053 ハクムの丘(2/4)
第1班の班長、つまり、本作戦の最前線での指揮を任されている森田 一は、所属する部隊が全滅し、解散という経験をしている。それにより彼は脱柵(自衛隊から脱走すること)同様に退官し失意の中に世界を放浪するが、一回りも二回りも大きくなって復職した。
しかし、その時の記憶が根底にあるためか、作戦の成功だけではなく完遂、つまり、隊員が一人も欠けることなく完全に成し遂げることを求める。
それはハードな知識や技能、メンタルな部分が要求される“特殊作戦群”の中でも随一の“ガチ勢”だ。隊員の選抜試験ではアメリア合州国の陸軍特殊部隊の養成課程を突破が条件になるが、そこの教官に彼は“tights”(訓練が人一倍厳しい+複数形)だと呆れをもって称された。
「出たよ、タイツ節」
お調子者担当の梁田が肩をすくめる。作戦の目的は“龍穴の封印”である。掌典が指した本命の道を進んで、迅速に作戦を終了させるのが最も明快だ。森田の判断は、余計な手間=危険を増やしていると見ることもできる。
「2班はどうする?」
「予定通りで頼む」
第2班の本玉 班長の尋ねに、第1班の森田 班長が答えた。
本命の道からの襲撃に備えて、ここで拠点防衛をするのか。それとも、事前の打ち合わせのままに第1班の後方待機をするのか。
本部から戻される3D地図ではどちらの洞窟の先もどこまで続いているのかは現状では不明だ。
森田の答えは一貫している。一つの群れで行動する。一人の脱落も認めない。
その場には、中継器を兼ねた光源だけを残して歩を進める。
――Memo <中継器>――
無線の中継器を兼ねている光源。直上に照射された光束は半円状の反射板に当たり、八方に広がる。
人感センサー付(室温20℃のとき、検知距離は約5m)で自動点灯する。
設定した時間で消灯し、頂部の赤色の表示灯と反射板の支柱の緑色の蓄光塗料が発光し、周囲を淡い黄緑色の光で照らす。(蓄光は照射時間の3倍、かつ、7.5時間未満)
月面探査車のような機体から放たれた投光器の光束が道を指し示す。補助機器が積載された機体重量はわずかに8kgで、補助輪付の荷台を広げれば横臥は無理だが負傷した隊員を2名まで運べる。但し、通常は電源による自走式だが、その際は人力の補助を必要とする。
「1班、錐行隊列」
森田が出した指示は、機動力を重視した攻撃的な陣形だ。
「2班、鶴翼で1班の後に続け」
本玉は後方を警戒しながらも、1班の左右を補助する陣形を選択する。
先頭の2名が盾を前方に構えながら大胆に進んでいく。頭を左右するので光束も同時に流れていく。暗視ゴーグルでは映像解析による3D地図の作成が遅れる。
その後ろを硬質ゴム製の棍棒を持つ隊員が付く。
えっ、刃物じゃないの?非殺傷性?ここでも専守防衛のお題目なの?と思われたかも知れないが、それは戦う対象を検討した結果だ。床や壁を叩く可能性が高いので、欠ける刃物は不適格、相手には打撃力を伝える一方で、その反動を抑えてくれる。先端に鉄片を埋め込んだそれで殴られれば皮肉も裂ける。
「待て!」
森田は動き出して、すぐに隊を止めた。床は平坦かつ緩やかな登りで、携行端末にも地形情報が集積されていく。先行するドローンも5mほどの高さの天井付近を飛び、問題なく機能している。
構築されていく情報を分析する限り、特に問題は生じていない。
通路は片側路線の地下鉄駅を思わせる広さだ。勿論、滑らかな軌道ではないし、天井から荒々しく飛び出て陰影を作っている岩が落ちてこないか、心理的に圧迫してくる。
足元に手を付いた。指でなぞる。硬質な岩石の上を薄っすらと砂礫や土砂が覆っている。
2班が間を詰めてきた。序に、しゃがんだ森田の様子を見て思うところがあったのだろう。本玉が壁面を観察して戻ってきた。
「壁も滑っていないな」
足元も濡れていない。天井から水滴が垂れてくるというようなこともない。
