表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/135

無限のエネルギー・4b

「おーい、黒川さーん」

 遠くから自分の名前を呼ばれて、スバルは慌てて周りを見回した。

 すぐ隣りで大きな帆を広げているバルーン・シップの帆船から、その声が聞こえたような気がする。

「おーい、こっちだよー、黒川さーん」


 確かにはっきりと声が聞こえた。それは帆船のマストのてっぺん、横に大きく張り出した見張り台のほうからだ。

 スバルよりも先に、しずくが声の主を見つけた。

「ミスターのやつ、あんなところにいるよ」


 しずくが笑って指差す方向に、落合茂雄が両手をメガホンにして叫んでいる姿が見えた。三本マストの巨大帆船は高さが五十メートルほどはあり、そこから茂雄がこちらを見下ろしている。

「もう、あのバカ、人の名前をあんな大声で……」

 スバルは顔を真っ赤にして、タコの足の裏側に隠れた。茂雄はそれで動揺したのか、さらに大きな声で叫んだ。


「おーい、黒川さーん、どこへ行ったんだよー」

「もう、バカバカ、名前を呼ぶなって」

 スバルは吸盤の後ろに身を縮め、しずくに背後から小声で呼びかけた。「ねえ、しずくさん、あのバカに黙るように言ってくれる?」


 しずくは笑った。

「しょうがないねえ、わかったよ、任せな」

 タコの足に馬乗りになっているしずくは、ぐっと身体を反らし、両手をメガホンにして、大きく息を吸った。彼女が見上げる方向には、見張り台から身を乗り出している茂雄がいる。

「おーい、ミスター! あんたの片思いの相手なら、私の隣りにいるよ!」


 しずくが肉声でそんなことを叫んだものだから、スバルは思わず「ぎゃあ」と悲鳴を上げた。

「もう、しずくさん、ネビュラを使えばいいでしょ!」

 しずくは笑って振り返った。

「ごめんごめん、それは思いつかなかったよ」

 そう言って、自分の頭をぽかりと殴る真似をしたが、今頃気づいても、もう遅い。


 マストの上の茂雄は、息せき切って、さっきよりもさらに大声でこう言った。

「黒川さーん、今から行くから、そこで待っていてくれよお!」

 たまらずスバルも叫び返した。

「来なくていいよお!」

「そんなこと言わないでくれよお!」

「バカあ、もう、嫌なの!」


 大声で言い合っている二人を、周りの人々が笑って見ている。子供や付き添いの親たちも、わざわざ遊ぶのを中断して、いい見世物だとばかりに事の成り行きに注目し始めた。

 しずくは横でげらげら笑っている。


 スバルはぷっと頬を膨らませた。

「もう! しずくさん、笑わないの!」

 その顔が可笑しくて、しずくはますます笑いが止まらなかった。


 すると、またマストの上から茂雄が叫んだ。

「黒川さーん! 好きだああああああああ!」

 さすがにこれは大胆にもほどがある。周りにいる野次馬たちも恥ずかしそうに口元に手を当てて、「あらまあ」という顔をした。

「あの野郎!」スバルは低くつぶやいた。


 そのとき、スバルの体内で静かに燃えていたミューオン触媒核融合体が一斉に活動を始めた。

 スバルの顔にぼっと血が上って、はっきり遠目からわかるほど真っ赤になった。赤い髪と赤いビキニと赤い顔で、全部真っ赤だ。


 スバルは後先考えず、タコの足の上にすっくと二本足で立つと、斜め上にいる茂雄に向かって叫んだ。

「貴様、いい加減にしろ! 殺すぞ!」

 すると、茂雄のほうも負けてはいない。

「殺せるものなら、こっちまで来て殺してみろ! 君に殺されるなら本望だよ、黒川さーん!」

「よおし! そこで待ってろ! 二度とたわ言が言えないようにしてやる!」

 完全に我を失っているスバルは、タコの足の上を器用に二本足で走り出した。グネグネとカーブするビニール製のタコの足の上を、まるで未来少年コナンのように勢いよく走っていく。


「うおお、さすがスバルだ。やるときゃやるねえ」

 しずくは感嘆の声を上げた。いつもは慎重で、どちらかと言えば臆病なスバルが、あんなにも元気よく言いたいことを言っている。


 周りで見ている子供たちも、スバルを真似してタコの足の上を走り出した。付き添いの親たちはとてもついて行けない。スバルの後ろに大勢の子供たちの行列ができた。これからみんなで帆船に攻め込む勢いだ。

 帆船の見張り台には、茂雄の他にも男たちが結集していた。和馬も俊作も拓也もジュウザも勢ぞろいしている。他のみんなと同じくミューオン触媒核融合体が燃え盛っている彼らは、疲れをまったく知らない。


 ただ、少しばかり喉が渇いていた。かっかと燃える身体を冷やすために、ビニール製の床の上にみんなは身体を広げているのだが、それでもとても追いつかないほどの渇きだ。

 床に寝転んでいる和馬は、他のみんなと目配せをし合ってから、こう言った。

「おい、ミスター、黒川さんがこっちに来るまでの間に、俺たちは下に行って飲み物でも取ってこようかと思うんだが」


 茂雄は見張り台から身を乗り出したまま、振り返りもせず答えた。

「いいとも。そうするといい。もう、俺一人でも大丈夫だから、後は自由にしてくれて構わんよ」

 それを聞いた和馬たち四人は顔を見合わせた。俊作は肩をすくめ、拓也はやれやれと首を横に振り、ジュウザは口をへの字にしている。


 和馬は言った。

「そうか、じゃあ、後はお前ひとりでやれ」

「協力ありがとう。この恩は必ず返すよ」

 茂雄は一瞬だけ振り返ると、右手の親指を立てて感謝を表した。「君たちのおかげでここまで来れた。ありがとう。本当にありがとう」


 和馬たちはやれやれと立ち上がった。

 すると、そのとき男たちのネビュラに暁しずくからの声が届いた。


 彼女の声は、まるでいたずら坊主たちを叱りつける母親のようだった。

「あんたたち、そっちにスバルが向かってるけど、ちゃんと責任取れるんだろうね?」

 茂雄はすかさず答えた。

「当然、取れるに決まってるじゃないか」

「私からもちょっと提案させてもらっていいかい?」しずくは言った。

「なんの提案だい?」と訊いたのは和馬だ。


 すると、しずくはほんの少しためらうような間を空けた後で、こんなことを言った。

「スバルがそっちに行って、ミスターを殺す前に、私がミスターを捕まえることができたら、ミスターは私のものになるっていうのはどう?」

「は?」

 と、茂雄は訊き返した。言われた意味がわからない。


 しずくははっきりと言葉を区切って言った。

「私とスバルで競争して、勝ったほうが、ミスターをもらえるってこと」

 茂雄はやっと言われたことの意味がわかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