044 儘ならぬ(後)
ところ変わって、自分の感情の持って行く先をどうすればよいのか、迷うばかりのひとりの若者に焦点をあてて見よう。
まだ光り方を知らない原石だが、さまざまな障害に対しつつも、いづれ自ら光を放つだろう。しかし、そのためには自らの足で意志で走り始める必要がある。
学校に遅刻した。
理由は線路に人が降りたために電車が遅延したためだ。そのために、5分遅れて入室した。
校門では学校側がその事実を把握しているから、とにかく教室に急げと追い立てられた。
しかし、教室では担当授業の先生が「10分早く家を出ていないから、そうなるんだ」と俺に全ての責任があるかのように言い立てる。
不愉快だ。
「すみません。気分が悪くなったので帰ります」
10分じゃ足りないが、もっと早くに家を出ていれば乗った電車も変わり、遅延の影響なく来れた可能性はある。しかし、遅れたことに甘んじていた訳じゃなく、遅れを取り戻すために俺は走った。他人の仕出かした不始末のために、不要な努力をした。
それなのに、その言い方はないだろう。気分が悪い。
俺自身が遅刻しようとして取った行動は何一つとしてない。
ならば、最初から今日はなかったことにした方が10倍も20倍も気分が楽だ。
他人の不始末のしわ寄せを喰らったことも、その後した努力が無駄だったことも、阿呆が押し付ける理不尽もなかったことにすれば良い。
それならば後ろから投げかけられる阿呆の声も気にもならない。
今日一日は、俺の自由だ!
と言っても、彼の年で出来る選択など限られている。
彼からは鼻歌がこぼれる。
耳下にphonを当てて、お気に入りのリズムに身体を委ねながら、街をブラつく。自身がいるはずのない時間帯の街はその想いだけで彼には違う表情に見え、気持ちも上がる。
横断歩道を渡り、歩道を行けば、建設工事現場の資材の搬入のために行く手を遮られた。
眉間にしわが寄る。
しかし、トラックを誘導する作業員と目が合えば、その不機嫌も消えた。
「なんで?」
「ケンイチ!ぼさっとすんな、安全確認しろ!」
その作業員の同僚であろう者の声が対面からあがる。
「わりぃな……すみません。大丈夫です。おーらい、おーらい」
頬を少しかきながらボソッと呟いて、仕事に戻ったのは、学校にあまり来ずに周囲からは不良と思われている同級生だった。
使い捨ての紙帽子の上に、ボクシングのヘッドギアのような防具兼視覚補助装置を装着して、二の腕、太もも、腹部にバンドを巻く。それを補助員が安全確認していく。
彼が自由を求めたのはゲーセンだ。(株)ビイネイが全国展開するアミューズメント施設である。バイクも良いが、気持ちがささくれている時は、自他ともに危ないので適さない。
と言っても来店したのは、モニター画面に対するようなビデオゲームが並ぶ昔風のVideo arcadeではなく、身体全体を使って遊戯する機器が多いAmusement arcadeと言う形式の施設だ。
天井も高く、明るい店内に大型の機器が点在する。
彼が今までのデータを書き込まれたカードを補助員に渡せば、彼は大型のスクリーンの下の制御盤の横の挿込口に差し込んで、何がしかの操作を行った。その後に番号を提示されて、botと呼ばれる卵型の筐体に入室した。
入室後は左手首にも専用のバンドを巻きながら、画面に映された武器を選択する。肉厚で大振りの短剣だ。
画面下の重量2kgで長さ30cmの棒の錠が外れる。棒に付いたストラップを手首のバンドに接続して、一振りする。
家庭用のVRゲームでは、この感覚は得られない。
2Lのペットボトルを持つだけでなく振り回すことは初めはしんどいが慣れる。実際の日本刀がそのくらいのようだ。選択できる竿状武器の斧槍などは4kgもある。
扉を閉めて、部屋が暗室になった後、床も天井も壁も360度、全てに映像が映し出される。
ゲーセンでも行列必死の体験型ゲーム“ラックランド”だ。
大型のスクリーンには現在進行中の全国の猛者どもの熱い場面が映されている。
左拳を握り、腕を伸ばして、拳を開いた瞬間に火球が放たれる。目標に向けて撃った訳じゃない。動作確認と言うか、開始儀式のようなものだ。
右手の棒を振るった軌道が映像にリンクしている。いや、短剣を振るったように感じられる。
振動や衝撃も体感できる。自らの動きに合わせて、床も動くので目標を見つけるために歩くことも必要だ。
ちなみにソロプレイで楽しめるが、隣室とパーティを組むことも可能だ。
