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045 入国審査(前)

 連休前の土曜日、気を紛らわすだけのちょっとした行動の結果に得た魔王国の仮入国書を手にして、彼は早朝の東京駅の新幹線乗り場に居た。

「遠い……」

 そう思った。

 学生の彼には勉学や遊びにアルバイトでも、その行動範囲は1時間もあれば事足りる。

 彼は自動二輪を趣味に持つが、その場合は行程全てが()きなので苦とは程遠い。彼が乗鉄(のりてつ)だったら同様に楽しめたのだろうが、そうではなかった。

 成績良好で、日頃の行いも落ち着いており、自分から進んでと言った積極的な所は見られないという評価の彼だが、逆に教師にとっては扱いやすい。

 彼にとっても自身の行動は後から考えれば意外だったと追想することだろうが、今の彼にはそれはちょっとした行動の延長線上のものに過ぎない。

 魔王国の入国審査は、宮城県仙台市にある施設で行われる。

 東京から仙台までは、新幹線(はやぶさ)で1時間半だ。が、ネット配信で例のゴブリン戦を見直したり、少しでもと情報を検索していれば、あっと言う間だった。なんてったって、一般人の入国はまだ始まってもいないのに、攻略サイトがすでに立てられていたりする。


 世間は白華国による核使用や株価や為替への影響の話題で沸き立っているが、それでスク東の衝撃が立ち消えた訳じゃない。

 現に彼は一次試験免除の書類を手にして、入国を即決している。

 確かに審査費は無料で、交通費などは負担してくれるし、宿泊代も宮城県の補助が付くとなれば、旅行気分でちょっと足を運んでみるかと思う者も出てくるだろう。


 仙台駅に着いて中央口改札を出て向かうのは、観光案内(びゅうプラザ)ではなく手前にひっそりとある“お忘れ物センター”だ。何かを紛失した訳じゃないけど、ここで東京駅で預けた物を返してもらわなければならない。

「一時試験免除の書類の確認を……確認しました。では、こちらに受け取りのサインを頂けますか」

 料金は3点で税込み3,300円だ。預けた時に支払っている。

 書類なんて、預ける時にも確認してるよな。

注)本人確認のために必要なのです。

 彼の手元に駅構内には持ち込めない“園芸用品”が返ってきた。


 宅急便では原則として“銃砲刀剣”の類が取り扱われていないのを知っているだろうか。それは2019年の商法改正でさらに厳しくなった。

 はぁ?“銃砲刀剣”は所持もダメだろ。宅急便など言わずもがな。

 えっ!だけど通販で、中厚鎌や片刃腰鉈などの園芸用品に、包丁などの調理器具、千枚通し(たこやきかえし)や石頭ハンマーなどの工具を扱ってるよね!そこはどうなのと思いつく人は多いことだろう。

 古来、人は様々なものを武器としてきた。

 ペンは剣よりも強し。暴力の対極として扱われるペンも相手の目に突き刺せば殺しの道具になるし、可愛いぬいぐるみもそれで鼻口をふさげば相手は死ぬだろう。

 馬鹿正直に使用目的を武器としてではなく製品本来の使い方であるとして手続きを踏めば無理じゃないが、2mを超える長柄となると関東~南東北間で5,000円以上かかる。

 与党幹事長と財務大臣が、“魔王国で使用する特殊器具に対して”新たに事業者に免許制度を立ち上げる検討に入ったと記事になり始めた時、総理大臣と領土特命担当大臣の主導で閣議決定が為され、東京~仙台間の新幹線及び西日本の空港と仙台空港を結ぶ早朝と深夜の一便のみに特例として、“特殊器具”を適切に預けることで構内への入場及び乗車・搭乗を可能とする政治判断を示した。


 目的地には通常ならば仙谷線に乗り換えるのだろうが先の理由で無理なので、そのまま西口から市街に出る。

「送迎バスが運行してるらしいけど?」

 独りゴチて紙の案内図を見ながら、県補助の無料の送迎バスを探す。歩行者に場所を聞いても知っているだろうか。

 廻りとは違う様相の人たちが並んでいる場所を見つける。

 その雰囲気は周囲から浮いていた。

 そして、やけに静かだ。ある意味、受験生のようなものだから、緊張しているのだろうか。

 作業服に安全帽の人……お仕事、お疲れ様です?

 橙色の救助服(アラミド繊維100%)が眩しい……どちらに出場(しゅつじょう)だろう?

 街を歩いている人たちと同じような軽装の人たちと、山や洞窟などの未開の地に向かいそうな人や特殊な現場にいそうな作業着姿の人たちの割合は半々と言ったところだ。

 最後尾の登山服に背嚢のおじさんに声を掛けた。

 今から蔵王連峰ですか?

