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041 柿落―意想外―

柿落(こけらおとし)(名)新築落成を祝う最初の興行のこと。柿は果物のことではなく、木材を加工した時にできる木片や削りくずのことを指す。

 報道発表(プレスリリース)の日時が決まり、その進行の一部をこの国の人種に任せると予定が修正されれば、やはりと言うか予定外の作業が増える。

 互いの当たり前が違うのだ。その辺の差異はもう一つ一つ擦り合わせていく以外に方法が無い。

 中でも電子機器の持ち込みが出来ない。さらに領の内外で電波が通じないことは生中継としたいスクリーン東京にとっては大問題である。

 それについては、岬の隧道(トンネル)を“円環の水盤”で繋がずに、一時的にそのままの隧道(トンネル)として利用することで解消できた。搬入能力の向上のために、魔王国式の動く歩道(オートウォーク)も設置された。


「機器も、こちらの物は貧弱なのね。彼らならば、一晩中でも飛んでいられるのに!」

 撮影用の無人マルチコプターの電源が数十分しかもたないことを知ったレヴィアの台詞だ。

 同意をもとめられた下位魔のイヴィルアイが若干ひいている。魔王国では彼らが撮影班を務めることは多いが、それだけの作業時間を求められてはかなわない。黒い綿毛のように見える丸い霧の中の一つ目が揺らいでいる。

 レヴィアにとっては、魔王さまに尽くせる時間は長ければ長いほど良いのかも知れないが、巻き込まれる側はたまったものではない。

 今後については応相談として、今回については数台の中継車で放送に備えるようだ。

 ちなみにイヴィルアイだが、女性スタッフに予想外に人気がある。一つ目でコウモリの羽根が生えているので気味悪がられそうな感じがするが、触れば上品な毛皮並にふわふわで、動きもコミカルで、両手で包める程度の大きさも手頃らしい。意志も通じ、小物を取ってきてと言えば持ってくるしで、ペットにしたいと言う者までいた。餌が果物の蜜で、飼育に費用が掛かりそうなのが難点であるらしい。

 春先の鞄にアクセントでぶら下げられたブルーフォックスのがま口にも、いつの間にかフェルトで翼が付けられていた。


春先(きっ)ちょん、どんな感じ?間に合いそう?」

「レヴィちゃん、大丈夫よ。形は整えたわ。後は問題無いか、数回、試行(テスト)するだけね」

 今回の企画を受注するにあたり、スク東は魔王国領を統括するレヴィアへの担当として、産休明けまで残りわずかだった春先を当てた。彼女の父親が千歳御所勤めという繋がりもあり、そちらからの支援も期待した背景がある。

 彼女は打合せ場所を、自社でも、魔王領でもなく、同じ東京ではあるが丸の内や表参道に清澄庭園などを指定した。レヴィアはそれにより日本の生活の一端を知ることができた。場所の選択は春先であるが、そのような余裕のある日程は休業中だった彼女にしか組めず、彼女にとっても復帰の調整になり、ちょうど良かっただろう。

 ちなみに初回の打ち合わせは、春先の復帰もあり、スク東の女子アナたちの女子会のようだったと言う。レヴィアは社の先輩が、春先を呼んだ愛称をそのまま使っている。

 産休明けにフリーに転身するのではないかと動向が注目されていた春先の行動はすぐに察知される。そして、相手のコスプレ女子は誰だと盛り上がった。確かに頭頂部に兎耳を生やしていたら目立つことこの上ない。そのメディアへの露出こそがスク東の狙いだったと勘ぐれよう。

 レヴィアが魔王さまの主席報道官であることがどこからともなく知れると、大手メディアには報道を自粛するように圧力がかかったために、その熱はウェブサイトを中心に爆発的に拡がった。


      ◇◇◇


 放送当日。

 10:00開関(かいかん)/12:00開演

 ちょうど、お昼の時間に放送を合わせた格好だ。勿論、スク東は本日のプライムタイムにもそれに合わせた特番を組んでいる。

 イベントはルドンの最上層となる4階の展望デッキで行われる。“一つ(ルドン)(ゲート)に接続する施設は結局、関と同じ名称で呼ばれ始めた。

 語感としては、どこかにありそうなファッションビルを思わせるが、用途としては空港のターミナルビルに近いだろう。内装工事も済み、今はだだっ広いだけの空間が広がっているが、魔王国発の雑貨や食品などの専門店が展開されるのかと春先たちに興味を持たれている。最も近くに出来た異国に日帰りで行ける行楽地を思い描いているのだろう。

「それについては、 “鬼太郎(オウガ)(ゲート)に作れると思ってたんだけど、全然なのよね」

 レヴィアが頭に思い描いたのは、武具や野外活動用品(アウトドアと言うよりもサバイバル向け)などを中核として扱うパワーセンター(専門店を中心とした郊外立地型の施設群(ショッピング センター)のこと)である。この辺りでも、それぞれの生まれの慣習の違いというものが出てくる。

