034 跡地の視察(3/3)
鬼と聞いて想像するのは、節分の赤鬼・青鬼、地獄の獄卒など、昔話に語られるような頭に角を生やした人型の空想上の生き物だろうか。
だが、それは狭義のもので、漢字の“鬼”が死体を表す象形文字であるように、広義には“死”を予感させるものを指す。
大地には龍脈や地脈などと呼ばれる力の流れがあり、そこからは地気と呼ばれるものが地表に漏れ出し、動植物の生育に関わっているとされる。
しかし、同じものであるが、良い方向に働くものばかりでなく、人の世に仇なす場合は“鬼気”と呼ばれている。
日本において古今東西、鬼に関する昔語りが多いのは実際に地気の影響が強い場所なのだろう。
殿上の長が科学技術の発達した今の時代において、古臭いと感じる儀式を続けるのはそこにある。
この地に暮らす者の安寧を願い、民が土地を耕すことに恵みを授ける慈愛の気を呼び込み、逆に地震や干ばつを引き起こす荒ぶる気を抑え込む。
誰に褒められるでもなく、己の血の義務として、“鬼気”と戦っているのだ。
それを補佐しているのが、掌典の職に就く者たちである。
それらの水面下――いや、文字通りに地面下――の戦いは一般的に人の目にふれることはない。皆が知るような事態の時は、想像するだに恐ろしい。
だが、客観的な記録でその気配を感じることはできる。
京の地は日本でも歴史が古く、ゆえに残された記録が最も多い土地である事は誰も否定しないだろう。
だが、その記録の長さに対して、記された大地震の記録は余りにも少ない。
それは殿上の長たちが、“鬼気”を抑え込んできた証左とは見られないか。
ちなみに千歳御所の近辺には三方・花折断層帯という若狭湾から京都盆地南東部に至る活断層帯があるが、何故か御所の近辺だけ断層が途切れた形の調査結果が出ているのも事実である。
十数メートルの間を空けて、倉橋 獅拿と山鹿䋖 由姫が手を振り合い、表情と見振りで語る。そこに法則性はなく、他人には理解できない。可と為らしめたのは、友人ならではの技である。
“転バシ”が声に反応するのかはわからないが、結界の内外では――エンジン音などの重低音の振動は別だが――声が通らない。
最後に由姫が腕で何かをかき混ぜる仕草を取り、獅拿の殴る蹴る仕草に、由姫が頭上で丸を作って作戦会議は終了したようだ。
「よおっし、やるよぉ~」
パシンと手の平と拳を合わせて、己を鼓舞した獅拿は気合い充分だが、それに焦ったのは護衛のおじさんたちだ。
「待て、我々にも仕事をさせろ」
「私たちにも説明してくれるかな」
若手の護衛係が無駄に白い歯で善意を、灰色の髪の隊長が老いぼれと言うよりも経験を積んだ熟練さを前面に出して獅拿を両側からはさみこむ。
街中の“虎の威を借る狐”たちと同列ならば無視一択だが、左右からの暑苦しい圧に少々引き加減の獅拿だった。
「転バシはザコだけど、あの針で人を殺せるんだけど、それでも行ける?」
全身から飛び出した棘のうち数本は飛ばせる針だ。3~4mの間近で素人が急所に受ければ死ぬ場合があるし、また、その棘は折れやすく体内に残した場合もその後の処置が大変なことになる。
「そんなことを聞いたら、なおさら女の子に任せて、私たちが後ろで見ている事は在り得ないと思わないかい?」
「それじゃ、しょうがないか。じゃあ、作戦なんだけど……」
二人が立てた作戦は単純だ。
由姫が結界を弾けさせて大半を始末するから、仕留め損ねた残りを獅拿が速攻で排除する。
「結界に接触してるのは殺せるけど、重なってたり離れてたりしたら殺れないんだよね。んで、反撃されないうちに、私が殺ると」
結界が消えてしまえば、間合いとなる作業員たちに針を飛ばしてくるのは間違いないらしい。
「そんな大雑把な……」
「不確実すぎるな」
警護係二人には女子高生が考えた安易な案に思えた。
「だいじょーぶっしょ。由姫には“アキツミ”も憑いてるし」
“憑く”と言うのは彼女たち掌典の間の業界用語だ。生命力を吸うなどの仕様はなく、一般的な“連れ立つ”と同じ意味と考えて問題ない。
「弾数が足りないですが、狙撃でまずは数を減らしませんか。ウニなら石ころでも潰せそうですが?ウニじゃないな。ガンガゼか?」
獅拿を挟んで、若手が隊長に相談する。
彼ら警護係の任に付くには、体格や武道の修得などの他に拳銃射撃が上級であることも必須条件になっている。
貫通した場合を考慮すれば保護対象を背後に置いての狙撃は難しいが、側部の転バシの排除はできると提案する。
付け加えた後者はウニの一種で、一般的な食用ウニの棘はなかなか刺さることはないが、ガンガゼの棘は毒を持ち容易に刺さる。
