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058 続・ハクムの丘(1/6)

 行き止まりでは、“土蜘蛛”が穴を掘り進み、“黒玉”がその土砂を溶かして床を均していたのではないかと観察できた。

 映像記録だけを残して詳細な調査は後に検討することにする。

 この場には中継器(リレイヤー)のみを置いて突入(エントリー)地点(ポイント)にまで急ぎ戻る。中継器を置いてきたのは観察のためだ。希少動物の生態観察をするのと同じ要領と言える。

 行き止まりまで一本道だったので、突入地点を押さえておけば、本来は必要のない行為だとは思う。しかし、バカバカしい話だが、“転バシ”などは物陰に直接に湧いているのではないかと疑われる節があった。


 戻りには往きの半分の時間もかからなかった。

 龍穴の入口は低部の崩れそうな土砂を切り崩して地盤を露出させた後に、鋼製の軌条(レール)が建て掛けられていた。

 垂直に近い急傾斜ではあるが、それでも物資の搬出入を省力化できる。もちろん、緊急時にも寄与するに違いない。

 作戦の要件と隊員の安全を天秤にかけて、ぎりぎり出した判断なのだろう。

 それらは予備のドローンを投入して、本命の洞穴の状況を200mほど確認した後に行った。

 その工作をした隊員たちは、今は本道の天井に爆薬の埋め込み作業をしている。この様子を“土蜘蛛”が見たら、怒り狂って前脚を何度も振り上げるに違いない。

 森田 班長以下、無事に戻ってきた16と1名は手間に見えるかも知れないが一度、地上に戻った。

 食事はもちろんだが、思い思いに休息をとる。

 昼食はカレーライスで、温かく、とんカツまで載っている。班長である森田と本玉は報告があるが、その他の隊員は各自好みの姿勢で休息をとる。例えば元橋はその場で胡坐に背筋を丸め腕を脱力させて瞑目しているが、それも彼の行動様式(ルーティン)なのだ。

『人は疲弊する』

 自衛隊では休むことを“戦力回復”と呼ぶ。なぜなら休息は、戦略の成功率を上げるために欠かせない要素だからだ。


「作戦を継続する」

「皆、聞いたな。健康状態、装備確認」

「異常なし」「異常なし」

 点呼にバラバラと声が上がる。

 会合を終えた森田と本玉が隊に戻ると、皆が装備を確認していく。

 打ち合わせは改造車両と支柱とで張った防水シートの下の卓で行われた。椅子に座りながらの食事とは言え、仕事をしながらである。上役には休憩はないようだ。

 離脱者は反撃の切っ掛けを作った防盾の一名と、“黒玉”つぶしの際に牽制していた棍棒の一名だ。その際に足首を捻っていたようだ。患部が熱を持っている。

 代わりに入る連絡係に涙声で「頼む」と伝えている。その様子を見ていた隊員たちに気合が入る。この辺りも民族特有の性情と言えるかも知れない。

 負傷者を駐留地まで搬送する人員の余裕はないので、見習いの掌典たちの助力を山鹿䋖に求めた。



 森田班が錐行(すいこう)隊列で前方を進み、本玉班が少し間を開けて鶴翼でその後に続く。

 進行速度が午前中よりも速い。

 “土蜘蛛”を倒したという自信と、この環境への慣れもあるのだろう。皆の動きに迷いがない。

 その足に水を差してくるのは、“転バシ”だ。

 至近距離からの黒針による狙撃!

 だが、それが恐ろしいのは不意の一撃だからだ。先行するドローンに位置を確認され、予期された攻撃に対処することは造作もない。

 “転バシ”は金色の粒子と化し、後に紅い石と数本の縫い針を残すことになる。


 道は相変わらずの一本道だが、明らかに下り斜面となり、段差を認められる場所が増えてきた。大型の投光器を装備し、補助機器が積載された車体は有用だが、進行の枷になりつつある。

「視認距離が短くなってきた」

 道の曲率がきつくなり、壁に遮られ見通しが悪くなってきた。

「らせんを描いてるんじゃないか」

 進行の合間合間にとる休息中に、班長たちが意見交換をする。


「霧が出てきたな」

 本来は湿度100%であることが常とされる洞窟だが、龍穴ではそんなことは関係ないらしい。ここまで装備が湿気るなんてことはなかったが、ここにきて変化を見せる。

「霧ではないな。地気だ」

 もちろん、装備に(つゆ)がつくということもない。

 同行した掌典の山鹿䋖が前列に出てくる。

「地気は目に見えるものなのですか?」

「ここではそれだけ濃いという事よ。()の気配に満ちておるわ」

「まずいな。作戦継続時間が削られるぞ」

「その通りだ。あまりここに長居はできない。補助車両をここに置いていく。ここからは更なる迅速行動を皆に期待する」

 魔王領に駐留する“特殊作戦群”の隊員たちは、適合試験で⑥の者を選抜している。一般市民よりも適合率が段違いに高いのは、肉体的にも精神的にも鍛えられているからだろうか。

