039 既知と無知(後)
外務大臣 厳波はペットボトルの水を飲む。口から零れた水を手で拭い、蓋を締めようとする指がうまく動かせない。
久坂部さんは、相手の言葉を計りかねているようだ。
今は考える時間が欲しい。それは、この場の皆が思うところだろう。
ならば、自分がそれをやってやろうじゃないか。
アルフォンスの我々への態度が変わった。
真正面に話しを受ける姿勢から、いつでも席を立てる姿勢に。そして、我々への呼び掛けも、あなたたちから君たちに変わった。
射蔵さんが失礼な態度を重ねても丁寧な姿勢は変わらなかったが、一つの事柄が彼の中で我々の格を下げることになったらしい。
しかし、それがもの凄く重要である事なのは感覚として分かった。
「申し訳ないが、あなたの言っていることが理解できない。
あなたがたの知っている情報を先に開示していただけないだろうか」
交渉としては下策だか、それが鍵であることは断言できる。へりくだってでも聞かねばならない。今、逃すのはさらに最悪な事態を招くだろうことは交渉の場に長年、身を置いてきた者として直感として感じ取れる。
それが皆も分かるのか、この場の誰も私を制止しようとせずに、アルフォンスが口を開くのを待っている。
「魔人である私には関与しないことだが……。
君たち生物にとって、子孫を繋ぐということは存在理由の一つのはずだね。
そして、それは君たちを生み出した星にとっても同義だとは思わないかね」
最初の言葉も気になる――彼は魔人であり、魔人は生物ではない?――が、アルフォンスが言いだした事は奇異なことでもなく、確かめようもないが、人が未開地を求めることは遺伝子に刻まれた行動に思えないこともない。
星の存在理由は、自身の複製を他の星に拡げていくこと。
そのために必要な生物を生み出すことが第一義となる。
故に……
人に守らせ、その支配領域を広げていくような作物を、星は支配者層とは認めない。
いくら力が強くとも、星を渡れる知識を繋げない恐竜を、星は支配者層とは認めない。
別の星に元の環境を広げることはないだろう、宇宙を生身で渡れるような完全生物を、星は支配者層とは認めない。
故に、どの星でも最終的に支配者層となるのは似たような生態の生物が多くなる。
ある程度の力があり、知識を継承する技を持ち、一定の環境下でないと生きられないような脆弱な生物=人種だ。
「この星でも、様々な様相の生物が頂点に立ち、
条件を満たさなかったそれらは星の意志によって滅ばされてきた。
その数は5回。
私としては、なかなかに性急で短慮な性質だと、この星を評するが、君たちはどう思うね。
そして、主星の寿命を察して、この星は最後の賭けをする寸前だったようだよ。
つまり、6回目の粛清だね」
地球では、過去に5度ほど、生物の8~9割程度を絶滅させる事象があった。ビッグファイブとも呼ばれる大量絶滅だ。
寸前と言っても、星の感覚での寸前だ。今日、明日に始まったかも知れないが、概ね、十数年以内だったろうとのことだ。
「つまり、我々は落第だと地球に判断されたということですか」
「嘘だ。そんなバカげた話しは信用できない」
「そういう反応をするだろうから、君たち自身が星に確認すればよいと私は言ったのだが……。
自らが楽をするために他に強要し、結果が気に入らないからと文句を言う。
本当にお前たちは愚かだ」
「アルフォンス殿の言う通りだ。
考えずに言葉を発する者はこの場から退席してくれ」
厳波 外相が肩を落とし、御子神 防衛相が思わず発した言葉を、アルフォンスが受け止め、久坂部 総理がその態度を正す。
アルフォンスの二人称もお前に変わった。話せば話すほど、評価が落ちていく。
「確かに地球に行動原理が存在するなど、私は考えたこともなかった」
「他国に訴えても、気が触れたとしか思われないでしょうな」
「我々の先には滅びの道しかないと言う事なのか」
地球の意志を確認する伝手など思いもよらないが、それが事実ならば取れる手段などあるのだろうか。
