必要以上に人だかりを作らない。


 昨日の会議で出た話と、かなり近い。

 いや、近すぎる。


 ひかりが無言で真白を見る。

 真白も無言で返す。


 やっぱり、たぶん全部わかっている。


     ◇


「また」

 風間先生は淡々と続ける。

「校内で困ったことがあった場合、生徒同士だけで判断せず、必ず教員に知らせてください」

「……」

「文化祭は楽しい行事ですが、学校行事です。学校の中で起きることは、学校として対応します」


 真白はその言葉を、静かに受け止めた。


 それは、守ってくれるという意味だった。


 ただし、甘やかすわけではない。

 騒ぎ立てるわけでもない。

 過剰に干渉するわけでもない。


 学校として対応する。


 風間先生らしい言い方だった。


「先生」

 ひかりが手を上げる。

「何ですか」

「人だかりって、何人から人だかりですか」

「状況によります」

「便利だなあ」

 木乃葉がぼそっと言う。

「柊木、聞こえています」

「聞こえるように言いました」

「なら結構です」


 教室に笑いが落ちる。


 風間先生は表情を変えない。

 けれど、たぶん少しだけ笑っている。

 真白には最近、なんとなくわかるようになってきた。


     ◇


 ホームルームが終わったあと、教室は一気にざわついた。


「ねえ」

 ひかりが机に身を乗り出す。

「今の、絶対昨日の会議聞こえてたよね」

「聞こえてたというか」

 さやかが言う。

「わかった上で言ってる感じ」

「やっぱり全部見えてる」

 絵麻が小さく笑う。

「風間先生、何者なんだろうね」

「担任」

 木乃葉が伏せたまま言う。

「雑」

 真白。

「でも、あの人の“担任”はだいぶ強い」

 澪が言った。

「うん」

 真白も頷く。

「普通の担任より、だいぶ守備範囲広い」


 そこで、ひかりがにやりとする。


「実家が財閥って噂、やっぱり本当なんじゃない?」

「小鳥遊さん」

 さやかがすぐに制止する。

「それ、学校で広げちゃだめなやつ」

「わかってるって」

「わかってない人の声」

「でもさ、あの落ち着き、普通じゃなくない?」

「それは」

 真白は少し考えてから言った。

「普通じゃない」

「ほら」

「でも、そこを暴く必要はない」

 澪が静かに言う。


 その一言で、教室の空気が少し落ち着いた。


「そうだね」

 絵麻が頷く。

「先生にも先生の外側があるなら、そこは壊さない方がいい」

「うわ」

 ひかりが言う。

「何その、今のちょっといい」

「褒めてる?」

「かなり」


 真白は、風間先生の後ろ姿を思い出した。


 あの人もきっと、何かを持っている。

 有名人に動じない理由。

 大人の世界を見慣れている理由。

 コンプライアンスに異常に強い理由。

 生徒の秘密を、秘密のまま学校内で処理する理由。


 でも、それを今すぐ知る必要はない。


 それもまた、A組らしい距離感だった。


     ◇


 昼休み、B組の長谷川琴葉と鳴海詩音がA組へ来た。


「聞いた?」

 長谷川が開口一番に言う。

「聞いた」

 ひかりが返す。

「人だかりの話でしょ」

「あと、困ったら先生に言えってやつ」

 鳴海も静かに言う。

「やっぱりB組でも言った?」

 真白が聞くと、長谷川は頷いた。

「言った」

「同じ?」

「ほぼ同じ」

「うわ」

 ひかりが言う。

「もう全クラス向けに言ってるじゃん」

「たぶん、全体への注意事項の形をした、かなりピンポイントな防衛線」

 絵麻が言う。

「何その言い方、すごく絵麻さん」

 長谷川が笑う。

「褒めてる?」

「かなり」


 鳴海は少しだけ考え込むような顔をした。


「風間先生って」

「うん」

 真白が返す。

「大人だね」

「……」

「何その、当たり前だけど今すごく大事なこと言ったみたいな空気」

 ひかりが言う。

「いや」

 鳴海は静かに続ける。

「学校の中で、ちゃんと大人が大人でいてくれるのって、かなり助かる」

