033 跡地の視察(2/3)
鋼管による三角錐の“やぐら”の高さは5mほどあろうか。
その廻りを3mも無い程度の間隔で、透明の四角錐の幕が覆っている。
その中心では、作業着姿の3人の男が機器を操作して地面に穴を掘っている。学生服の一人の女子は左手首の腕輪を時折なでつつ、四隅に打たれた金属製の杭の具合を確認しながら周囲を警戒していた。
やぐらの頂点からは地中に向けて何かが吊り下げられており、一方がしゃがんだ子供ほどの大きさの器械に繋がっている。
他にも、ドラム缶やら作業資料やらで、充分に大きいとされる透明な幕内が非常に狭苦しくなっている。
「あー、エロじいちゃん、煙草吸わないでって言ったよね!」
結界内では換気をするのも一大事だ。しかも、受動喫煙の影響が大きいと認識されて半世紀である。知らなかったは通じない。
「うるせぇ、ジジイ呼ばわりすんな。これはこの仕事の様式美って奴なんだよ。
ほら、そこの若ぇの、さっさと試料の線量とやらを記録しろ!亮さん、穴の具合はどーよ。ケーシング(パイプ)は必要かい?」
「ここらは水ぶっこんだり、かちゃがちゃといじくった聞いとったがね。綺麗なもんだよ、不思議だなぁ~」
荒っぽい玄さんとは対照的に、暢気な口調で応えた亮さんだが、外の光景に目をやりすぎて手元がおろそかになっている若手の手ごと掴んで機器の先端を採取した試料の土の中にブスリと差し込む。
尚、放射線量の数値は、ここまでの道程と同様に異常なしである。その数値は平常の都市部よりも少ない。
国交省の発注は、福島第一原発の跡地での標準貫入試験一式及び放射線量の測定である。
受注できてしまった地盤調査会社は、現場から退いて非常勤取締役になっていた78歳の玄さんと現場最高齢の74歳の亮さんを送り出した。
「取れちまったんじゃ仕方ねぇ。場所柄、老い先短けー奴が行くしかあるめーよ。かっかっか」
日魔和親条約でうやむやになっているが、避難指示区域は解除されてはいない。
非破壊検査会社は、逆に資格を取ったばかりの新人を差し出した。
「えっ、僕ですか。そんな派遣業務先は募集要項になかったですよね……」
その疑問の前に、放射線取扱主任者(第3種は講習を受講することで取得可)の資格を取らされることを何故と思わなかったのだろうか。
一夜島にて慣れた軽トラから機器を車輪だらけの車両2台に分乗させられて、おっぱいのでけー姉ちゃんに連れて来られた場所は海岸線なんて見当たらない。
「ほんとにここで合ってんのか、姉ちゃんよ。森ん中じゃねーか」
「……(原っぱですよね)」
検査主任の若者の小さい声は、爺さんの遠くなった耳には入らない。車両のエンジン音はほとんど無音なので、操舵席の少女の頷きを見ると声量は独り言程度は越えている。
「道中、ずっと森だったけどね~」
「けっ、違えねぇ」
おっぱいのでけー姉ちゃんから差し出された携帯端末に、現況図と古地図を重ね合わせて見せられて、仕方がねえとばかりに作業を始めた。
「おっ、でぱいぃーすって奴か」
「玄さん、それを言うならデバイスだよぉ~」
「そこのエロじいちゃん、セクハラって言葉は知ってる?」
時代錯誤な発言に、女子高生の視線が切れるほどに冷たい。
「細けぇこたぁ言うなよ。かっかっか」
指示された貫入長は一日で作業できる最大値である。建築目的ではないので支持地盤を確認する必要もなく、断層を調査することもないので本数も一本で深々度も求められていない。目的は飛散した放射能の残滓の有無の確認である。
基点も不明なのでこの地点の標高も分からないが、腐植物を含む表土に、軽石混じりの含水量多めの不均一な粗砂が続き、5m以深は貝殻片や腐食物を混入する暗灰色の細砂層が続いている。N値は隔層でしかとっていないが20~30だ。
「障害物もでねーし、掘りやすくて結構じゃねーか」
「浜通りなら、こんな感じなのかもなぁ~」
「(もう充分じゃないですか)」
「若ぇのは棒を突っ込むだけの簡単なお仕事なんだから、試料瓶をケースに収めるくらいの手伝いをしろや」
そう言う自分は折りたたみ椅子に座りながら、計器を操作し、忙しく煙草をくゆらせている。