 その地域は日本政府に街づくりを任せ、魔王国が協力した鉄道の架設は済んでいるが、建物は一つとして竣工どころか着工もまだである。


 開演30分前

 会場には300人を超える報道陣が集まっている。希望者から選別して招待状を送ったが、ほとんどの社が来場したようだ。

 何を発表するかを事前に通知していないにも関わらず、この集客率の高さはそのまま世間の注目度を反映していると見てよいだろう。

 しかし、誰よりもこの企画に期待をしているのは、この人だ。

試験者(テスター)の配置は問題ないであろうな?」「ぐるるるっ」

 魔王さまである。その証拠と言うのも可笑しいが、肩に止まる黄金の火蜥蜴が主人の意を受けて、興奮に目をぐるぐるさせている。

「すべて抜かりなく配置を終えております」

 魔王さま自身が饗応するような人物はどこの世界にも存在しない。が、同じ建物の一画で、宙に浮かぶ数多くの映像に視線を配っている。

 手元の画面には、人物などが光点で示された当該地図もあるので、自分自身で確認もできるはずだが、言葉にせずにいられない様子だ。

「では、始めるが良い」


      ◇


 魔王さまの開始の指示を受けて、現場も動き出す。

 試験者(テスター)となったロックバンドの闘里男(トゥーリオ)たちも、普段とは全く異なる緊張感に包まれていた。

 現地の様子は画面(モニター)でしか確認できない。

 現場の森が足跡で乱されていたら視聴者(がめんごし)にも伝わるし、それでは迫真感(リアル)にかけるだろう。

 隠れる藪に、枝にあがるためや樹上を渡るための小道具が配置された場所を覚えて、接敵予定の目印(ばみり)を確認する。そこまでは特に問題はなかった。コンサートなどと変わらない。それに向けて高めてきたものを、本番でより良い形で表現するだけだ。

 しかし、箱詰めされて運ばれてきたゴブリンがぴくりと動き出すのを見て、いつもと違う部分があることに気付いてしまった。


 練習相手は木製の動く人形(パペット)だった。本番当日の今日初めて、戦う対象であるゴブリンを直に見たのだ。心身を引き締めるいつもの緊張ならば良いが、思考を止めて身体を強張らせる緊張は好ましくない。

「んじゃ、みんな、怪我無く行こか。相手が毛が無いだけに」

 確かにゴブリンの頭頂部は黒い鉄兜(ヘルメット)のように見えるが、つるつるではなく実は細かい毛が生えている。まあ、どうでも良いことだが……。

「やばいよ、リーダーがいつも通りだ」

「出た…響かないダジャレ!」

「ほど良く育った俺の緊張感を返してくれ……」

「だぁー、せっかく覚えたことまで抜け落ちそうだ」

 メンバーが脱力する。

「あれっ、刺さらなかったん?あっ、これ剣やないやん」

 杖をこれ見よがしに上げて見せる。

「だめだ、こりゃ。よーし、本番、行って見ようー」

 意欲(Be )が復活(ambitious)したところで、冒険者たちは会場に向かう。


      ◇


 魔王さまも会場と同じ映像を中心に演武を鑑賞していた。

 台本通りの予定調和の動きではあるが、しっかりと自分の動きとして取り入れている。

 思い切りの良いそれは、見る者を魅了することだろう。

 これを見れば、我に挑戦できる素質ある者が集まって来るに違いない。

 ゴブリンを操るパラサイトシャドウも評価せねばならぬな。

 また、楽しみな事も増えた。

 本音を言えば、この地に摩素がないと聞けば、住人の身体能力の向上に望みが薄く、神の血を引く者の配下で扉の力の才を持つ者にしか期待することができぬと思っていた。

 しかし、杖を扱う者がうっすらと摩の膜を身体に帯びているのを見れば、驚かざるを得ない。摩臓なくして、そのようなことが出来るとは思いもしなかった。

 それは本来は力が外に漏れていることの現れなので、未熟のそしりを受けるべきものではあるが、今は出来るはずのないことが出来ていたことが重要なのだ。

 この地の者が他世界に勇者として召喚されるということに疑問を抱いていたが、それもさもありなんと思えてきた。


 剣が一閃されて、最後のゴブリンが倒れた。

「おおっーxx」

 思わず声が出た。手を叩いて、賛辞を贈ろう。

 会場を映した画面でも、盛り上がっているようだ。

 お披露目が終了した。

 よい実演(デモンストレーション)になったことだろう。

 ……と思っていた。次の場面まで……


 ゴブリンが伏したその場所々々で、摩法陣の華が咲いた。


      ◇


 無事に実演が終わって、ほっと一息ついた一般宮女であるライ・エはパラサイトシャドウたちを慰労するために現場に入った。

 体性神経を断ち切られたゴブリンから死骸となったゴブリンになっても、木製の人形さえ操れる彼らなので特に支障はない。が、寄生体が斬られたり刺されたりした時に彼ら自身も傷つくこともある。

 パラサイトシャドウたちは女官長であるアクア・スさまからの預かり者だ。問題なく帰すことが望ましい。

 しかし、近づいたその時、ゴブリンの直上に摩方陣が現れた。

 危険を察知する能力に長けた人狼族の血ゆえだろうか。その摩法陣に嫌な予感を覚えた。

「離れて、今すぐ!」

 役目を果たして、ほっとしたパラサイトシャドウたちはゴブリンの影の中で弛緩していた。

 しかし、外の状況の変化と、宮女の焦る声に慌てて影から飛び出す。

 ゴブリンが黒塵に替わって金色の粒子が立ち昇り、膝の高さ辺りに咲いた直径10cmほどの摩法陣に吸い込まれていく。

 後に残るのは、ゴブリンの背中の橙色のこぶだけである。摩結晶やその他の身体の部位は見当たらない。

「みんな無事!」

 なんなの一体?

 監督や演者を含め他のスタッフはそれも仕様かと気にも留めていないようだが、そうではないと知るライ・エの心中は乱れていた。


      ◇


「はぁっ!?」

 What’sな感じで、顎を落とした魔王さまだが、すぐに原因に思い至ったのか苦々しい表情となった。

 まさに思いも寄らないことが起きていた。


 そこに宮内府侍従室を経由して、日本国政府より連絡が入る。


「幻島及び元日本国福島県、現魔王領に向かい、それぞれ一発の飛翔体が発射されたと思われる」


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