 じゃない。

 他に並んで居る人を見れば、その台詞は適当ではないだろう。

「ここって、魔王国の試験場行きのバス乗り場で合ってますか」

 杖のように上下逆様(さかさま)に持っているが、そのピッケル(つるはしみたいなやつ)の用途も本来のものとは違うだろう。

「そうだね。君も受けるのかい。向こうで合ったらよろしくな」

 軽い挨拶の後に列に並べば、皆が静かな訳が理解できた。

 並べば目線は自然と道路の反対側に向かう。そこには交番があり、少々数が多く感じる警察官らがこちらを凝視している。

 悪い事はしていないし、する予定もないのだが、やましい気持ちになる。


 それは日本の社会通念と教育の結果と言えるだろう。

 海外に目を向ければ、武器の所持が認められている国が大半である。軍や治安維持機関が保有する幾倍もの銃器を民間人が所持していることからも実状が把握できるだろう。自らを守れない者は弱者として切り捨てられ、守らない者は愚か者の評価を受けるのが世界の常識である。


 マイクロバスは走り始めて10分ほどで目的地に到着し、正門を抜けて敷地内に乗り入れていく。

 彼が免除された一次試験は、福岡県久留米市、宮都府舞鶴市、神奈川県横須賀市、東京都目黒区、石川県金沢市、山形県東根市、北海道札幌市にある自衛隊駐屯地の教育施設内で随時に行われている。内容は身体検査と体力測定が主で、適性を測っているとのことだ。

 入国審査は福島県田村市の特区に常設される予定だったが、陸上自衛隊仙台駐屯地で行われることになった。

 宮城県知事の強力な誘致があったと言われ、県庁舎で行われるところを政府が介入して仙台駐屯地に行われることになったと記事になっていたが実際の真偽は不明だ。


 敷地内には病院もあるようだ。バスはその近くの一棟(ひとむね)に横づけされた。

 棟の前には、迷彩模様の災害用テントといくつかの医療用陰圧テントが立てられている。そのような様式を多くの人が見分けられると言う事が、近年の日本の災害の頻度を示している。

 建物に入れば、登録票を作るように案内される。一時試験免除の書類と身分証はバスに乗る時に確認されていたから、さすがに見せろとは言われなかった。

 人が予想以上に多い。朝一の新幹線に乗ってきたのに狭いロビーがすでに人で溢れていた。

 マイクロバスに乗っていたのは十人弱、その時は気にもならなかったが目的地が同じであることに思い付けば、違う見方になっただろう。

 一般的な告知などは見かけなかったが、一次試験が解禁されたのは今週の頭で、本日が初めての入国審査となれば、この混雑ぶりも頷けるのかも知れない。

 林立する機械前に並び、暗証番号を設定すれば、2枚つづりの登録票が印字されて出てきた。

「こちらの窓口で“特殊器具”を預かりま~す」

 声に従って、仮設窓口で登録票の半券と“園芸用品”を預ける。手荷物は対応(サービス)に含まれていないようだ。


 次に誘導された大部屋は、衝立(パーテーション)区画(ブース)分けされて、まるで予防(ワクチン)接種の会場のようだ。

 違うのは担当が着ているのが医療白衣ではなく、同じ白衣でも割烹着のようなものだと言うことだろうか。紐で袖を絞っていた。

  注)割烹着ではなく、上着だけですが白張(しらはり)装束です。宮都御苑から職員が出向しています。

 すぐに整理番号を呼ばれる。

 スタッフ(だってビブス=メッシュ生地でベストのような形のウェアにそう書かれている)に、片腕の袖をまくって列に並ぶように指示される。

 順番が来て席に座ると、書き込む書類を渡され、前腕の内側を脱脂綿でこすられ何かで湿らされた。

「捲り上げた服を下ろさないで、掻いたり触ったりしないで下さい」

 流れ作業だ。

「痒くなったり、湿疹などの症状が現れたら、すぐに申し出て下さい」

 室内を徘徊している看護師だってビブスに……が声を上げる。

 外周の長机で書類に書き込んでいると、整理番号を呼ばれた。

「気持ち悪いなどの自覚症状はありますか」

 看護師に腕を見せて、目をのぞかれ、気分を聞かれた。

「なにも問題無いです」

 何かで湿らされたところも何ともない。

 実は3割くらいの人が肌が赤くなったり、指先に(しび)れが出てたりしていたようだから、少し不安があった。その場合、その時点で入国不可の判断になるみたいだったから。

「ふざけんな!こっちは明日から乗り込む準備までしてきてんだぞ」

 ちょっと肌が赤くなっただけでアウト!説明もなしだから、気持ちも分かるが、暴れても無駄だ。自衛官の人が速やかにかつ(にこ)やかに寄っていく。

「では外のテントに向かって下さい」

 書類の不備の有無を確認されて送り出された。ここまでで掛かった時間は30分、あっと言う間だ。


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