055 ハクムの丘(4/4)
掌典の決め台詞を聞いた隊員たちは思った。
地脈と言う良く分からないものが分かっても、空気を読むと言う能力を学ばなかったんだと。
空気を読むという事は廻りを慮るという事だ。それをしないという事は、相手がこちらに合わせるべきだという我の強さが必要であることは間違いない。
自分らの強みは集団で一つの目標に向かえることだ。唯我独尊はいらない。仲間と、戦友と乗り越えていこう。
そんな想いが、気持ちを新たにさせる。
場の雰囲気が変わった。
追い詰められた際の大和民族特有の悪い覚悟を決するような表情が消え、コツコツと小さい事から積み上げることを苦としない精神が頭をもたげる。
あの時だ。
場を見守る掌典は思う。
“土蜘蛛”の脚鎌を振り上げた姿を彼らが見上げた時、場の雰囲気が変わったのだ。
地気の波動に飲まれた。萎縮して、常の力が出せなくなった。心が抑え込まれたのだ。やはり、“狗猧”との戦いには精神の修養が肝要だという事だ。
良い気の流れを感じた山鹿䋖 正門はもう大丈夫とばかりに頷くと、再び、森田たちに場を預けることにした。
行き掛けの駄賃とばかりに、“土蜘蛛”の脚を鬼の指でつかみ、身体を蹴り飛ばす。
脚は関節でもげて、身体は壁に突きあたった。放った脚が黒い霧と化す。
「おっしゃあ、無茶振りをやり切ってみせたぜ!」
それは梁田が振り向いて、雄叫びを上げるのとちょうど重なった。
数十匹の“黒玉”を元橋と二人で二分以内に駆除するというタイツ節をやり切って見せたのである。
棍棒を振り上げ続けて、二人の二の腕はもうパンパンだ。
だが、二人のヤル気は途切れていない。
本橋は無表情で腕の付け根を重点的に押す。口元が時折ピリピリしているのが怖い。これは笑うのを我慢している時の彼の癖だ。
梁田は自分を自分で抱きしめる。いわゆるセルフハグだ。
短期の強運動で筋肉にたまった乳酸は、クールダウンで血流を促進すれば解消が早まる。
彼らの背後では“黒玉”の金色の華が咲き始めている。
「第二ラウンド開始だ」
山鹿䋖の視線に応えた森田が檄を飛ばす。
それを聞いて掌典は観測班の位置まで下がる。
訓練の再開だ。
逃げ道には脚をもいだ奴が居座っている。
脚は失っても、力は失っていない。
“土蜘蛛”は前脚を掲げて、闘志を奮い起こした。
ひとり、殺せ!ふたり、殺せば、奴らはおとなしくなる。
また、弱くなる。
自らの経験ではないが、知っていた。
が、そこからは森田たちの独壇場だった。
壁際に分かれた杖撃が十字砲火を浴びせる。
一方を前面に脚を立てて防がれれば、もう一方を横腹に与えることができる。
棍棒で牽制すれば、“土蜘蛛”は衝撃を放ってくるが、予備動作があって直線的に飛んでくると分かれば避けるのは難しくない。
戦闘データは常に更新され、情報班は行動予測を皆に発信し続ける。
片側の脚を二本失って、方向転換時に腹を床に擦るようになった。跳ねての移動も減った。
勝負の時をこの男は違わない。
「防盾、俺に続けっ!」
森田が盾を腰の位置に構えて、頭を下げて突っ込んだ。
瞬時の踏み込みで、彼を迎え打つために掲げた右前脚の下に潜り込んだ。
膝、背筋、上腕二頭筋へ、丸めた全身のバネを開放する。
「行っけー」
重い。
が、不意に抵抗が軽くなる。
「押せぇー」
残る防盾の二人も力を合わせる。
下から突き上げるように押す。
“土蜘蛛”も身体半分を持ち上げられれば、その場に粘ることは出来ない。
坑道の奥、行き止まりまで一気に押し込み、盾で壁に抑え込む。
「(撃)てー!」
その声に最も早く反応したのは、副隊長の二人=元橋と梁田だ。
「はっ」
呼吸を溜めて、身体が反応した。
盾の間に潜り込むと、引き抜いた杭発射機を“土蜘蛛”の腹に押し当てて起動する。
発射筒の側面の爪が三方に倒れて筒を固定すると、次の瞬間には炸薬が金属の杭を打ち出した。
バシュ、ボォ、ブォッッ
発射音の後に、“狗猧”の体内を貫いた何とも言えない音が続く。
“土蜘蛛”のすべての脚部が伸ばされた後に、抑え込んだ身体から力が失われていくのを感じた。
「離脱!」
森田の合図に、皆が一定の距離をとる。
“土蜘蛛”の表皮から黒い霧が吹きだし、その中に金色の粒子が立ち昇る。
その先に咲くのは金色の華だ。魔法陣に金色の粒子が吸い込まれていく。
「おっしゃぁーー」
皆から無意識に歓声が沸き起こった。
その華は勝者に送られる花輪だ。
山鹿䋖は金剛杖を地面に突き立て、鬼の指を胸前に立てると、無言のままに祈祷した。そして、左口角を上げ静かに笑い、大きく頷いた。
戦闘に勝利したならば、報酬がある。
不思議な現象の後に残された物を拾う。
たくさんの米粒ほどの大きさの紅い石は、“黒玉”のものだろう。
一際おおきな(と言っても親指の爪大だが)紅い石と一緒には、30cmほどの刀身と透明な小瓶が落ちていた。