「……」

「うわ」

 真白が小さく言う。

「何その“うわ”」

「今の、かなりわかる」

「褒めてる?」

「かなり」


 真白は本当にそう思った。


 自分たちは高校生だ。

 外では仕事をしている人間もいる。

 人気もある。

 評価も受けている。

 でも、学校の中では高校生だ。


 そこに、ちゃんと大人がいてくれる。

 その事実は思ったより大きい。


     ◇


「でも」

 長谷川が机に手を置く。

「これで当日の行動指針は少し楽になったかも」

「何で」

 さやかが聞く。

「本当に困ったら先生に渡せる」

「うん」

 鳴海も頷く。

「それがあるだけで、かなり違う」

「敗北じゃない」

 ひかりが言う。

「昨日の会議のやつ」

「そう」

 真白も頷く。

「先生を頼ることを、敗北だと思わない」

「うわ」

 長谷川が笑う。

「何そのスローガンっぽさ」

「でも大事」

 澪が言う。

「かなり」

 絵麻も頷く。


 そのとき、廊下の向こうで風間先生の声がした。


「廊下に広がらないように」


 ただそれだけ。

 けれど、A組とB組の面々は一斉に顔を見合わせた。


「……今のも、絶対わかってる」

 ひかり。

「たぶん」

 真白。

「かなり」

 鳴海。


 長谷川が小さく笑う。


「先生、ほんとに守備範囲広いなあ」

「担任だから」

 さやかが真顔で言う。

「いや、その返し先生に感染してる」

 ひかりが笑った。


     ◇


 放課後、真白は職員室前の廊下で風間先生と偶然出くわした。


 文化祭の提出物を持っていたさやかに付き添った帰りだった。

 さやかは別の先生に呼ばれ、少し離れた場所へ行っている。


 結果、真白と風間先生が廊下で二人になる。


「一ノ瀬」

「はい」

「明日は無理をしないように」

「……」

「何ですか、その顔は」

「いえ」

 真白は少しだけ迷ってから言った。

「先生、やっぱりいろいろわかってますよね」

「担任ですので」

「……」

「便利な言葉ですね」

「自分で言うんですか」

「便利ですから」


 真白は思わず少し笑ってしまった。


 風間先生は表情を崩さないまま、続けた。


「学校には、学校の役割があります」

「役割」

「はい。生徒が、必要以上に外の肩書きを背負わなくて済む場所であることです」

「……」

「少なくとも、私はそう考えています」

「……」

「何ですか」

「いえ」

 真白は小さく息を吸った。

「それ、かなり助かります」

「そうですか」

「はい」


 風間先生はほんの少しだけ頷いた。


「明日は、楽しい文化祭にしてください」

「……はい」

「ただし」

「はい」

「文化祭は、学校の中でやるものです」

「……」

「忘れないように」

「はい」


 それだけ言うと、風間先生は職員室へ戻っていった。


     ◇


 真白はしばらく、その場に立っていた。


 学校には、学校の役割がある。

 生徒が必要以上に外の肩書きを背負わなくて済む場所であること。


 その言葉が、胸の奥に静かに残った。


「……先生、やっぱり全部わかってるなあ」


 小さく呟く。


 でも、全部わかっているのに、全部を暴かない。

 そのうえで、必要なときだけ線を引いてくれる。


 それはたぶん、かなり理想的な大人の距離だった。


 A組に戻ると、ひかりがすぐに聞いてきた。


「何か言われた?」

「うん」

「何を?」

「文化祭は、学校の中でやるものです」

「またそれ」

 長谷川が言う。

「でも」

 鳴海が静かに言った。

「今日はちょっと、意味が増えた気がする」

「うん」

 真白は頷いた。

「かなり」


 明日は文化祭だ。


 学校の中で、学校としてやる文化祭。


 その言葉が、今の真白には少しだけ心強かった。

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