054 ハクムの丘(3/4)対“土蜘蛛”
「急急如律令、“蔵風聚水”」
山鹿䋖が鬼の指を胸前に立てて、右手の金剛杖を水平に振るう。
杖の廻りに緑の風が巻き起こり、生じた風が周囲の水を抱き、班員たちの身体に纏わりつく。
「……存分に戦うがよい」
これで直接の攻撃は言うまでもなく、“土蜘蛛”の周囲に漂う地気の侵食にも抵抗できるだろう。
地の相を読むことができる陰陽師は、優れた風水師でもあり、古くは都の配置などにも関わり、鬼門を封じていた。今、同行している理由も、龍穴を封じるためだ。そのために、力は温存しなけれはならない。
また、ここで疑問に思うかも知れない。何故、対話をしないのか。
相手に知性があれば、もしかしたら、平和的な共存が可能かもしれない。
そんなことは古の先人が試みている。
異形であれ、相手はもしかしたら神かもしれない。八百万神がいて、森羅万象に神の発現を認めていた古では、神に反逆するなど考えることすら禁忌とされた。しかし、そんな者らは信念ごと禍に喰われた。
「摩道具の使用を許可する」
森田の宣言に合わせて、旋棍に似た形状の4本の杖が構えられた。
「発射!」
赤黒い球が炎の尾を引いて、“土蜘蛛”に放たれ、全弾が命中する。初撃は自衛隊がとった。
が、“土蜘蛛”は8本の脚を前面に立てて盾のように使い、それを防いだ。
そのまま、脚が斜めに出される姿は、身体をたわめているように見えた。
「来るぞっ」
“土蜘蛛”が飛んだ。
実際には跳ねたのだが、それは一瞬で移動したように見えた。
「うわっ」
「跳ねるぞ!」
「先に言ってよ」
“土蜘蛛”の体当たりを、勘で間一髪に避けた梁田が苦情を申し立てる。
「脚は硬い。跳ねは早い。足の鎌の攻撃に、前脚を合わせた時に“衝撃”を飛ばしてくるぞ」
水を掛け合うことなく、山鹿䋖が情報を提供する。
“土蜘蛛”は糸も引くが、造網性ではなく徘徊性のクモに性情は似ている。静かに近づき、前列眼で正確に距離を見極め、一気に跳躍して獲物に飛びかかる。
また、壁を崩していたことからも分かるように、“衝撃”の技も強力だ。
森田たちは全員で攻撃している訳ではない。
今は、防盾、棍棒、杖撃、情報収集の観測に役割を分担している。
“土蜘蛛”の動きは素早く、一つ場所に留まることがない。通路方向の跳躍はもちろん、幅方向にも跳ねて壁に着地する。
跳ね移動時は目視さえ難しい。その動きに翻弄されるばかりだ。
棍棒陣は間を詰めることさえ出来ない。
杖撃は誤射も怖いが、弾数制限もある。替えはあるが、無限に使える訳ではない。
“土蜘蛛”は包囲の真ん中に降り立つと、前脚を天に掲げて、その場でバラバラに足を動かして見せる。まるで、どちらにでも行けるぞと誇示しているようだ。
「威嚇?いや、挑発か。バカにしやがって!」
一人の隊員が盾を構えて突っ込んだ。
それに合わせるように“土蜘蛛”も跳躍する。
防盾が弾かれた。
盾の扱いでは、自衛隊よりも圧倒的に機動隊が上位だろう。暴徒を盾の列で抑え込むのだ。自衛隊が防ぐ対象は銃弾だ。それに当たっては盾は無用だ。大盾操法は基地防衛のための形ばかりの訓練しかしていない。
透明な盾の表面が蜘蛛の巣状にひび割れる。
が、隊員は弾き飛ばされることはなく、その場に留まった。
「うっがぁっ!」
盾を斜めにして突進を受け流しても、関節が可動範囲を超えることを強制された。手首が捻じれ靭帯を損傷する。盾の状態を見れば、その程度で済んで僥倖と言える。
だか、その経験は大きな糧を生みだした。勝利への光明と言ってもよい。
「相手の動きは直線的で、見た目よりも軽い」
情報班の一人が声を上げる。映像は地上にも送られ、“土蜘蛛”の分析を進めて、文字列で返されてくる。
現場で対処している最中ともあれば、単純な事象でも気付きにくいものだ。
掌典の“蔵風聚水”の効果を、他の隊員が目に見える形で確認できたのも大きい。
森田は指示を出す。
「盾をその場に固定した後に、観測班と共に後退」
左手首を負傷した隊員は下肢の剣鞘から杭発射機を引き抜き、盾に固定するとそれを起動する。
炸薬が金属の杭を打ち出した。
現代兵器と言うには異論が噴出しそうだが、各隊員に二本ずつ配布された唯一の弾丸である。それは25mmの鉄板をぶち抜く。
身体から離れると込められた意志が霧散すると言うなら、持ったままで弾丸を撃てばいいじゃない?思い付きのままに実装された。
