愛梨紗の冒険・1a
クロノ・シティに夜が訪れた。
この上空三万六千キロメートルに浮かんでいる空中都市にも、ちゃんと夜はやって来る。ガラパゴス標準時に合わせて、外から入ってくる太陽光を遮断し、暗闇を作り出すのだ。
この街で見ることのできる星空は、人工的に作り出されたホログラムでしかない。しかし、人々はそこに実際の星を見るときと同じ郷愁を覚える。あまりにも鮮やかすぎる天の川が空を横切り、大げさに瞬く恒星たちに取り囲まれるのは、このクロノ・シティでしか味わえない、特別な体験だった。
パイロットの佐藤愛梨紗は、女子寮の窓から、その夜空を見上げていた。
気づけば十時間近く、愛梨紗は夢も見ずにひたすら眠っていた。
今朝まで七十二時間もの間、復興現場に連続で駆り出されていたものだから、その任務からようやく解放されて部屋に辿り着くやいなや、軽くシャワーを浴びただけでそのままベッドに倒れ込んでしまった。
この部屋は二人部屋だった。広いキッチン兼リビングを挟んで、二つの個室が向き合っている。もう一つの部屋に住んでいるのは、宇宙船技師の千堂しのぶだ。
二人が所属する第十八小隊アルファ・チームのメンバーは、その三人までが既婚者だった。リーダーの桃井華、救命医の天野妙子、通信士の夏木ユズは、すぐ隣りにある家族寮で夫や子供たちと一緒に暮らしている。
独り者の愛梨紗としのぶは、二人きりで独身寮に住むことになった。お互い、すでに二年間を一つ屋根の下で暮らした仲だから、この部屋に入ったのは、その延長に過ぎない。
地上勤務を命じられていた二年の間、横浜のしのぶの実家で、二人は同居していた。しのぶは宇宙船技師の修行のために実家に戻っていた。新技術である機械細胞を導入した宇宙船を一から勉強し直すためだ。彼女の父も熟練した宇宙船技師だったが、親と子が一緒になって、まるで勝手のわからないテクノロジーに四苦八苦することになった。
そこにテストパイロットとして居候していたのが、愛梨紗と、そして、ロジャーこと山田健太郎だった。
健太郎はずいぶん前からしのぶと交際したがっていた。父の千堂正人は彼に様々な無理難題をぶつけた。それを健太郎は見事にこなしていったものだから、父はすっかり彼を気に入り、しのぶとの交際を認めるまでに至った。ただ、しのぶの気持ちはまだ揺れていた。
健太郎が官民人事交流法を利用して、千堂家のテストパイロットになると言い出したときには、しのぶはすっかり動揺してしまった。
まだ自分の気持ちが整理できていないしのぶは、健太郎と同居する抵抗感をいくらか軽減するために、助っ人として愛梨紗を招いたのだった。
二年間の地上勤務でどの部署に配属されるかまだ決まっていなかった愛梨紗は、渡りに船とばかりに、しのぶの実家でテストパイロットをすることになった。
こうして賑やかな毎日が始まったのだ。
健太郎と愛梨紗のパイロット二人があまりに凄腕だったので、次々と新しい船の仕事が舞い込んできた。すると、今度は技師のほうが足りなくなってきた。
そこでもう一人、新たな人物が転がり込んだ。ロシアからやって来た、銀髪の美少年だ。
彼の名はサーシャといった。本名はもっと長くて、アレクサンドル・イヴァーノヴィチ・アレクセーエフという。
サーシャは今、ロシアの航空宇宙軍で宇宙船技師として働いている。




