021 使節団-転落-
あの後、厳波と関のふたりで、平謝りを重ねて、夕食にまでこぎつけた。
若手自衛官、曰く。
「馬鹿ですよね。相手を不快にさせたら、ツーショット写真撮れないじゃないですか」
あの撮影スタッフに関しては、部屋からは一歩も外に出さないと約束して、以後の滞在継続の許可をもらっていた。
夕食は立食形式のバイキングだった。
中世の城での会食と言えば、長卓に並んで座り、一品ずつ供されるコース料理だが、騒動のために扱いの等級を下げられたのだろうか。それとも、魔王国では、客人に対してこれが標準なのだろうか。
しかし、厳波としては、会話が近くなるので逆にこれを歓迎した。
厳波と関の話し相手は、レヴィアである。
「この島にはどういった経緯で居住するに至ったのでしょうか」
「従者の一人が島を造成した後、数人がかりで手入れをしました」
「それは一月前くらいの話しですか」
「ええ、良くご存じで」
単位がおかしい会話になっている。
「なにか事業をなされる為に、福島の地を欲していらっしゃるとか」
「特に、その地である必要はないのですが、あなたたちにとっても良い話しだと思いますよ」
「なにをなされる予定なのですか」
「内容については、順を追ってお話が為されることかと」
どちらを選択するにしても、先の見通しのつかないことは確かだ。ただ、何もしないというのは最悪だ。
しかし、現状の何もできないというのは、それと同義であると捉える者もいるだろう。
「戦禍が迫っています。我が国としては、皆さんに避難して頂き、その後の再起のお手伝いができればと考えております」
「ええ、ですが、大したことではありませんので」
「お言葉を返すようですが、我々の掴んでいる情報では、白華国の機動艦隊はかなりの規模で……失礼ながら、島の様子を伺わせて頂きましたが、とてもではないが抵抗できるとは思えません。それとも、別の場所に艦隊等をご用意されたりしているのですか」
「えっ、対応するのは、魔王さま、おひとりですよ。事後処理と中継用に何人かお手伝いするとは思いますけど……。それでも、5人くらいでしょうか」
「えっ!」
「ええ、過剰なので、他の者で充分といさめたのですが、皆さんが見ているからと張り切っておられまして……なので、皆さんもごゆるりと鑑賞なされれば良いかと思いますよ」
どこから、何を突っ込んだら良いのか、分からなくなった。冗談を言っているのではないということだけはわかる。
そして、これを見世物として扱っていることも。
「結構、美味かったですね」
「目新しさはなかったけどな」
若手自衛官と、その先輩の会話である。
日本のどこかで出されているような料理ばかりであった。
厳波は、どのような料理が出ていたのか思い出せなかった。
「お前なぁ、メイドさんにアドレス聞くなよ。任務中だぞ」
「携帯持ってない、言われちゃいましたけどね。でも、作ってるって、アプリとかですかね」
先輩さんと若手自衛官の会話が耳に入ってくる。考えている内容の違いに頭が痛くなる。
「関さん……」
「いつも以上に難しい舵取りになりそうですが、私としては何故か彼らを信用できるという想いが強いのですよ。
思い切って、胸襟を開いて話した方がすんなりと収まるところに収まるような気がします」
悩む厳波に、あっさりと言い切って見せる関。政治家として、まだまだ敵わないと感じる厳波であった。
そして、翌朝……。
◇◇◇
公営放送協会の撮影スタッフは、再び応接机の上に投げ出されていた。
夜の間に立ち入り禁止区域に侵入しようとしていたのである。
左右の寝室から、中央の居間に集まって、点呼と夜番の報告を聴こうとしたら、撮影スタッフの姿が見えず、焦っていたところであった。
若手自衛官の夜番の時、撮影スタッフはトイレに行った帰りに、ケモミミの話しで盛り上がり、若手自衛官は差し入れられたコーヒーに睡眠薬を仕込まれていたのである。若手自衛官は先輩自衛官にしめられていた。
「……187、188、189。尻を上げるな。頭を下げるな」
腕立て訓練である。決して、体罰ではない。
「あなたたちには失望しました。この程度のことも管理できないなんて」
目をつむったままのジェミニ・ンが頭を振る。
「嘘だ。俺はこいつらに連れて行かれて……」
ジェミニ・ンがタブレットを操作して、再生する。そこには、従者用のトイレに隠しカメラを据え付ける様子や、辺りを伺いながら地下への階段を降りようとする姿が写っていた。
「なんで、監視カメラなんて、どこにも……」
それを聞いて、厳波も目をつむって額に手を添える。
関は固まっている。実は、撮影スタッフを放り投げたのはテケリ・リだったのである。あの銅像を飲み込んだ少女の……である。