アイテムを購入すれば、左手首のバンドに特定の記号を描くことで目標や今遊んでいる連中の位置などを表示することができる。ヘッドギアが手首のバンドの宙空に仮想の画面を映し出すのだ。
基本、時間制なのでもたもたしている余裕はない。
木陰に隠れる“転バシ”を叩き潰し、“炎鼠”を蹴り上げ、突っ込んでくる“塚羊”を避けて短剣を突き入れる。
右手に伝わる感触がリアルに感じる。速歩の鼓動も相まって、気持ちが昂る。
もっとも、反撃にあって針に刺された時は、二度とごめんな痛みだと思った。
息切れに少しペースを落とし、左手の画像を確認すれば、光点が集まっている箇所に気付く。
「大物か?」
当然の如く、その場所に向かう。
太股のバンドに手を置いて、集団に話しかける。
「何事ですか?」
「たぶんエリアボスの討伐の見学中」
その視線の先には胸に鎧をつけた大人2身長分の骸骨が4本腕にそれぞれの武器を振るっている。
戦っているのは、戦隊ヒーローの赤竜戦士の被り物をした子供と、長い鉢巻きを背中に垂らし柿色の装束をまとった忍者姿の子供の二人だ。
子供と判るのは、キャラクターが参加者をカメラで撮影した自身を元にデータ構成されているからだ。そこに変更修正は受け付けていない。
骸骨の怪物は確かに大きいがそれとの比較ではなくても、体格(手足の長さのバランスなど)からも小学生高学年ほどに推察できる。
「子供だけに戦わせてるんですか!」
ひよってんのかよ。
「いや、アイツら凄いから。それに共闘しに行った連中はすでに全員真っ二つで塵に消えた」
死亡認定は、遊戯者のキャラクタがその場から消え去り、Game overで退室、記録なしとなる。
痛覚調節は体格で決定される。彼の場合は3~5割の間の選択となる。それでも転バシの黒針が刺さった時は滅茶苦茶痛かった。真っ二つって、どのくらいの衝撃なのだろう。意図せず瞬間的に身体がひと震えする。
痛みの度合は、成長に比例する。彼の選択は上限の5割だ。
子供の場合は最大でも2割までしか痛覚を上げられないとは言え、見ているだけと言う選択肢は仮想でも彼の中ではNGだ。
こういう場では、子供の方が上手だったりする場合もある。このようなゲームに年齢による優劣はないのだ。
が、その行動原理は彼が今この場にいる理由を思い出してもらえれば、彼の性格の一端として見てとれる。
確かに子供二人は凄い。
キャラクタの姿がそれと言う事は、実際に仮面ヒーローや忍者の姿で現場入りしているはずだ。コスプレ会場でも何でもないゲーセンにその姿で臨んでいる。腕まくりのワイシャツに短剣装備の自分とは気持ちの入りようが違う。
動きも凄い。大骸骨武者の脚や腰骨を足場に飛び掛かり、体格差を殺している。
彼も走り込んで、壁を蹴って、宙で一回転くらいならできるが、マンガじゃあるまいし動く骨を足場にするなんて芸当は出来ない。
しかし、如何せん子供だ。攻撃力が間に合っていない。
「チビッ子ヒーローズの二人よ。助っ人させてもらうぞ」
「ん、ふよー」
「ひゃっ!」
チビ忍者にすげなく断られ、チビ仮面は大骸骨武者の斧の一撃で吹き飛ばされた。
「力が足りない。
《セット、シャキーン、土摩チェ~ンジ!》
がいあそぉーど!」
立ち上がったチビ仮面が腰のバンドを操作すると、光を発して服装の色が変わった。そして、手に突如に現れた身体に見合わぬ長剣を大骸骨武者の4本の腕の一つに叩きつけた。
一撃を受けた大骸骨武者の身体がズレて、防いだ腕の一本が折れる。
その衝撃は背骨を足場に背後から飛び掛かろうとしたチビ忍者の目測を誤らせ、その身体が宙に舞う。
背中から落ちるところを、彼が受け止めた。
「ぽすっ。ないすきゃっち。そのまま、投げる」
ちなみに最初の“ぽすっ”はチビ忍者の口から発されたものである。
投げろと言われても、子供とは言え体重は10kgを優に超える。簡単ではない。しかも、子供を投げるなど彼の道理に反する。
彼の戸惑いなど知らぬとばかりに、チビ忍者は彼の胸を足場に跳んで行った。
「とぉーっ、くろすだいぶあたっく!」
腕を十字にして、髑髏に体当たりをかます。一方、発射台にされた彼は地面に転がった。
「面白れぇ。俺もゴン攻めに参加するぜっ」
土にまみれて、戦いだと言う事に気付いたのか、それとも、子供たちの遊び心が伝染したのか、分からないが彼のギアが一段あがる。
走り込んでスライディング!