周囲には鳥や虫の声もない。機器のポンプや巻上機などの作動音が響いている。
が、その間に時折、カリカリと何かをひっかくような音も混じる。
若い検査主任がその度に怯えた視線をその音に送り、そして、見なかったと言う素振りで目をそらす。
「仕事に集中しろ。そうすりゃ、気にもなんねぇもんよ」
「そんなの無理ですよ!充分データは取れたでしょう。もう帰りましょうよ!」
「そうは言っても、帰り道もわからないからねぇ~」
ジジイのエロは若ぶりたい最後の抵抗だが、いつの物かも分からない煙草を引っ張り出したのはその音の主のせいかもしれない。
結界の外は黒い針を全身から生やした化け物が30匹を超えて群れていた。
結界などと言う不思議に最初は驚き、慣れればその外に置かれた車両などと自由に行き来できないことに文句をたれ、今はそれが精神的支柱であり言葉通りに薄皮一枚の寄り処となっていた。
◇
静かな世界に、地盤調査の原動機の作動音が重く低く響く。
平常であれば、静かな自然の風景を乱すものとして、その音は苛立ちと共に迎えられただろう。
だが、自分がここにいても良いのかと感じ始めた時だっただけに、今はそれがそこに人が居る証として捉えられ、心地良く懐かしささえ感じられる。
そして、すぐに2両の8輪プラス1車と鋼管で組まれた三又櫓が遠方に見えてきた。
特に乗り心地が悪い訳ではないが、一時間を越えて同じ姿勢で座っていれば、身体の血流も滞る。
立ち上がって、友人の名を叫ぶ女子高生の横で、おじさん達はそれぞれ思い思いにゆっくりと腱や筋肉を軽く伸ばして、操舵席の護衛係の一言でその状態で固まった。
「何ですか、アレ?」
櫓の周囲を何か黒いモノが取り囲み、うごめいている。
「やっぱり、集まってる!由姫を助けなくちゃ」
「アレは何だ?倉橋君はアレが何か知っているのか」
「鬼だよ、鬼!来るときに言ったでしょ」
岩破は関の建物を発つ時に言われた言葉を思い出したが、そんなことは聞いていないし、このようなことを指しているとは思ってもいなかった。
『つっちーは、現地に着いたらすぐに由姫の結界に入るか、お姉さんの側にいて。じゃないと、守れない』
「ちょっと待ちなさい。私たちも行くぞ」
「大臣は車両に乗ったままで、我々が対処します」
降りかけた岩破を隊長が制止する。
操舵席の一人を除いて、隊長ともう一人の警護係がすでに飛び降りた倉橋 獅拿の後を追いかけた。護衛対象の側を離れるのは問題があるが、その対象の意志である。元々、警察官でも人を護ることを特に望んだ彼らだ。そこらの警察官と違って、誰かを護ると言う事にためらいがない。
「お姉さん?」
「あたしに期待するのはナシよ」
獅拿がヴァルゴ・アの横を走り抜ける時に助けを求めたが、妖しく断られた。岩破を乗せた車両は、ヴァルゴ・アの停止した魔動バイクに寄せていく。
「あれらは何かご存知なのですか?」
「あたしたちなら魔物と呼ぶけど、あの娘らは鬼と呼んでるみたいね」
「角もないし、人型でもないようですが」
「私には、でかいウニに見えますよ。刺はたくさんあるようですが、あれは角なんですかね。」
岩破の問いにヴァルゴ・アが答え、岩破と残った警護係が見たままの感想を返した。
「あの程度は対処できないとこれから先お話にならないわよ」
獅拿が櫓まで十数メートルの間を空けて手を振れば、中の学生服の娘が同じように跳ね上がって手を振り返している。
思ったよりも余裕がある。
「アレのことを教えてもらえますか」
追いついた警護係の隊長が尋ねた。
でかいウニに見えるが、陸の上にウニは生息していないのは、誰もが知っていることだろう。
「アレは“転バシ”と呼ばれる狗猧。要は“鬼”なんだけど、明らかに実体化しちゃってるのは見た事ないし。こんなけ地気が強いから予想できたことだけど」
実体化してるので殴れば壊せるらしいが、格段に強くなっているはずだと言う。
筆者注)
鬼…地気によって生み出された人にとっての悪しき存在。狭義には知性のある人型のものを指す
禍獣…鬼の一種。文字通りに禍を振りまく獣。情味なく、ただ破壊を好む
狗猧…小型の鬼。現代の掌典たちが遭遇した経験のあるのは、この程度。