「食べる?」
「こんなの食べちゃいけません。お腹に変な虫がいるかも知れないでしょ」
「お腹、空いた……」
「申し訳ない。今後は確実に……」
厳波の謝罪を遮るジェミニ・ン。
「いえ、あなたたちには無理のようですので、即座に島外に退去して頂きます。リリー、さっさと済まして、朝ご飯にしましょう」
「ん!」
力強く元気に頷いたテケリ・リは、暴れる撮影スタッフの足首を掴むと、窓まで引きずっていく。
「待ってくれ。何をするつもりだ」
動けない関が言葉でその意図を問う。
自衛官たちは動かない。いや、動けないのか。その視線は、撮影スタッフにではなく、ジェミニ・ンに向けられている。
蛇に睨まれた蛙という状態のようだ。目は開いていないが。
「俺は皆が知りたいと思うことを……ひゃぁあぁ~」
喚く撮影スタッフを、吐き出しの窓を開けて、ぽいっといった感じで放り投げた。
悲鳴とともに放物線を描いて、付属庭の縁から、その姿を消したと思いきや、突風に舞い上げられる。
その姿は風に舞う木の葉のような軌跡を彼らに見せていたが、やがて、外輪の峰の向こうに姿を消した。その後は、音がする訳でもなく、恐らくは上がったであろう水飛沫が見える訳でもなく、ただ彼がどのような結果に至るのかという点については容易に想像がついた。
尚、この後、“青育のコウノトリ(風の精)”のハルファスから、ゴミを庭に投棄するなと抗議があったことをここに記しておく。
静寂を破って、ジェミニ・ンが伝える。
「あなたたちの保護も打ち切ります。ここから、すぐに退去することをお勧めします。行きますよ、リリー」
「あっさご飯、あっさご飯♪」
ジェミニ・ンたちが、部屋から立ち去って、数瞬の後、糸が切れた人形のように自衛官たちが膝をつく。若手自衛官だけは、ずっと、うつ伏せ状態だったが。
「動けなかった……化け物か」
隊長が呟く。
「何と言う事だ」
関がうつむく。
「なんと言ったらいいか」
「自業自得でしょ」
厳波の言葉に若手自衛官が涅槃の姿勢で言葉を被せる。
「で、どうしますか」
パイロットの2曹が行動確認を尋ねる。
「謝罪して……」
「無理ではないでしょうか」
厳波の言葉に関が首を横に振る。
「保護の打ち切りって、言ってましたけど……」
「食事の用意をしないとかではなさそうな感じがしましたね」
外務省の一人と司厨長。
厳波が唇をかむ。完全に失敗だった。この状態から、関係を修復するのに、どのくらいの時間と努力を要するのか、見当もつかない。
沈黙が続いて、小一時間が過ぎた頃だろうか、司厨長がおにぎりの山と味噌汁の寸胴を持って、部屋に入ってきた。
厳波は、司厨長が部屋から消えたことにも気付かなかったので、驚きの表情である。
「取り敢えず、どうするにしても、飯を食いましょうや。腹減りじゃ、良い考えも浮かびませんって」
笑顔の司厨長が皆に言葉を投げかける。
「よく厨房を貸してもらえましたね」
「普通に借りられましたよ。意地悪も邪魔もされませんでした。手伝ってもくれませんでしたけど」
関の言葉に司厨長が、味噌汁を注ぎながら答える。
変態を見るような視線には傷つきましたが……という呟きには、何とも言えない空気が漂う。
確かに、おにぎりを頬張っていると、活力というか、何かをしなければ!という気持ちが湧いてくる。
「まず、このまま去ると言うのは、悪手だと思う」
「相手に嫌がられても、少なくとも先に繋がるような線は残しておかないと」
厳波の言葉に関が追随する。
例えば、いかに危険な相手でも、気に入らない相手だったとしても、断絶=関係が立ち切れた状態となるのは、外交政策においては最も避けなければならないことである。
「それに昨日の主席報道官レヴィアさんの自信が本当ならば、彼らの交戦能力を見ておくのとおかないのでは、後の判断に大きな違いが出ると思います」
隊長が提言する。
そんな時、扉のノック音とともにレヴィアが現れた。
「まだ、いらっしゃいましたか」
ため息とともに言葉を吐き出す。
「申し訳ない、我々としても、やはり、このまま帰国するという訳にはいかないのです。
魔王さまに心からのお詫びをするとともに、なんとか、退去の取り消しをお願いしたい」
「はあ、魔王さまは、観客が少なくなったとお嘆きなのです。
あなたたちの観覧は容認しますが、従者たちの、あなたたちへ印象は最悪なので、城内に留め置くことはできません。
なので、門外への退去、そして、天盤での観覧を許可します。
では、逸早く行動しなさい。これ以上、幻滅させないように」
本当にこんな者どもの国に勇者の資質がある者がいるとお考えなのですか、魔王さま……。




