SS 042_R 世界が変わる日(前)
白華国は幻島への侵攻の失敗によって、経済の減速に歯止めがかからない。
元々、減退傾向にあったことは確かで、あの侵攻は人心・経済ともに回復させるための一手であったとみることができる。
不動産市場の崩壊が深刻化し住宅価格の下落が止まらないことを発端に、社債の債務不履行が増え信用収縮が加速したことなどが背景にある。
そこに政治の中心地・白南海、そして経済の要所である白京が反撃を受けたのだ。
それにより、政策が停滞し、経済の動脈が寸断された影響はあまりに大きい。
共産党政権は不動産関連の規制緩和に、公共事業の予算増額、金融緩和に減税などによって景気の下支えに躍起になっている。
が一方、情報操作のためのIT企業への締め付けや、先行きの成長率低下を不安視したのか公民に倹約を求めた。それにより、公民の心理は悪化し、個人消費まで低迷し始め、資本の流出が加速し、金融市場の混乱がささやかれ始めた。
白華国を指導する九人の常務委員が一堂に会している。9と言う数字にも意味があり、9は数の最上位であり、極めて数が多い事を指す。つまり、この九人の意志が白華国の意志に等しいもしくはそれ以上だと暗に示している。
両脇に一人分の席を空けた――隣に座れる者なしを表している――主席が口を開く。
「我が白華共産党の政道は微塵も揺るがない」
14億を超える人口を有し、僑居(外地に仮住まいをする人)も合わせると、今や世界人口の5人に一人が白華系人である。
強力な人口抑制政策を敷いており、白華公民共和国の年間死者数は一千万を超えているなかで、十万、百万の死者数など誤差でしかない。毎年、東京都の人口と同じだけの者が亡くなっている事実は驚きではないだろうか。ちなみに報道局長の公式会見で、民間人を対象にした卑劣な攻撃による白南海の死者数は十数人と発表された。
とは言え、人の口に戸は立てられない。
航空母艦を擁する三大艦隊のうちの一つである白南海艦隊が敗れた。しかも、相手はゴミのような島国だと言う。
それどころか、文字通りに艦隊が壊滅し、砲弾の一つに至るまで返されて、白南海(日本における永田町)の“必勝不敗”が掲げられた正門が破壊されたのだ。
ひと昔前のような情報操作は難しくなっている。
日本と魔王国との二国間による日魔和親条約の国会の承認時にも、白華国外務省の報道局長が「強烈な不満と断固とした反対」を表明した。白華国は各国と魔王国の公的交流を認めず、要人が往来するたびに強く反発する。
それに対して関 官房長官は「新たに生まれた魔王国を友好を持って迎えたい。また、かの国と国交を得たことで第三国に中立的な立場で和平の労をとることも出来る」と語った。
「小日本のつけあがった態度も目に余る。誰に物を言っているのか、分からしめる必要があるだろう。
我が国は言出必行である。
一度、言ったことは、必ずやり遂げる。何があってもだ!」
主席の態度は静かだが、その言葉は激しい。
勝手に条約を結んだ上に、各国より報道陣を集めての式典の中止の勧告にも耳を貸さない。
「しかし、昨今の世界情勢を考えますに、今少しの熟考を重ねてもよろしいのではありませんか?
