神々の戯れ・1b
アイスランド生まれのイーロス・クラロスは、いつか有名になることを夢見ていた。
しかし、今の彼はヴァルハラ・ランドの裏方スタッフとして、木くずとセメントと接着剤にまみれる生活を送っている。ときどきキャストの空きがあれば、彼は喜んで何の役でも引き受けた。それが名もなきヴァイキングであっても、森の奥に生息する恐ろしい怪物であっても、彼の鍛え抜かれた肉体と運動能力を求められることがあれば、いつでも馳せ参じてきたし、期待以上の結果を出してきたつもりだ。
しかし、大きなチャンスはなかなか訪れなかった。虚しく月日が流れていくばかりだった。代わり映えしない裏方の労働と、誰が見てくれているともわからない役者としての仕事を、ただひたすら受けてはこなし受けてはこなす毎日だ。もはや焦りさえ感じないほどに、そうした生活が身体に馴染んでしまっていた。
イーロス・クラロスここにあり、と高らかに叫ぶ日は、いつか来るのだろうか?
故郷を捨てて十年近くが経つ。もうすぐ彼は三十を越そうとしている。今さらアイスランドに戻ったところで、親しかった者たちはそれぞれ仕事や家庭を持っている。彼のことなど見向きもしてくれないだろう。
そんな暗い気持ちになったとき、イーロスはとにかく身体を鍛えた。ジムに通い、トレーナーの元であらゆる格闘技を学んだ。レスリングもボクシングも空手も柔道も一通り、黒帯が締められるほどにはこなしてきた。そうした中で、彼が一番しっくり来たのは、アメリカ式の近接格闘術だった。
近接格闘術は、相手を殺傷することを目的とした戦い方だ。武道や格闘技とはまったく違う。急所だって狙うし、どんな武器でも使えるものは全部使う。相手を組み敷いたうえでナイフでとどめを刺したり、突きつけられた銃を奪い返して撃ち殺したりもする。そうした戦い方を学んでいくうちに、彼はひりひりするような戦いの興奮を覚え始めた。そこには演技やスポーツマンシップの入る余地などどこにもない。
だが、その興奮をとことんまで追い求めたところで、それではますます日の当たらない場所へ行きつくだけだ。
三年ほど前に、木星の衛星で作業員たちの反乱が始まったと聞いたとき、イーロスは自分の中の血がたぎるのを感じた。そこで自分が学んできたことを生かせるのではないかと本気で考えた。だが、彼が木星へ出発しようと予定を組み始めたときには、とうに反乱は収束してしまった。
エウロパ人とのコンタクトや、火星でのごたごたはあったものの、それ以来、この太陽系はずっと静かだ。平和は良いものだが、イーロスの魂は腐っていくばかりだった。
彼はその日、朝早くからオープンセットの建設を行なうために自宅を出た。
アイスランドを見立てたセットに、本物の氷で作った氷河を建てようという、正気の沙汰とは思えないようなプロジェクトが進行していた。ある程度の土台が組み終わったところで、いよいよ氷を吹き付ける作業が始まった。
イーロスは重機オペレーターとして、その逞しい腕で操縦桿を握っていた。彼の操る重機は巨大なホースを持っていた。そのノズルから砕いた氷の粒が大量に噴射されると、それらがまとまって見事な氷河が形成されていった。そうして作られていく真っ白な大地は、イーロスにとって懐かしい景色だった。
氷河を作った後は、ヴァイキングたちの船を作る予定が待っている。船が完成した暁には、彼は剣を持ち、その船のうちの一つに乗り込むのだ。そうして戦う姿を、誰かが見出してくれれば、彼にもチャンスはやって来るはずだ。
自分にだって、王になれる素質はある。ウルヴ・オーン・ガラクスンよりも何倍も男前だし、見かけだけでない筋肉だってあるのだ。実際に戦えば、一目瞭然だ。
そんなことを悶々と考えながら作業していたものだから、せっかく出来上がろうとしていた氷河の一角を、彼は重機のノズルで叩き壊してしまった。
まずい、と叫ぼうとしたときだった。それよりも大きな親方の声が、彼のネビュラに響き渡った。
「おうい、イーロス、今すぐそこから降りてこい」
「クビですか? 親方」
「なに言ってんだ、こんなところでグズグズしている場合じゃねえ。いよいよお前が待っていた大一番だぞ。仕事なんかどうでもいいから、すぐに荷物をまとめて、王宮に向かえ」