「普通ではないということか」
光の差さない洞窟では湿度はほぼ100%になる。濡れた服が渇くことはないし、それに付随した病変にも注意する必要があると、事前情報に学んだ。
「龍穴とはそういう場所だと伝わっている。尋常ではないのだ」
尋常とは“ほんのわずかな距離”を指すが、ここでは“世の常ではない”という意味だ。
掌典たる山鹿䋖でも龍穴に入るのは初めてとなる。怪奇が蔓延っていた世は、書物に残るだけなのだ。
知識が通用しない、さらなる未知の世界に足を踏み入れたという事に、不安の影が差す。
「まぁ、自分らは訓練通りにやるだけっしょ」
お調子者担当の梁田がおどける。
「その通りだ。行くぞ!」
そういう彼らも尋常ではない訓練を経て、人並みからはすでに外れた者たちだ。緊張で身体が動かないというような手緩い者はここには参加していない。
洞窟は閉じた空間なので音が反響しそうなものだが、構成物(玄武岩など)によっては音を吸収する性質を持っているために音がしない。それが神秘感、霊妙不思議な感覚をもたらしたりもする。
進行が速い。行軍訓練では当然のように背負っている戦闘背嚢がないからだ。銃装備ならともかくも、棍棒装備ではそれでは流石に動きに支障がでる。戦闘背嚢装備なのは、情報解析班とその護衛のみだ。それに合わせて、隊の作戦継続時間も短期に想定されている。
班員たちが足を進める音と秘かな呼吸音だけが支配していた空間に、パァンという破砕音とそれに続いてズザザという崩落音が混じる。
坑道はここまでほぼ一本道で、全体的には緩やかな曲線を描いているようだ。
集積された地形情報ではそこで行き止まりと読み取れた。
足を止めた部隊が情報を検討し共有する。
先行したドローンの映像には芳しくないモノが映っていた。
「なんですか、アレ」
「縮尺あってます?」
「ほう、有名どころが出てきたな」
端末画面を覗き込んだ山鹿䋖がにやりと笑う。班員は思わず視線を向けたが、凄惨な笑みにそのまま通り過ぎた。どちらも暗がりで見るものではなかった。
「ご存じの情報をもらえますか」
「かのモノは“土蜘蛛”。古今東西の物語に登場するめじやの奴よ」
確かに影像はクモだが全長4尺もあれば、もはや別の種である。そもそも、生物の括りに当てはめても良いものか疑問だ。ちなみに少々厳めしい言葉遣いの山鹿䋖は横文字が苦手だ。修行に時間を費やすほどに、他の知識を学ぶ機会は奪われていく。
「クモか~。潰したら後始末が大変そうすよ。どこかに逃がせませんかね」
確かにクモは益虫なので、庭に放つべきという意見は巷にあるが、梁田のその目は全く逆のことを語っている。
「穴を掘ってるようだし、あんなのを街中に放り出すのを賛成できるかよ」
本玉が顔をしかめる。“土蜘蛛”の足元の床もうごめいている。恐らくは黒玉だろう。それなりの数がいそうだ。
「今の装備で倒せますか?」
森田は掌典の助言を求める。
「かのモノは“狗猧”だから、徒人でも力が及ばないという事はないはずぞ」
皆の顔に驚きの表情が浮かぶ。てっきり、“世界を終わらせる獣”と聞かされた“禍獣”だと思っていたのだ。
「あれで“狗猧”って、マジっすか」
「“転バシ”や“黒玉”と同じ括りに見えないんですが……」
画面には“土蜘蛛”の足元に、日常業務として駆除していた“黒玉”も写っているが、大きさ以上に感じる迫力がまるで違う。
この系列で“禍獣”と記録に残るのは、“鬼蜘蛛”。八目で前後二つの顔と計八本の手足を持つ人様の鬼だ。もしも、それであれば、こうして話すどころか、これだけ離れていても呼吸もままならない圧にさらされていることだろう。
話題の“土蜘蛛”の動きが止まった。
「ちっ、こちらに気付きやがった」
「ここで駆除する。散開!」
筆者注)第1班8+第2班8>防盾2、棍棒4、杖撃4、情報収集(操作2、機器2、盾2)




