040 撮影所
一方、その頃の魔王さまは……
本栖湖にほど近い自然の中にいた。
「あの山の感じもなかなかに良いな」
「んっ!」
主従ともにご機嫌な様子だ。
お供は宮女のテケリ・リだが、幼い見た目(小6相当)の彼女の場合は、どちらが保護対象か外目には逆転して見えるだろう。
「あれは霊峰富士。日本人の自然崇拝の対象にもなっていますよ」
「さもありなん。少し欠けているのが良い。完璧なものは後は劣化していくだけだからな」
案内役は、千葉だ。彼はスクリーン東京のプロデューサーをしている。
テケリ・リがお供の時には、魔王さまは大食いチャレンジ店巡りをしていたが、その際に声掛けしてきた者だ。
放送局の者と聞いて、仕える者たちからその愚かな行為を聞いていたために、顔をしかめた魔王さまだが、その熱意を受けて評価を同じくするのは違うと思ったようだ。
「大食いのお店ならば、仕事上の伝手が各地にあります。私に是非、ご案内させてください」
「ふおぉぉxxお~」
テケリ・リの食いつきが良い。そして、飴玉一つで誘い出されそうで恐ろしい。(その愚者の結末が……)
実際、千葉は彼女の食事風景を見て逸材と感じて、起用のつもりで一緒にいた保護者と思われる大人に挨拶したのだが、名刺を差し出して気付いた。
あの映像の人物だ!
幻島への白華国への侵攻の映像は、動画共有サービスの“I CAN D”に流され、部署は違うが自局の報道(Walking Worldwide NEWS)でも取り上げた。
遠望で画像も粗かったが、彼の人物眼は目の前の人物が彼だと言っている。
「魔王領の開場式典の企画を我が社に任せて頂けないでしょうか」
そして、当初の宣言通りに各地を案内して廻り、打ち解けたと見るや大きな仕事を取りに行った。
魔王さまと広告代理契約を結べたら、社が一段も二段も飛躍するのは間違いない。自分も企画局長を飛び越えて、経営会議に参画する立場になるだろう。
「担当には話しを通しておこう。彼女と相談するが良い」
「ありがとうございます。この千葉、全霊を以って……」
魔王さまは皆まで聞かずに丸ごとレヴィアに投げた。
その結果が今に繋がり、本日の漫遊は視察を兼ねることになった。
六本木の本社から案内したいとのことだったが、富士山の麓にある撮影所は車で2時間半もかかると聞き、現地付近で待ち合わせとした。
テケリ・リが道の駅で十数本目となる特濃牛乳を使ったソフトクリームを舐めていると千葉が到着した。
店のおばちゃんが、喜んでくれるのは嬉しいが、流石にお腹を壊すと心配し始めたのでちょうど良かった。
「お待たせしました、お早いお着きで。お昼は近場のワイナリーをセッティングしましたので、そちらも期待して下さい」
千葉も約束の時間前に到着したが、わずかに魔王さまたちの方が早かったようだ。
ここからならば、撮影所は目と鼻の先だ。
正門の警備詰所に、運転席の千葉は身分証明書を提示して傍の駐車場に車を止めて、徒歩で直ぐの本館で受付を済ませる。
制作会社の出張所などが入っている本館や衣装倉庫が隣接する俳優館などは、建築家が意匠して場所に見合った雰囲気を出しているが、それ以外の美術製作棟や数ある撮影所などは、ほぼ物流倉庫の外観である。
目的地は敷地最奥に残された森林だが、そこには敷地内共有の車両で向かう。他にも敷地内を周回する乗合車両や電動の一人用立ち乗り二輪車などの貸し出しなどがある。
スク東――スクリーン東京の略称――が運営する場所で、謙虚に振舞う千葉を見て、彼の知らぬうちに魔王さまの好感度は増している。
領地で決められた規則でも領主はそれに縛られない。そんな人物を魔王さまは好まない。
森林部は周囲を柵で囲まれており、唯一の出入口となる門扉には撮影の時だけ、守衛が立つ。
森に入って、魔王さまたちを最初に出迎えたのは、ループス・カと同族(人狼族)の宮女の一人である。
撮影スタッフは大勢いるが、遠くからも魔王さまの気配を感じられる彼女に抜け駆けるのは無理と言えよう。
「ライ・エ、どうだ、順調か?」
一同が集まる場所に案内する道すがらに一般宮女に尋ねる。
「げ、現地人は貧弱なれど、開場までにはなんとか形にして見せます」
名前を呼ばれて、驚きに少しばかり落ち着かない素振りを見せたが、それ以外は問題なさそうだ。
大企業の代表取締役から、平社員が名前呼びで具合を聞かれた場合、動揺してしまうのは世界共通らしい。
普段、立ち仕事の多い彼女だが、ここでは休憩用に彼女の椅子が置いてある。
