059 続・ハクムの丘(2/6)
時は森田たち探索班が龍穴に再突入する頃……
「(酷いよね、あの男子。ユフィにお菓子をくれるのに、僕には何も渡さないんだよ。
僕、知ってるんだ。あの背嚢の中に赤い石が入ってるって)」※御食…「召し」の古語
蛇を模した白銀の腕輪から身体を出して、体長20cmほどの赤目の白蛇が怒っていた。
短く舌を出して、抗議しているのは十二支獣の一、巳の“秋津巳”である。
「えっ、なんで?」
被害者が戸惑いの声を上げている。それも無理もないことだ。アキツミの声が聞こえなくては、ただ単に威嚇されているだけに感じるだろう。
「こらっ、アキツミは、そんな行儀の悪い子じゃないでしょ」
長い間、絶食状態が続いたためか、赤い石に対する執着心が強く出ているようだ。
「えー、だってー」
「さっき、食べたのに……ぷ、ぷっ、本気でボケが……」
獅拿がからかい始める。確かに殿上の長の初代の頃から祀られているので途轍もなく長い時を過ごしてはいるが、彼らに老いは存在しない。
「(あー、レオナはそう言うこと言っちゃうんだね。いいもん、僕、本気で怒ったもん)」
尻尾なら分かるが、頭を左右に振る蛇は希少だろう。
「その蛇、すごく可愛いのね。触っても、良いかしら」
菜々さんが目をキラキラとさせている。“火飲半裂”の初見の時といい、彼女は両生類や爬虫類に嫌悪感を抱かない性質らしい。
「……サファイアのように透き通った赤い目に、名匠の手によった白磁のような肌、本当に綺麗だわ」
「(僕、この娘、気にいったかも。すごく正直で素直だよね)」
“秋津巳”の機嫌が簡単に直った。
なお、この間ずっと、池園は鉄筋を傍に置いて身を引いていた。
由姫と獅拿が菜々さんを菜々姉と呼び始め、男子二人が行き場を失い始めた頃、“秋津巳”が遠くを見るように静止する。
「(正門が戻れって。怪我した人を村まで運べって言ってる)」
正門の名に、サボって駄弁っていたことがバレたのかと瞬時に身を固くした女子高生組だが、そうではないと知ってホッと息をつく。
十二支獣はある一定以上の摩素濃度があれば、離れていても念話のようなものが使える。但し、アキツミの声を聞くにも鍛錬が必要であった。
「あたしたちもうそろそろ仕事に戻らなくちゃ」
「そうなの?残念ね。あっ、そうだ。あなた達もバイトしない?」
菜々は女子高生二人も探索者としてここに来ていると思っている。
それに有益な人脈を増やすのは、会社組織として大事なことではある。
「ごめんなさい。おじさんに怪我人を運べって言われてるから」
「すぐに行かないと、ヤバいかも」
怪我人が、ではなく、正門の説教が、である。
「あなたたちが運ぶの?……そのおじさんとやらに文句を言う必要があるわね!」
菜々さんの目が吊り上がった。
彼女の頭の中では、親戚と言うだけで無理を押し付ける害悪が浮かんでいる。
探索に汚れたおっさんを背負う女子高生の図は、ハラスメントでしかない。
「そやけど……」
「いや、ユフィ、これはチャンスなん?」
正門が世情の人に意見を言われる機会はそうはない。もっとも、正門はぱっと見、僧侶に似た格好をしているので、一般人がそれで萎縮する事例が多い(異相が理由の大部分を占めるが、二人は見慣れているので気付かない)のも確かではあるが、二人が菜々に期待の目を向ける。少し抑えられるだけでも、だいぶ違う。
「二人も引き続きお願いね」
「それって、結局、僕らが運ぶ流れになるんじゃ……」
「任せろ。工事現場で救護講習も受けてるからな。消防士搬送もできるぜ」
安全に対して真摯な池園は、こういうところはしっかりしている。
「いや、それって数十分運ぶための方法だからね。実際には背負うとか、担架とかで数時間の搬送は厳しいって」
一方、現実的な太原は先を予測して自分らを待っている事象が見えてしまう。
しかし、多勢に無勢である。彼の意見が取り入れられることはない。
行動を決した列の最後尾を付いていく。
単細胞を相方にしたあの時の自分に警告を発したい。だが、ここで見捨てる選択が出来ないのも太原の為人である。
