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愛梨紗の冒険・1b

 すっかり暗くなってしまった空を見上げて、愛梨紗は大きなため息をついた。

 こんなに星がきれいなのに、お腹は空くのだ。十時間もただひたすら眠っていたせいで、すっかり彼女のお腹は空っぽになっていた。


 愛梨紗は自分の体質について、ちゃんと自覚を持っていた。彼女は誰よりも食べるのが好きだし、大量に食べたし、頻繁に食べた。そうやって食べ続けていないといけない理由が彼女にはあった。お腹が空きすぎると気絶してしまうのだ。


 同じチームで救命医の天野妙子が、かつて愛梨紗を検査したことがあった。もしも空腹時の気絶が、何かの病気を理由とするものであったとしたら大変だと思ったからだ。しかし、愛梨紗の身体には何の異常もなかった。


 ただ、その食欲だけはやはり常人よりもはるかに異常だった。その強すぎる食欲の暴走を抑制するために、さまざまなホルモンが大量に分泌され、その結果として彼女を眠りに誘うらしいことがわかった。


 病気ではないのだが、そうした気絶を防ぐために、愛梨紗は常に手元に小さなチョコレートとキャンディを携帯していた。それと、虫歯予防の歯磨きフィルムもいつも手放さなかった。彼女にとって、歯は命の次に大事なものなのだ。


 食欲はものすごいが、幸いにも愛梨紗はお酒をたしなまなかった。もしも食べる代わりに飲むことを覚えたら、きっと彼女は今頃、病院で暮らしていることだろう。


 愛梨紗の部屋には、ずっと飲まずに置いてあるお酒の瓶があった。それはロシア製のワインで、光が当たらないようにピンクの包装紙で包んであった。

 そのワインボトルを、愛梨紗はベッド脇のサイドテーブルに置いて、いつも眺めていた。ボトルのくびれ部分には、小さな十字架がぶら下がっている。それは普通の十字架とは少し異なっていて、上下に小さな横棒が足されており、下の横棒は少しだけ斜めに傾いている。見た目はなんだか、尾翼を持った飛行機のようにも見える。


 それはロシア正教の八端十字架(はったんじゅうじか)というもので、サーシャが別れ際にプレゼントしてくれたものだった。

 愛梨紗は外に出るときはいつも肌身離さず十字架を首に掛けていた。そして、部屋に戻ると、こうしてワインボトルにぶら下げておくのだ。ボトルのくびれのところに大きなリボンが結んであるので、そこに鎖を巻きつけるようにするとちょうどいい感じで安定する。


 このロシアワインも、サーシャのプレゼントだった。彼が幼い頃に生まれ育った北コーカサスで栽培されたブドウから作ったものだ。

 コーカサス地方は美男美女が多いことで有名だ。サーシャは男とも女とも見える、性を超越した美しさを生まれつき備えていた。彼のきらめくような銀髪と、ミステリアスな灰色の瞳は、人間の美しさの頂点を極めていると言っても、けっして言い過ぎにはならなかった。


 そんなサーシャは、修行時代は日本の青森で暮らしていた。広い海岸沿いに大きな航空宇宙工学試験場があり、そこで様々な新型宇宙船を開発するプロジェクトに研究生として参加していた。

 だから、彼は日本語が堪能なのだ。


「ねえ、愛梨紗、いつかまた会えるとぎが来たらば、()と一緒に暮らすべえ」

 彼はそう言い残して、ロシアに帰っていったのだった。

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