その周囲には、ゴブリンの体躯に似せられた木製の人形が四肢を折りたたんで地に伏していた。
その影中からは、パラサイトシャドウたちの敬意の視線と言うか思念が伝わって来るので、魔王さまがそれに頷く。
「このような場所にわざわざ足をお運び頂き恐縮いたします。スタッフ一同、魔王さまにご満足いただける仕上がりになるように工夫を出し合っております」
被っていたハンチング帽を腕に抱えて、魔王さまの下に挨拶に出向いたのは、この現場にて総指揮をしているアクション監督だ。
ゴブリンを相手役に薦めたのも、彼である。
「獣様や狗猧の姿形よりは、武器を持った二足歩行が相手のほうが、観客は分かりやすく感情移入しやすいんですよ」
但し、まだ魔王領の地場からはそれに似た形態の種は観察されていない。
企画から相談を受けたレヴィアに、元の世界からゴブリンを移送する計画の提案をされて、それに許可を出している。
レヴィアとしても、体性神経を断ち切られたゴブリンをパラサイトシャドウたちが操る予定なので、この地に及ぼす影響はないと考えた。
監督は魔王さまが相手なので丁寧な言葉づかいを心掛けているが、最後まで続かない。それほどの感情の昂ぶりを抑えられないようだ。
実演までに準備の期間が必要だし――台本通りに動ける敵役でないと無理だった――、製作費は安いが――そこはスク東だから――、これほどに経歴に箔が付く仕事もなかなかない。
しかも、舞台も悪くない。
「ライ・エさまの能力は非常に重宝しております。他の現場にも欲しいくらいですよ」
ライ・エを傀儡子と勘違いするのは、そのように見えるように誘導したこともあるが、この国ならではの歴史背景が関係しているのだろう。なにせ奈良時代から伝わる伝統芸能なので、業界人ならば誤解もなおさらに進もうというものだ。
ライ・エが派遣されたのは、傀儡の擬装目的とは別に、魔物狩りの実技指導の意味合いも大きい。
下手な勘違いは、今後の成果(来場者の命の危険)にも関わって来るからだ。
演者は今も殺陣の段取りを修練している。
現場での実演は10分にも満たないが、演技指導に充てられた時間も二週間に満たない。他の仕事の兼ね合いもあるので、すべてをそれに割く訳にも行かない。
周囲に極秘裏に進めているのに、事務所の先輩から「鍛えてやろうか?」と連絡がくるので、当人たちは何気に焦っていた。
いくつかの武術の指導員の認定を受けている先輩のほうが、良い演武を魅せるのは間違いないが、それは“特別”にもなってしまうので、一般人を呼び込むのに適当とは言えないだろう。
このくらいならば、手が届くと言うのが今回求められている映像になる。
魔王さまが、絵コンテに従って継ぎはぎされた仮映像を眺める。
今回は全ての撮影を無人マルチコプターを使って行う。それの操作を含めて、難度が上がっている。
この映像を見て、近い将来に自分に挑戦してくる者が集まって来るのかと、魔王さまが自分に都合よく考え、あれこれと付け加えたくなる気持ちも解る。
「摩法がないな……」
魔王さまに飛び道具は通じない。が、意志の充分に込められた摩法ならば、万が一の可能性がないとは言えない。
報告を受けて挨拶をしようと、修練から戻ってきた演者の闘里男のリーダー・カケルの顔が青ざめる。
「魔法使いはもう無理やな……」
度々いじられている寂しい私生活のことではない。すでに彼には今の状況がオーバーワークだったりする。ダジャレにも切れがない。
尤も、摩法を使うための摩臓が人類は退化しているために、摩法を使いたくとも使えない現実がある。
しかし、魔王さまの脳裏には千歳御所で戦いを挑んできた掌典・倉橋嗣憧の姿があった。
だが、彼の使った術は扉の力を使うモノで摩法ではなく――摩素を触媒として引き出す力の上とも言える――、自身の命の消滅を賭けて生死の力を使うモノである。それは魔王さまが振う力の根源でもあった。
故に世界の意志に関係なく、こんなことも出来る。
「これを貸し出そう」
魔王さまは、どこともない空間から旋棍とも見える杖を引き出し、炎の玉を撃ち出して見せた。
摩法を操る能力のない者でも操れる摩道具である。
「法は大丈夫なん?」
リーダーの顎が落ちる。
所持については、文面上は銃刀法にも武器等製造法にも消防法の“危険物第4類”からも外れるはず……尤も、それを使った行為によっては、法に触れることになる。“除草バーナー”とか“草焼バーナー”と呼ばれる物と同類扱いになるはずだと、司法府のボティス大法官は答えたと言う。




