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038 既知と無知(前)

「次は我々からの問いに答えて欲しいのだが!」

「ええ、どうぞ」

 切れ気味の久坂部 総理の問いにアルフォンスがカップを片手に応える。

 尚、女官長(アクア・ス)が用意した器の中身は、執事長(アルフォンス)の好みの有摩味に似た苦味が(まさ)った珈琲である。

 そして、見ての通りに、完全に魔王国側の進行(ペース)である。尤も、執事長が謀った訳ではなく、完全に日本の首脳陣側が墓穴を掘っただけだが……。

 ちなみに魔王領を差配する夜兎(ヤト)のレヴィアの補佐に新任された外務の渉外担当に配置換えとなった狸族の彼は置物と化している。


「我が国の大臣は、昨日の視察にて、魔物に遭遇したと言う。

 その魔物は貴国が放ったものかね」

 ど真ん中の直球をぶん投げた。久坂部にも長年の政争の経験から今の場がどのような状勢なのかも判断している。ここは強引にでも流れを変えなければならない。

「それはあなたがたの方が分かっているのではないですか?」

 同行した殿上の長の護衛たる掌典が、その魔物を“鬼”と呼び、それらは地気の強い土地に発生すると報告も受けている。

「その魔物は特殊な環境下にしか生まれないそうだね。

 あなたがたが放射能除去を名目に、そのような環境にしたのではないかと疑いの声があるのだが!」

「魔王さまが行った土地の浄化は、その地場の力を借りて行われた。

 問題があるのならば地場に問うべきで、魔王さまにその問題の矛先を向けるのは不敬と言える。言葉を気をつけるべきと忠告しよう」


 まるで、“柳に風”、“暖簾に腕押し”である。

 久坂部は角度を変えて質問を試みる。

「日魔和親条約について、協議をお願いしたいのだが、日時や場所はいかようにすれば良いだろうか」

「それについては、確か附則にて片方の提案において、と記憶している。

 アガレス様に伝えておこう。で、何について協議したいのか」

 その内容から条約の破棄の難易度は両国の間で差がある。

「割譲地域の期間の短縮について、だ」

「ん?それについては貴国は何も結果を出していない。話し合いにすらならないと思うが……」

 首を傾げるアルフォンスの姿は無機質で駆け引きをしているように見えない。そもそも、羊の表情を見分けられる者がいるのだろうか。

「だまし討ちのように、お前たちが勝手に決めたものだろうが!

 何が結果だ。お前たちが化け物を使って何かやらかそうったって、思う通りに行かせるもんかよ!」

 久坂部が武力では――負けそうで仕方――なく、平和的に政治的に話しを進めようとしているのに、直情径行な射蔵は我慢がきかない。

「そんな事は我々ではなく、あなたがたの祭祀に聞けばよいでしょう」

「あんだぁ、祭祀だと。そんなオカルトじみた、煙に巻くようなこと言いやがって」

「ん?あなたがたは鬼道を操ることで、人心を掌握しているのではないのですか」

 “魏志倭人伝”の記述はさておき、卑弥呼が呪術を統治の一助として採用していたことは他の記録からも明らかだ。

 弥生時代の世界人口は、2~3億人とされる。星の声を拾って、方針を決めていくのは、道理にかなって見えたことだろう。

「喜怒を操るだと!お前らと違って、俺らがそんな卑しいマネをする訳ねえだろうがっ!?」

 射蔵が口元を捩じり上げながら怒声を上げる。

「黙りなさい!」

 アルフォンスの水平に伸びた瞳孔が光ったように見え、支配の呪言が作用する。


 “支配の呪言”と言っても、それは特別な能力ではない。ただの意志だ。

 大声で、気迫で、眼力(めぢから)で、意志の強さを場に示す手段は様々だ。射蔵のように、他人(ひと)の声をさえぎり、自らの声を張り上げるのも、意志の発露と言える。

 その表現の大小や巧拙は生活環境などにより個体に差が出来る。

 強固で強大な意志が、その場を支配するのは、どこの世界でも変わらない。


 余りに強く掛かった呪言で、射蔵は喉元を抑えて倒れ込んだ。口をパクパクしている。呼吸が出来ないようだ。

 内容はさておき、礼を崩さない羊頭の者に対して、彼のそれは余りにも礼を失した態度だったと言える。

「お似合いね」

 陸に上がった魚のようだ。その場にいる資格なしをその無様が示している。

 薄く笑うアクア・スの側で、アルフォンスは考え込むように眉間に皺を寄せる。

「く、口が過ぎたのは認める。申し訳ない。が、このままでは死んでしまう。術を解いてくれないだ ろ う か」

 支配の呪言が強すぎたのが、射蔵だけでなく周囲の者にまで影響を及ぼしている。

 少しして、アルフォンスが気を収める。そして、言った。

「自由にしなさい」

 くかーっ、っと大きく息を吸う音や、はぁ~と安堵の息を吐く皆が、膝立ちの状態だ。立っていられなかったのだ。

「ありがとう。射蔵を退室させてくれ」

 感謝の言葉を述べた久坂部は、射蔵に退室を命じて、関にその補助をさせた。


「ひとつ聞きます。もしかすると、あなたたちには祭祀など、星の声を聴く者がいないのですか?」

 わずかに沈思したアルフォンスは、自身が出した答えを口にした。

「信教の自由は保障されているが、政教分離は国を運営するにあたっての大原則だ」

「我々はオカルトに決断を委ねることはしていない」


 久坂部以下の大臣が自信をもって答えるのに対して、魔王さまの執事たるアルフォンスは至極残念そうにゆっくりと首を振った。

「なるほど、パイモン様が君たちを愚か者と嫌う訳はそういう事ですか。

 つまり、君たちは星の声を無視しているのですね。

 劣等な愚か者だと言う事ですか」

 人が身勝手をするための宗教と、星の声を聴く祭祀は全くの別物だ。

 愚者や道化の中には、理性や道徳に囚われないために、先祖返りのような霊能を現すこともあるが、それも彼ら自らが否認している。

 無秩序に増えるだけで、星の子供としての使命を果たそうともしない。自らを滅ぼしかねない“星を動かす力(放射線)”に手を出し、制御に失敗するなど、驕りとしか見えなかったが……。思考の始発点からして違うのだ。

「……本当に愚かだ」

 大事な事なので、二度言った。

 アルフォンスが円卓に正対して座していた姿勢から、足を組んで斜に構えた。


 バイモン様はフィアーバの源人も嫌っているが、この土地の者たちへの嫌悪はさらに増して見えた。

 祭祀である彼にとって、星の声を無視して自分勝手をする生き物など相手にしたくないのは当然だろう。

 星の声は支配種族の数に反比例するように届く。元の出力は変わらないのだ。受ける者の数が増えれば、聞き取りづらくなるのが道理だろう。

 限界値は10億と見られているが、この星の住人は80億だ。

 声を聴ける者は、それに従事する家系で、ごくわずかであると魔王国でも推測していた。

 ちなみに産業革命時の世界人口が10億ほどで、その前に魔女の迫害の時代があったことは皆が承知の通りだ。

 それが聞くつもりもなかったとは……呆れて、ものも言えない。


「では、早急に星の声を聴く者を手配することを君たちに薦める。

 この星が短気なことは君たちも知っているだろうし、後がないことも知るべき、いや、気付かぬふりを止めるべきと言ったほうが良いかね」


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