035 視察の報告(前)
転バシたちが霧散した場所々々には、米粒ほどの紅い石が数か所で落ちていた。。
「獅拿!」「由姫!」
名を呼び合い顔を向け合う若き掌典たちは、跳ねて何度も宙で互いの手を打ち鳴らす。
曲芸のような勝利の喜びはおじさんたちに共有されることは出来なかったが、一人を除いて、共感はされた。
「赤いのは魔結晶だと思うけど……」
二人の少女が落ち着いた所で、尋ねられた答えがそれである。
“秋津巳”の舌を出し入れする頻度が増している。ちらりと見上げてくる視線が「あれはボクのだよね」と言っているのが伝わって来る。
「ヴァルゴ・アさん。日本国として、聞きたい事や教えてもらいたい事がたくさんあるのですが、時間を取って頂けるだろうか」
魔王さま側付きの宮女に足早に近寄ろうとした獅拿たちを制止して、一人だけ硬い表情の岩破が特命担当大臣の姿勢を示した。
◆◆◆
張りつめた空気の中での閣議が終わって、閣僚たちが退室していく。
時間をだいぶ余らせて終えたので、常ならば各々が抱える事案の相談をしたり、雑談で時を過ごたりするが、皆が“触らぬ神に祟りなし”とばかりに足早に部屋を出ていく。
この国の最高権力者が中央奥で微動だにせずに、顔を強張らせているのを見れば、何か事が起こったことが容易に想像できる。
しかも、閣議の席で、それを隠す余裕もなく、事を明らかにすることもなくとなれば、よほどの大事だ。
「総理、その表情はなんとかなりませんか?」
厳波 外相の軽口にもギロリとその視線を向けるだけである。
尚、数人には前日深夜に閣議の後の予定を空けて待機するように通知が為された。
深夜に料亭で秘密の会合などと言った古い慣習を未だに好む政財界だ。大臣に翌日の日程を白くしろなんて言う事は、マスメディアに何かあったと宣伝するのと同じことである。
直ぐに世間に知れることになるが、そんな配慮をする余裕もないらしい。
内閣総理大臣 久坂部 伸二
副総理、兼、財務大臣 射蔵 三郎
官房長官 関 肆腥
防衛大臣 御子神 伍稜
外務大臣 厳波 漆文
残った面子を見れば、何のどこの問題なのかも分かりそうだ。
「お待たせしました」
予定の時間通りに閣議室に入ってきたのは、岩破 陸 特命担当大臣(領土)である。その後に街野 鷹揚 海上幕僚長が続く。どうやら、隣の閣僚応接室で一息ついてきたようだ。
「ありがとう」
次いで、半開きの扉から差し出されたお茶のペットボトルと濡れタオルの入ったそれぞれのポリ袋を秘書から受け取って、関が扉を施錠する。
「……まずは喉を潤しますか」
「岩破さんには、大臣就任早々でしたが魔王領の視察に行ってもらったのは皆さんが知っての通りです。
今日はその報告を聞くために集まってもらいました」
「何か、ありましたか?」
昨日の今日の報告会である。しかも手元に要約さえも配られない。御子神が焦ったように結論を求める。
「岩破くん、まずは本来の視察結果からだ」
濡れタオルを目に当てて上を向いたままの総理が声をあげる。
岩破の顔にも疲れが見える。それもそのはず昨日はあの後すぐに現場を撤収して、“一つ目”関でヴァルゴ・アを質問攻めにし、久坂部に緊急連絡を入れて、最終の列車で戻った――その心情を表すかのように天候が大荒れで輸送機を飛ばせず――が、永田町に着いた頃には時刻は天辺を廻っていた。
乗車中は人の視線も気になり急いるばかりで落ち着かず、戻ってから頭を整理して資料をまとめたために、仮眠もわずかである。
「先ずは、こちらをご覧ください」
閣議テーブルは円卓で出席者はゆったりとした座席に着席して議題が進行するものだが、今は一人座る総理を中心に卓に広げられた写真を皆が立って確認している。
「これは?」
森の精気が漂ってきそうな緑豊かな自然が写っている。今の総理にこそ必要なものだろう。
他には、解体中の地盤調査の櫓や、関建物の前面の壁の写真などもあるようだ。
「魔王領は関から先に電子機器が持ち込めないので、同行した魔王付きの女官に機器を借りて撮影したものです」
関や厳波がそれに首肯する。それは既に共有された情報らしい。
タブレットは彼女の私物で貸してもらえなかったが、関建築物で印刷はしてもらえた。
「と言う事は……」
「……はい、それが、今の福島です」
と言っても、福島のごく一部、面積にして5%ほどだ。
「冗談だろう。何もないじゃないか!」
御子神の声が大きいが、この部屋から外に音は漏れない。というより、今はこの層には人が入れないように警備されている。
「何も無くなってました。放射能さえも確認できませんでした。代わりにあるのは森だけです」
放射線量は都市部よりも低く、調査も直径66mmの柱状体一本だけだが地中部からも検出されなかった。一応、速報の柱状図と層毎の試料瓶の写真も添付されている。
「海もねえじゃないか。本当にここが原発跡地なのかよ」
射蔵は全身で疑いを表す。
「こちらで現状確認する手段がありませんが、彼らが嘘を言っているとは思えませんでした」
櫓の写真がそれだと知らされ、海が写っていなければ当然出てくる質問だろう。
「なるほど、それで」「こんな現実を見せつけられれば致し方ない」などと口々に総理を気遣う発言が続く。
「私がこんな程度で動揺すると思ってもらっては困るよ」
久坂部が濡れタオルを卓に置いて会議に参加する。そして、目で岩破を促した。
「私たちは現地で魔物と遭遇しました。
彼らが言う所の施設とは、日本国民を魔物と戦わせるための場所のようです」