それこそ、技術力を結集しての惑星脱出……劇画のような手段しか思い浮かばない。しかも、それが地球の第一義だと言うのだから、笑うしかない。
「いや、アルフォンス殿は先程、我々はまだ何も為していないと言われた。
魔王国領での我々の行動次第では、未来に繋がる手段があると言う事なのでは?」
「その可能性を私は否定しない。
星が生み出す後継者との競合における評価次第と言えなくもないだろう」
「つまり、戦えと……戦いの先に希望が見いだせる、と言う事ですか」
「私の推論を聞いても仕方がないだろう。
私たちと愚かなお前たちでは、選択肢に大きな差があることも理解できないかね」
未だに化石燃料に頼る人類。
一方、エネルギーを意志で操る魔王たち。
文明は、使えるエネルギーの質と量によって、進化度合が決まる。
世界が保有するエネルギーのうち四分の三を占めるギンヌンガガブの存在を未だ知覚できず、
光を発することも反射することも遮ることも観測することもできないが、質量を持つ物理量(既存の物質の5倍の質量分が存在している)を利用するどころか、その原理・法則も未だ体系化されず――これについては地球の生成時の不幸な事故のためとも言えるが――、
人類は使えるエネルギーの5%程度しか見いだせていないとなれば、地球が失格の烙印を押すのも仕方がないと言える。
しかも、当の人類は平常の全てを知った気でいるのだから、道化にもなれない、ただの愚か者の集まりと評すより他はない。
悲観的な考えに染まり、皆が俯く中で、久坂部の立場が折れることを拒否する。
「まだ決まった訳ではない。繋がる未来を指し示すために我々が動かずにどうする。
魔王国側が用意してくれた300年、これを執行猶予とも受け止めて……」
そんな久坂部の気概は、哄笑で打ち切られる。
「確かに、我々が整えたのは300年だ。だが、支配者の入替えの戦いが、そんな談合のように進む訳がないだろう。
星の意志を翻そうと言うのに、半分、いや、100年も掛かっていてはお前たちは終わりなのだと、何故、分からない?
愚かすぎて、これ以上、話す気にも為らん。
最後に、通達だ。
お前たちに任せた地区の準備はまだのようだが、魔王領は6日後に開場する」
◇
「よろしかったのですか。彼らが知らぬ話しをいろいろとなされたようですが…」
目をしばたかせて、狸族の彼が言う。建物外に出て、種族の特徴である目の周りの隈取が太陽光を吸収したらしい。
ちなみに会合を終えて、アクア・スたちはマコトの生家に向かったのでいない。
「彼らが知っていると思っていたことを話しただけだ。尤も、知るつもりもなかったようだが……パイモン様の話したくもないと言う気持ちがよく分かった。無知蒙昧の輩を相手取るのが、これほど不快とは…な」
これならば、まだフィアーバの蛮族たる源人種に相対するほうがまだマシと言える。我らも彼ら自身も、彼らが知らないことを知っているからだ。
事実は、それを見る角度が違えば反応が異なることがあることは理解できる。が、事実を先頭から突っぱねると言う姿勢は、ありのままの事実を“是”とするアルフォンスにとって、有り得ないことだと感じられた。
「しかし、魔王さまが望むのは彼らの成長なのでは?
知恵を直接に与えれば、彼ら自らが学ぶ機会を損ねる可能性もあるのではないかと思われますが」
他人から押し付けられた学びは、自ら望んだそれに比べて、身にならない。
「私としても、彼ら自身には魔王さまの期待をかけてはいません。ただ手間を減らすために地場の制度を利用しているだけです。
今は見込みのある者を魔王領に送り出す下地を形作るだけで充分でしょう。
それに見込みのある者がいなくとも、その場合は星が作り出す新たなる者を導けば良いのです。何も問題はありません」
そこには、普段通りにありのままの事実を述べる羊頭の魔人がいた。
一つの土地に二人の王が共存することは叶わない。それは人類の歴史だけでも十二分に証明されてきた。
さらに摩素の有無が生む適者生存。それがどちらに天秤を傾けることになるかは、これから明らかになる事だ。