大骸骨武者の足をすくう。サッカーでは反則行為の粗暴なプレーでも、格闘技では足を引っ掛けて態勢を崩す技など幾らでもある。
短剣を当てるだけが攻撃じゃない。
骸骨が腰から落ちる。重心の高い相手には有効な攻撃だ。
但し、滑り込んだ彼には下敷きになる危険がある。彼は転がってそれを避けた。
「ヒュー!やっちゃまえ!」
観衆だった連中も突っ込んだ。
遊戯時間を楽しんでbotから出てきた彼に補助員が近づき、記録カードを返された。
「お帰りなさい。会場も盛り上がってましたよ」
どうやら、大骸骨武者との戦闘は大型のスクリーンに映されていたようだ。
ちなみに、死んでの帰還の場合は、お約束通りに「死んでしまうとは情けない」と迎えられる。
「なんかすごく良い感じでした」
「あと、こちらも。おめでとうございます」
「一次試験免除?」
数枚の書類を渡された。
実際の魔王領ラックランドに入国するための書類だった。
◆
スクリーン東京の本社横にあるイベントスペースのstrive walkから現れたのは、ちびっ子二人組だ。
魔王さま専属の宮女であるテケリ・リもループス・カも交替勤務外の時間は本人の自由になっている。
年齢が近い事もあってか、近づ離れづのありがちな二人の友情である。
「お腹空いたー」
「リ・リが邪魔しなければ、ルーは空振りしなかった」
ゲーム内と同じで互いの連携などを考えることもなく、自分の主張をする。
「二人とも、ちょっと汗臭いですわよ」
今日の保護者役は真祖のフォル・モである。もっとも、箱入りの姫である彼女には、さらにお付きの者である家人が二名ついている。
魔王国はお子様を異国に放置するようなことはしなかった。この地にこの二人をどうにかできる者がいるとは思えないが、それは同時に二人を誰も押さえ込めないことを意味する。
strive walkに行列を作っている“ラックランド”で遊んだ後に二人は着替えはしたもののシャワー設備などはさすがに併設していない。
スク東の主導による企業と魔王国との提携は成果を上げ始めていた。
「臭いのは毛の生えたルーだけ」
確かにスライムであるテケリ・リには汗腺などはない。
「バッカだな。ルーの汗はオスをメロメロにするんだぞ。よだれを垂らしたお子ちゃまのリ・リにはまだ早い話しだけどな」
確かに人狼族は匂いで強さを測る傾向がある。
「ん?よだれなんか垂らしてないもん」
と言いつつもテケリ・リは口元を慌てて探っている。
「二人ともまだまだお子ちゃまね。レディは大きな声なんて出さないものよ。
それよりもエステに行きましょう。二人とも大人だと言うなら、それに相応しい装いが必要なのよ」
休日のエステ通いは、フォル・モのマイ・ブームになっている。
透き通るような色白の肌のフォル・モと光り輝くような地黒の肌のテケリ・リは対照的だが、そもそも見た目が高校生のフォル・モを始め他二人もエステの施術を受けるには年齢制限があるはずだ。文字通りお付きの者が同伴ということで条件を満たしているのだろうか。
「次はじむがいい」
ループス・カが言うのは、勿論、事務ではなくgym、特にアスレチックジムの類のことである。
「ルーの毛は前から気になっていたのです。脱毛してサッパリした方がよくてよ」
体毛を失った狼は想像するだけでも寒々しい。
「お腹空いたー」
テケリ・リは周りを気にしない。
三者三葉の意見はまとまりそうはない。
「お待たせしました」
スクリーン東京の千葉が係員の連絡を受けて現場に到着した。魔王国相手の実績を買われて、新しく立ち上がった魔王国事業室の局長の座に就いた彼だ。目標とする経営会議にあと一歩だと本人は思っているが、その前にこの難局を越えなければならない。
筆者注)さて、ここから転章の後半部“週末勇者”が始まり、勇者たちからの視点が中心になります。