数十分かけて、着いた目的地は四原色を黒白緑茶だと認識している人たちが活動している場だった。
「マジかよ、見ろよ。ワクワクすんな!」
池園が迷彩柄だけで興奮している。彼らが着ている服も、車両の塗装も、それに掛かる雨除けも、すべて黒白緑茶に塗り分けられている。
「怪我した人って、自衛隊ですか」
聞いてなかったのかよ。それに見えてるから、黙れって。あの人たちが怪我をするようなことがあったという事だぞ。そこはゾクゾクだろ。いや、感情が高ぶる方じゃなくて、背筋がぞっとする方な。やべー方だ。
野営地に近づけば、まるでこちらが近づくのに合わせたように隊員に出迎えられた。そこは柵など目に見える形でなくとも、対物センサーなどで接近対象の観測ぐらいはしているだろう。
「協力に感謝します」
隊員は敬礼をしつつも、いぶかしげな表情で掌典見習いの二人に続く者たちの素性を求めている。
「こちらは私たちの活動に協力的な探索者さんたちです」
由姫の紹介を待たずに菜々さんが前に出る。
「湧バイオファーマの湧井と言います。怪我人って、薬剤官の千手ではないですよね」
ここに向かう途中で、作戦の詳細までは守秘義務があるだろうが、向かう先が何者かぐらいは聞いている。
なので、菜々さんのこの働きかけも必然の流れだろう。太原たちも情報提供者が現地にいるとまでは思っていなかったが。
「菜々ちゃん、お久。相変わらずアクティブね~。
外部協力者です。こちらは大丈夫なので、作業を継続してください」
声が聞こえたのだろう当の本人が顔を出してきた。前半と後半とで声色が違う。
何故か、野営地に入ってからの方が緊張が伺える女子高生の二人は「山鹿䋖さんは作戦継続中よ」と聞かされ安堵の表情を浮かべている。
「ちっ、逃げたか」
獅拿が捨て台詞を吐くが、文面と表情が一致していない。
「何よ、負傷者と聞いて一応は心配したんだから感謝しなさいよね」
「ハイハイ。一人は恐らくは手首の不全骨折で、もう一人は足首の捻挫ね。
大事をとって、駐留地に戻したいのだけど、ちょっと作業を手伝ってもらってるから少し待っててちょーだい」
千手さんは自衛官だからか、髪は短めのマッシュウルフで、ひとつ大きめのを着ればいいのにと思わせる戦闘装着をまとった健康的な感じのお姉さんだった。
太原たちが案内されたのは、迷彩柄のタープにほど近い倒木だ。
椅子もないので、粗茶も期待していないが、身動きも出来ない。
隣で目をキラキラさせながら、視線を巡らす池園が羨ましい。
「男なら分かるだろ」
そんなに見ても、今までの風景とさして変わらないから。背の高い木が数本あるので身を隠すには都合が良いが。
そして、見える範囲に人が少ない。数人が黙々とキーボード相手に作業をしている。
現在、野営地には怪我人を含めて自衛官は8人しかいない。
昼食時の打ち合わせはウェブ会議だったし、戦闘記録の生データは逐一駐留地に送っているが、現地での見解を加えた報告はさらに重要だ。
龍穴に入っている2班の映像解析などのバックアップに専従している者もいて、報告をまとめるのに怪我人も動員せざるを得ない状況だ。
対面ではシャーシャー言う白蛇を由姫が宥めている。
白蛇の視線の先は、ターフの下の卓の上にある透明の瓶だ。中には飴玉のような赤い石が入っていた。
「でかくない?」
「やべえな。どんな相手だったのか興味あんぜ」
負傷もソレ絡みだと容易に想像がつく。
「見るかい」
卓で30cmほどの刀身をためつすがめつ観察していた自衛官が言う。
「いいのですか」
「これを一般公開するかどうかは上層部がこれから判断するが、探索者には魔物情報は周知する決定になっているからね」
そう聞いたら遠慮する理由がない。
ノートパソコンで未編集の戦闘を見せてもらう。
画面が暗い。
定点で戦闘中の自衛官の後ろ姿が写り込む映像に、2つの副画面には空撮と思われるブレのある映像が流れる。
声もない。
「マジかよ。やべーな」
「“土蜘蛛”だね。“狗猧”だけど油断できない相手だよ」
由姫が獅拿に説明している。
その台詞は彼女たちが闘えると言っているように聞こえるのは気のせいだろうか?