盾が案山子となり、“土蜘蛛”の行動を阻害することを期待する。
「元橋に梁田、二人で行けるか?」
「……」
「余裕っしょ!」
元橋が無言で頷き、梁田が任せろと笑う。
「2分で始末しろ」
「酷っ、タイツ節」
行き止まりで群れていた“黒玉”は数十匹はいそうだ。
「残りは全員で“鬼ごっこ”だ」
わずかな攻撃を積み重ねていくのでは駄目なのだ。“草ネズミ”のように逃走する例もある。
ここで仕留めるためには、“土蜘蛛”の機動力を封じたい。そのために移動が限られる行き止まりに追い込みたいが、“黒玉”が邪魔だ。
その“黒玉”を駆除しようとすれば、“土蜘蛛”に背中をさらすことになる。
慎重な性格が出足を抑えるが、決断後の急襲制圧技術には定評のある元橋は壁際をまくる。
受命した二呼吸後には、後背を気にする素振りを見せずに、棍棒を振り下ろしていた。
“黒玉”と呼称しているが、それは固着状態を示したものだ。
境目の判別も難しいが、球体を一回転させたように見えた後に、前後の尖った筒状の姿態となる。
それは目鼻口の器官がどこにも確認できない“黒いウネウネ”である。
「うへっ、気持ち悪っ」
梁田はそう言いつつも、棍棒で叩き潰す。
“黒玉”は攻撃手段を持たないようだが、潰した際にどろりとしたタール状の体液をまき散らす。それが肌に付着すると、激しい痛みとケロイド状の傷跡を残す。それは呪いのようも見える。
その場で激しく動き回るが、強かに叩かないと潰れない。端を叩くとより激しく体液を振りまくので、中央部を狙わなければならない。
「うわっ、怖っ」
横を見れば、元橋が口を薄く開いて笑っている。通称“暗殺者の笑み”である。
元橋と梁田が熱いモグラたたきに集中している横で、森田以下の班員は一撃退場の鬼ごっこに専心していた。
捕まると言うのは、ポリカーボネート製の盾に蜘蛛の巣を作る一撃を直に受けることを意味する。
観測班を下げて対象者を減らし、包囲網を広げて突進回数を減らしつつも、“黒玉”潰しに注力する二人が標的にならないように気を引くための牽制は必要だ。
“黒玉”が数を減らしても、“土蜘蛛”にそれを気にする素振りはない。幸い、彼らの間には仲間意識はないらしい。
杖撃を構えると警戒するのが分かる。
退いた観測班の方に行かせないためにも、杖撃は通路側が持ち場になる。
“土蜘蛛”は後ろには跳躍しないらしい。“黒玉”潰しが背後になるので、ちょうどいい。
観測班に付いていた防盾の二人が杖撃の守りに付く。
結果、牽制するのは盾を持つ森田と残る棍棒装備の二人を合わせた三人だ。本玉は杖撃の指揮をとっている。
さすがに力を温存とか言っていられないと判断したのか、山鹿䋖も参戦する。
時間稼ぎのつもりか、山鹿䋖が相手との間合いをはかるように金剛杖を向けながら、“土蜘蛛”の廻りをじりじりと一周する。
左手は森田たちを留めるように、手のひらを背に向けて広げている。
“土蜘蛛”はそれに合わせて、その場で回転しながら、ときおり前脚を重ねて硬質な音を鳴らす。
襲うぞ、襲うぞと言っているかのようだ。
パァンという破砕音と同時に、前脚を合わせた場所に白い渦が生まれて弾ける。
白い渦玉をかわすように山鹿䋖の身体が沈み込む。装束が波を打つ。
そのままに鋭い踏み込み、膝が伸び、腰の回転が上半身に伝わり、右腕から抉り込むように一直線に金剛杖が突き出される。
墨染の白張装束が円弧を描いて大きく拡がった。
“土蜘蛛”が脚を立てる。
シャラン、バキッ
金剛杖の遊環が鳴り、“狗猧”の脚の一本が折れる。
にも拘わらず、反撃の脚鎌が刈り振るわれた。
山鹿䋖は編目文様の竹製の手甲でそれを弾いた。
竹は門松や地鎮祭に使われるように神の依代ともなる植物で、編目文様は六芒星が連なって見えて鬼が嫌う魔除けの力を持つ。よく見れば白張装束も編目文様の濃淡のある墨染であることが分かるだろう。
ちなみに隊員は防護服を装備しているが、手甲は縦4本・横5本の鋼線が織り込まれた掌典謹製である。
銃撃戦ではないのだ。相手の身体に近く、反撃を受けやすい前腕を守らずしてどうする。九字紋も破邪の力を持つ。
そして、掌典は“世界を終わらせる獣”の脅威に備えているのだ。“狗猧”程度は唯一人で対応できなければ話にならない。
“土蜘蛛”が後ずさる。狩るモノから、狩られるモノへ、立場が変わったのを感じたのだろう。
「いつから勘違いをしていた」
筆者注)蔵風聚水(風を蓄え水を集める)