彼らも我らと正面きって争うこともできないように伺えますに……」
皇帝の発令の再考を求める声もある。
敵国本土を削るほどの砲弾を撃ち込んだにも関わらず、対抗手段はそれを打ち返しただけだ。黒羽根の炎など反撃のうちに入らない。
攻めあぐねているのか。攻める手段を持たないのか。それとも、実際は我らに怖気づいて、我らが交渉の手を伸ばすのを心待ちにしているのかも知れない。
「愚かな……。逆らう者は浄化以外の手段があろうか。
何もない海上の小島一つに、すでに毒素にまみれた地だろう。誰が気にすると言うのだ」
「主席の言われる通りだ。どこに問題があるのか」
常務委員の九人のうちの一人は即日、失脚することになった。今や主席=皇帝の力は頭一つどころか、すでに他とは一線を画す存在となっているのだ。
しかし、その強気も実際は人民の声に怯える裏返しでしかないことに皇帝は気付いているのか、いないのか。
◆
白南海艦隊の海南省海南島の龍湾基地の洞窟岸壁から秘密裏に出港した原子力潜水艦“趙征01”は、艦隊とは別行動をとって太平洋を潜航していた。
白華国の原潜は、アメリア合州国のように交替で本土を離れて、待機する機会は多くない。だが、艦数が揃えば、その行動を起こすことは想像に難くないだろう。
メトロポリテーヌ共和国の技術協力を受けて就航した“趙征”だが、静粛性は高くない。最初の通信機会にアメリア合州国の哨戒に引っかかっていた。
白華国の三大艦隊のうちの一つが作戦行動をおこしているのだ。同海域の警戒を高めるのは必然の対応と言える。すぐに情報的及び物理的な追跡の処置がとられた。
現代戦において、軍事行動など合理性の産物以外の何物でもない。そして、様々な場面を想定し検討を繰り返してきた合州国の経験の勝利と言える。しかし、それはその予測にのるほど白華国の海軍が精練されてきたことの証左にも他ならない。
「対象艦、通信深度よりもさらに浮上します」
“趙征”を追尾するアメリア合州国の攻撃型原潜(SSN)内に緊張が増す。
定時連絡用のVLF通信は深度40mで運用されるが、“趙征”の弾道ミサイルの発射可能深度は海面下20mである。
「通信深度まで浮上、フローティング・アンテナを伸ばせ」
魚雷を発射するだけなら、現在の深深度でも可能である。だが、原潜を攻撃すると言う事は、全面戦争の引き金を引くということと同義だ。
されど、祖国に照準が向けられたのであれば、第2射は阻止しなければならない。
対象艦が搭載するSLBMの射程は8600kmであり、現位置からはアメリア合州国の東海岸をその範囲に収めている。
一応、書き記せば、敵国に反撃を行うのは核抑止パトロールをしているBoomerと呼ばれる戦略ミサイル原子力潜水艦(SSBN)であり、彼らの任務ではない。
「ハッチ解放音、ミサイル射出されます」
“趙征”から、2発のSLBMが発射された。
それらは、弾道予測(弾道弾は加速は最初の数分のみで後は慣性軌道を描くので予測はしやすい。落下状態で誘導装置が働き、目標への着弾調整がなされる)され、目標は幻島と日本における魔王領と判断された。
◆
『太平洋上の白華国の原潜より、日本に向けて弾道ミサイルが発射された。標的は福島県周辺と想定される』
(故に目標への距離に比例して、着弾誤差は大きくなる。その修正のために誘導装置の開発は非常に重要だ)
そのアメリア合州国からの一報は、日本の官邸を浮足立たせた。
「間違いないのかよ」
緊張を解く軽口のつもりか、口元を捻り上げて薄く笑う射蔵に久坂部は苛立ちを覚えた。
「そう思うのなら、そこで突っ立ってろ!
非常事態宣言を発令する。
すぐにJ-ALERTを鳴らせ!」
J-ALERTの正式名称は全国瞬時警報システムである。避難の時間的な余裕がない大災害や武力攻撃などの緊急事態情報を短時間に全国民へ伝える警報システムである。
「ちょっと待てよ。白華国に正否を確認しねえのかって、俺は言ってんだぜっ」
総理の発言を受けて、官僚が走り回る中、久坂部自身も官邸地階の危機管理センターに走り出そうとしたところを制止する者がいる。
射蔵が怒ったように、久坂部の肩を押さえていた。
「そんな暇があるのか。30分もしないうちにミサイルが落ちてくるのに?」
肩を掴んだ手を打ち払って、久坂部が走り去った。久坂部が射蔵に完全拒否の構えを見せたのは初めてだ。ポカンとその背を見送った射蔵だが、慌てて追いかける。
『直ちに避難、直ちに避難、直ちに建物の中、又は地下に避難してください。ミサイルが13時15分頃、福島県周辺に落下するものと見られます。直ちに避難してください』
あちらこちらで、携帯電話から音声がこぼれだす。まるで金切り声で悲鳴をあげているようだ。
危機管理センターに駆け込んだ久坂部だが、すでに、そこに緊急参集チームが一同に集まっていると言うことは…無かった。時間を考えれば、それも当然か。