「拳銃の携帯は認められているが、本任務中の使用は不許可だ」
だったら最初から持たせるなよと言う話しだが、日本の警察官は制服を着用して勤務する時は拳銃を携帯することが何故か法律で義務付けられている。
「それは分かっていますか、使用許可は彼女から得られれば……」
「鉄砲はダメだよ。お姉さんたちが、のちのち私たちが困る事になるって言ってた」
ヴァルゴ・ア曰く、あたしは弾さえ拾えば文句は言わないけど、だそうだが。
「釣るか?我々の一方が近寄って引き離した後に対処すれば中の者も安全だろう?」
隊長は薩摩出身ではないが、どうやら釣りはたしなむらしい。ガンガゼはイシダイの好物であり、釣り餌として重宝されている。
本気の提案と言うよりも、部下の明らかな不服の態度を和らげるためと言った口調だ。
「ぶっ、ぶぅー。時間切れです。由姫が結界の解除を始めちゃいました」
「「なんだってー」」
由姫が結界の際を舞うように廻っている。
親友との相談を終えて、山鹿䋖 由姫は、ドラム缶に機器や下敷きの鉄板を使って、その陰に作業員を隠した。
一応はこれで2方向からの刺突は避けられるはずだ。開いた一方は自分が立って、飛んでくる棘を打ち落とせば良い。倒すのは獅拿がやってくれる。
「“アキツミ”も頼んだ」
左手首の腕輪を撫でれば、「呼んだ?」とばかりに頭をもたげて身体をのぞかせた。
蛇を模した白銀の腕輪から出てきたのは、体長20cmほどの赤目の白蛇=十二支獣の一、巳の“秋津巳”である。
短く舌をちろりと出せば、ちょこっと頷いて見せる。
今からやることは難しいことではない。
結界に流れる力を過負荷にして弾けさせるだけである。
彼女たちが学んだ陰陽道は古代中国に端を発した五行思想にも影響を受けているが、日本に渡って細部はだいぶ変化している。その変化についてはいずれ語る機会もあるだろう。
南の“火”の杭の頭を右手に持つ“気”の杭で叩く。次いで、西の“土”、北の“水”、東の“風”と杭の頭を叩いて行く。
勿論、言葉に意志を込めて唱えながら、二回りする。
「風は火をあおり盛んにし、火は灰となりて土を育み、土は水を浄化して沸き立たせ、水は風を生み天に昇る」
結界は調和がとれていることが大事だ。方位を揃え、杭間距離も全く同じにしている。文言数の違いは、身を翻したり、しゃがんだり跳ねたりすることでつり合いをとっていく。それが舞っているように見える訳だ。
結界を閉じるだけならば、文言は変わるが、逆回りに杭から力を抜いていけば良い。
結界の力が増していくことに気付いたのだろう。転バシがより多くの地気を求めて結界に身を寄せていく。
と同時に、獅拿たちもスタートを切る。
「おじさんたちは、後ろに廻って!」
「了解!」「わかった」
あの群れ具合ならば、残っても一辺に1、2体だろう。
力の流れが速くなり、結界の表面にシャボン玉に見られるような七色の光沢が流れて……弾けた!
結界は保持していた力を発散した。
回転はその力の向きを外とする。
転バシたちの黒色が白い光に呑まれるように霧散していく。
「行っくよぉー。急急如律令」
獅拿は指抜きグローブをはめた指を拡げて腕を二振りし、空を四縦五横に切り、結印する。
そして、左右の拳を打ち合わせた。
“九字の呪”のより、その拳に魔を滅する蒼き焔がまとう。
炎とは現実に燃え盛る火炎、焔とは感情が生み出す火炎。
獅拿も兄の嗣憧と同様に、倉橋家家伝の体術系統の術式を得手としている。
勢いのついた右拳を転バシに突き立てる。
転バシが黒き塵と化す。
転瞬、一歩後退。
腕を矩形に固定し左拳を水平に振るえば、拳の焔は3腕長先の転バシを打ち抜いた。
が、その転バシは既に黒針を撃ち出し済み。2本の黒針が親友に向かう。
「“アキツミ”、止めて!」
由姫の声を受けて、白蛇の赤目が一瞬きらめく。
黒針は宙で静止し、落ちながら地気に還る。
巳の“秋津巳”は“止む”を司る十二支獣である。
見れば、獅拿はさらに一体を地気に還して、由姫にVサインを向けて裏側に廻った。
裏側の戦闘は終わっていた。
護衛はそれぞれに一体の転バシを相手にしたようだ。
特殊警棒を手にした若手の警護係が背広の左腕に開いた穴を気にしている。
「これって、経費で落ちますよね」
証拠となりそうな転バシは黒塵となり霧散してしまい、証明が出来ない。
保護対象がいなければ、転バシはそこまで警戒する相手ではないようだ。
「鍛錬不足だな」
隊長が笑いながら肩をすくめる。
後書き)この物語はフィクションです。
既出の断層帯の中南部の地震発生確率は30年以内に、ほぼ0%~0.6%と出ている。
筆者注)“止む”の読み…と・む、とど・む、や・む