 それでも、より厳しい環境となれば、許容される期間も短くなるのが道理だろう。

「ここからは、わし一人でも構わんぞ」

 目的の第一義は龍穴の封印である。それは山鹿䋖にしか出来ない。“禍獣(かしし)”への対処も“土蜘蛛”戦を見る限りは同様だ。

 自衛隊“を”(“に”ではない)同行したのは、彼らの訓練のためだ。後々のために経験を積ませたに過ぎない。

「やばい感じなのは、目的地が近いってことじゃないですか?さくっと行って、さくっと終わらせて帰りましょ」

 梁田が頭の後ろに手を組んで、気軽な口調で言う。

 皆が頷いた。

 どうやら、気怖(きお)じしている者は一人もいないようだ。


 さらに歩みを進めること数十分。

 特に大きく足止めされることもなく、空間が拡がった場所に出た。

 皆が息を飲む。

「これは想定外だったな」

「想像以上の間違いだろ?」

 彼らには“土蜘蛛”と会敵した経験がある。

 龍穴の奥に進めば、さらに強大な敵がいるだろう。もしかしたら、それは文字通りに龍かもしれない。

 そのような期待と恐れは見事に裏切られた。

「綺麗じゃないですか」

 幾本もの投光器の光束が水面に屈折し、青白く淡く拡がる。

 水が行く手を塞いでいた。ドローンを飛ばしてみても、広間に連なる道の先は完全に水没しているようだ。

 敵らしい姿もない。

「うわっー、彼女を連れてきたら滅茶苦茶喜びますよ」

「お前、彼女いたのかよ」

「この前の休暇の時にちょっと……」

「よっし、命令だ。合コンのセッティングよろしく」

 無理もない。完全に緊張の糸が途切れている。

 一方、掌典の山鹿䋖は苦い顔つきである。

「その水には触れるでないぞ」

 ただの水ではなさそうだ。それは光の屈折率が大きいのと光束の拡がり方からも見る者が見れば分かるだろう。

「では、あの奥ですか」

 山鹿䋖の様子を見た森田が言う。

 封印を可能とする龍穴の基部はもっと先だということだ。

「あれはどうしようもないな」

 どのくらい先まで続いているか分からないが、潜水してどうにかできるような距離ではないだろう。

「このような形で防いでくるとは思いもしなんだ」

 陰陽(おんみょう)術にも水中で活動を可能とするような(すべ)はない。

 魔王国が示した期限は300年だ。まだ、星がいう所の次期後継者とやらに相見(あいまみ)えてもいない。

 不正(フライング)は許さぬということか。


 情報収集担当は水面に温度センサーを当ててみる。

 水たまりの水面からは透き通った(つの)が所々にのぞいている。氷点下ではないので、氷筍ではない。

 手で扇いでみるが、刺激臭などの匂いは特に感じない。

 護衛の隊員二人は水面になにがしかの変化はないかと凝視しているが、班長たちは方針を検討中で残りは“戦力回復”をしている。

 底が見えるほどに透明度は高いので、何かが接近してきたらすぐに分かるだろう。

 試料瓶をステンレス製の採取バサミでつかんで、慎重に沈める。

 正・副、予備と3本採取し終えて試料箱に収めると、ほっとした。

 後は固体の生成物があれば欲しいところだが、特にあの透明な角が気になる。あれの出来損ないの小石のようなものが沈んでいないだろうか。

 観察を続けると、底に金色の揺らぎが見える。

 水面に波紋が生まれないほどに慎重に採取バサミを伸ばしていく。

 採取バサミの長さは30cm。だが、後少しが届かない。

 欲しい。

 そう感じた時には手袋をつけた手首を沈めるほどに、水たまりに腕を突っ込んでいた。

 瞬間に我に返る。

 熱い!

「うわぁっー」

 引き抜いた腕の表面が溶けていた。


 その叫び声に場の雰囲気が一変した。

 悲鳴を上げる隊員が押さえる腕は、手骨が見えていた。その骨さえも崩れていく。

「何があった!」

 地の底から地鳴りが聞こえる。

 洞窟が震える。

 水が引いていく。

 説明を悠長に聞いている状況ではないようだ。

「この場から急いで撤退する」

 その時、肌に粟を生じるような、全身をひやりとさせる気配が地上に向かっていく感じがした。

 皆の視線が向かったのは、たどってきた螺旋の中心だ。

 それこそが龍穴の本路である。それは必ずしも穴が開いているものではないようだ。


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