内閣危機管理監は殊勝にも一番乗りしているが、かれが統理する危機管理は国防事項を除くものだ。
「最新情報を確認したい」
総理の発声に危機管理監が反応する。
「太平洋上、経度○○、緯度△△、東京から東南東約4800kmの地点から、2発の弾道ミサイルの発射されたことを確認。
一発が魔王国本領幻島、一発が我が国の福島に向かっているものとみられます」
「両方とも魔王国が目標じゃねえか。まったく余計なものしか奴らは呼び込まねえな」
「わかった。関っ、じゃなくて、君は当該地域の避難措置の調整を頼んだ」
射蔵の大きすぎる呟きにギロリと一瞥した後に、危機管理監に避難指示を一任する。
頼りとする関は、官房長官として一階の記者会見室で内閣広報官とともに情報発信の一元化に努めている。
そこに御子神 防衛大臣が特殊な回線で会話しながら入室してきた。相手はJADGE(自動警戒管制システム)だ。飛来する弾道ミサイルを探知・追尾し、それを元にミサイル防衛を管制する指揮所である。
「撃墜は可能か?」
「松島の航空隊を緊急発進させました」
「イージス艦はどうした?」
「もちろん、迎撃させます」
横須賀沖に配備している2隻のイージス艦の弾道弾迎撃ミサイル(SM-3 ABM)は短・中距離の弾道ミサイルの迎撃を目標としているが、的中率は訓練で約8割である。
霞ヶ浦分屯基地の切り札であるペトリオットの射程はせいぜい数十kmだ。届かない。
航空機による迎撃は、大気圏(高度400~500km)を越えてくる弾道ミサイルに対して、最高高度15kmの戦闘機ではだいぶ分の悪い賭けとなるだろう。
そもそもがそれらは首都圏防衛のための配置である。対象が遠い。迎撃態勢の整えられた状態が条件の訓練とはだいぶ異なった状況だ。
これらは総理の判断を仰いでいては間に合わないので、探知と同時に現場指揮官が迎撃に向けて独自に動いている。そういう仕組みが確立している。
この事態に至っては、できることはほとんどない。ここに至らないように手を尽くすのが彼ら政治家の手腕であり、この状況はすでに失敗したことを示している。
後は日々訓練に勤しんでいる自衛隊を信じるだけだ。だが、よしんば撃墜できたとしても、直接攻撃能力を有しない日本にできることは抗議することだけである。相手国が攻撃を続けることを選択したならば、その攻撃を受け続けることが求められる。そういう選択をこの国はしている。
「しかし、白華国は狂ったのか?まさか、本当に撃って来るなんて」
白華国が白南海艦隊を進発させた段階で、大陸の弾道ミサイル基地に動きがあることは察知していた。
それに対応して、佐世保のイージス艦三隻を展開させ、西部防衛の要である福岡の春日基地の第2高射群隊は厳戒態勢に移行させている。
だが、こちらの対応は相手にも見えている。そして、太平洋の原潜から攻撃を仕掛けたのだ。
これは裏をかいたと言うよりも、相手の戦力を引きつけて隙をつくったが正解だろう。戦力の乏しい相手には有効な手段だ。
「幻島に向かっていた弾道ミサイルの反応を消失。何者かに迎撃されたと思われます」
幻島の方が射出地点からは近い。当然、弾着予想時刻も早くなるが監視画面の光点が消えたらしい。何者かと言っているが、対応したのは魔王国以外にいないだろう。
「それは良かった……ん?まさか、それを白華国に返却したりしないよな!
まずいぞ。反撃を控えるように魔王国に連絡してくれ」
まず、一つの成功例に室内がほっとした――正常性バイアスと言う。他も大丈夫だったのだから、自分らも大丈夫だろう。人には必要な心の動きだが、初期対応が遅れる可能性が指摘されている――のも束の間、久坂部 総理が焦り始めた。
前回のように白華国に当該ミサイルを反撃に使った場合、その場所によっては日本の九州北部及び中国地方にその影響が及ぶ可能性がある。
「回線を確立していません」
危機管理監が戸惑ったように述べた。和親条約で国交を樹立したが、一般的な連絡網はまだ整備されていなかった。
「まさか、誰も魔王国に一報をいれていないのか?」
周囲を見回す久坂部の視線を皆が避ける。こちらからの魔王国への連絡手段は、未だに例の携帯ひとつだけである。
久坂部は秘書の名を叫ぶと、例の携帯を求めた。携帯は当官邸の5階にある総理執務室にあるはずだが、第一秘書は事態を忖度してこちらに来る際に持ち出していた。情報管理としては甘いと言うより他はないが、今に限っては好判断だった。
福島に弾着するまで、残り十分と少ししかない。
差し出された携帯を受けると、一つしか登録されていない番号にすぐに発信した。
プルル、プルルル……
呼び出し音が続く。なかなか出ない。
その間に、監視官の声が室内に響く。
「当該目標と迎撃ミサイル、交錯します。5、4、3、2……目標、継続!
迎撃に失敗しました」
筆者注)言出必行…有言実行と同じ




