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愛梨紗の冒険・2b

 電気オーブンのスイッチを入れ、温め始めながら、愛梨紗は牛肉を切り分けた。

 あばら骨が付いたままの牛肉のブロックを骨に沿って切り分けると、トマホークステーキの形になる。骨の先に肉の塊がくっついている姿が、まるで斧のように見える。


 いつもなら、多くても一人二切れくらいがちょうどいいのだが、今日は一人ということもあり、大胆にも四切れほどいただくことにした。それでもまだたっぷり残っているので、しのぶが腹を立てることもないだろう。


「お・に・く、お・に・く、お・に・くーうううううー」

 愛梨紗は歌が止まらない。表情も満面の笑顔だ。食べ物に夢中になれば寂しさも紛れる。愛梨紗はいつも、食べるときはひたすら集中するあまりに、人と会話することも忘れてしまう。


 オーブンに入れる前に、肉の表面をカリカリに焼き固めると肉汁が逃げにくくなる。そのために愛梨紗は二つのフライパンを用意した。そこで二切れずつを向かい合わせにして、四切れを同時に焼くのだ。

 付け合わせにはジャガイモとニンジンとインゲンマメを用意した。こちらは電子レンジで火を通してから、バターでソテーする。ニンジンには砂糖を加えてグラッセだ。


 さすがに、あまりにも静かなので、愛梨紗はリビングのテレビをつけた。

 ちょうど今、団体空中戦カオティック・エアリアル・バトルの試合をやっているところだ。

 パイロットの愛梨紗は、いつもテレビのチャンネルを戦闘機関係のもので固定している。


 現代のテレビは、かつてのような限られた数の放送局から流される番組を受け身で視聴するようなスタイルではなくなっている。視聴者は、いつでも好きな時間に好きな番組を観ることができる。

 速報性が重要なニュースやスポーツの番組だけは生中継が主流だが、その他の娯楽に関しては視聴者が自由に選ぶことができる。最新の番組は有料だが、一定期間を過ぎたアーカイブは無料だ。番組アーカイブは百年以上の蓄積があって、しかも、世界中で作られたものが選び放題となると、一生かけたとしてもすべてを見尽くすことなどできない。


 太陽系の各地を取材した旅番組や、最新技術を紹介するドキュメンタリーなどが特に人気だ。以前はディビッド・リップマンのチームがそれらの制作を一手に引き受けていたが、最近は若い作り手がそれぞれの創意工夫で新鮮な番組作りに取り組んでいる。


 テレビ局の収入源は、かつては広告がそのほとんどを占めていたが、ジャーナリズムの独立性を確保するために、そうした手段に頼ることはやめてしまった。もちろん、政府などから支援を受けることもない。


 現在のテレビ局の収入源は、視聴者が払う視聴料だ。それは基本料金とチップを合わせた二段構えになっている。視聴者は番組ごとにお金を払う。面白かったり、今後が期待できるときにはチップで上乗せをする。チップには上限があって、払い過ぎを防ぐ仕組みになっている。だいたい、基本料金の二倍くらいがチップの上限だ。


 愛梨紗は、いつも観ている団体空中戦カオティック・エアリアル・バトルには上限いっぱいのチップを払っている。いつか宇宙消防士を辞めなければならないときがきたときには、自分も戦闘機の団体戦に参加して、たくさんの敵機を撃ち落としてやりたいといつも考えていた。


 団体空中戦カオティック・エアリアル・バトルは少ないときには五機ずつ、多いときには爆撃機や艦隊なども含めて百機近くが同時に戦闘を繰り広げるという、とてつもないものだ。基本的なゲームシステムは、旗艦(フラッグシップ)となる戦闘機か艦船をターゲットとして、先にそれを破壊したチームが勝利するルールだ。


 一対一のチーム戦の場合もあれば、複数が入り乱れるバトルロワイアルシステムのときもある。太平洋の波の穏やかな海を戦場として、模擬弾を用いた本物そっくりの空中戦が行われる。


 それらは観客からのチケット収入や、グッズ販売、テレビ局の放映権料などで賄われている。それらの収入はつねに公開されていて、リアルタイムで収支の状況を見ることができるから、チームの経営が危ないと思ったときにはファンがたくさんお金を払って、それを支えるシステムになっている。


 そうしたやり方は、スポーツ以外の様々な番組でも共通している。視聴者は番組作りにお金を払ったり、意見を投稿したりすることによって参加できる仕組みだ。

 テレビは一つの画面から送られる映像の他にも、ネビュラを使った多視点放送も行なっている。特にスポーツの中継などでは、各選手の視点そのままの映像を視聴者は共有できる。まるで実際にその試合に参加したような感覚を味わえるわけだ。


 愛梨紗はテレビで戦闘機の視点をいくつもザッピングしつつ、肉の焼き具合にも神経を集中していた。これで肉を焦がすようでは、食のプロとしては失格だ。


 そうして、全神経を研ぎ澄ませているとき、彼女のネビュラに突然の通信が入った。

「おーい、愛梨紗、もう起きたかよ」

 明るいしのぶの声が、愛梨紗のネビュラに響いた。たちまち胸に熱いものがじわっと広がった。

「なんね、どげんしたと? ちょうど今からご飯にするとこたい」


 愛梨紗はテレビのボリュームを絞って、しのぶの返事を待った。

「今から海岸まで来れる? 愛梨紗」

 それを聞いた愛梨紗は、喉の奥でひゅーっと悲鳴を上げた。嬉しいときについ出てしまう悲鳴だ。

「今からご飯て言うたでっしょが」


「ごめんごめん、後から私も手伝うから、とっといてよ」

「もう、焼き立てが美味しかとに……、ご飯だって、せっかく炊いたとに」

「私が炒飯にしてあげるからさ」

「もう……」


 そうやって文句を言いながらも、愛梨紗はいそいそと身支度を始めた。やっぱり一人のご飯は味気ない。

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