022 戦塵(前)
幻島に向けて、南西から大艦隊が迫っていた。
広東省湛江を母港とする白南海艦隊。航空母艦を中心として、駆逐艦8隻、小型駆逐艦12隻、その他支援艦数隻の大艦隊である。
但し、今作戦では戦車を上陸できる海岸線がないので揚陸艦の姿はない。ヘリコプターを中心とした上陸作戦の展開を考えていると思われる。そのための空母の運用であると分析された。
旗艦は、“渡海”。全長153m、排水量6100tのミサイル駆逐艦である。同型艦は存在しない。
艦隊司令員(いわゆる艦隊の総司令官のこと。提督)であるシェン海軍中将の下知が各艦に伝えられる。
「巡航速度に戻せ」
明日の早朝の作戦開始時刻に合わせて、速力を少し落として時間調整を計っていたのである。
警戒されたアメリア合州国の横槍もなかった。
政治将校(皇帝により艦隊につけられた監視役)が司令員に並んで、声を発する。
「シェン中将、失敗は許されませんぞ」
「リウ少将どの、本作戦は失敗しろというほうが難しいというもの。皇帝陛下には、良き実戦の機会を与えて頂いたことを感謝せねばなりませぬ」
司令員は、視線を艦の進行方向の彼方に向けたまま、政治将校の言葉に答える。
「ですな。ぐふふ」
◆
「あの階段の上り下りは厳しそうだよ。隊長、ヘリを天盤に待機させておくのは無理なのかな」
部屋を追い出された厳波たちは、ここに来た時の道を逆にたどっている。
しかし、来た時とは違い、ヘリコプターは今、歩いている回廊からも見えるが、遥か眼下の内庭にあった。天盤から、そこまではつづら折りの階段が待っている。
霊験あらたかな神社仏閣に参るには数百段の階段を上る苦難が待ち受けていることも、しばしばあるが、今回は寝て起きる場所への移動のためだけの苦行である。
「ある意味、これが罰則のつもりなのかも知れないですな」
先輩自衛官が笑う。それを恨めし気に見る文官の面々。
しかし、実際に天盤に着き階段を下り始めると、最初の踊り場のところに昇降機のようなものが設置されていた。魔王領的に言うと、昇降回廊である。
「あれ、昨日はなかったのに」
到着時や、無線確認のためなど何度かこの階段を往復した操縦士たちが声を揃える。
「いやいや、有難いことだよ」
疑いもせずに、真っ先に関が乗り込む。仕様は全く昇降機である。
しかし、一日でこんなものを設置できるものなのだろうか。この地の謎を少し垣間見た気がする一同である。まるで、神との契りの導きによって、一夜で石を積んで出来たという伝説の残る“鬼岩階段”のようではないか。
ヘリコプターに到着すると、早速、自衛官たちが動き始めた。機内で就寝が可能なようにシートなどの設置を変更するのである。司厨長は機外で調理ができるように準備し始める。幸い、食材はそれなりに持ち込んでいた。
それを見ながら、関が言う。
「この判断で良かったのでしょうか」
遮蔽物が何もない場所で、戦塵をあびるというのは、どう考えても無謀な選択であった。
全員で中継地点のヘリ空母まで帰還するとしたほうがいいのではないか。
無線が使えれば、今の現状を伝えることも出来たが、どうにもつながらなかった。外務省の者だけを一度、帰還させる意見もあったが、どうやら頑固な連中が集まってしまったようだった。
「それに、彼らのあの自信を信じてみるということになったじゃないですか。みんな、腹をくくってますよ」
関の迷いを厳波が断ずる。
何も為せないまま、この地を離れてしまっては、必ず後に禍根を残す。理屈ではなく、その感触は変わらずにある。
「おっ、この匂いはカレー。海自の飯と言えばのアレですか。一度、食べて見たかったんですよ」
厳波が笑いながら、匂いのするほうに歩いて行った。
◆
朝靄の中、毛布を身にまとわせながら、その時を待つ。
手指や唇にしびれを感じる。身体も少しだるい。緊張のためだろうか、それとも、慣れない姿勢で寝たためだろうか。
彼らは気付いていないが、摩素障害が出始めていた。保護の打ち切りとは、そう言う事である。(日本に戻ってから、全員が透析を受けることになる)
天盤にはヘリコプターの操縦のために機内に待機する3人の自衛官以外は全員が揃っている。
無線からは、相も変わらず、空電の雑音しか入らない。
その時、背後に存在感を覚え、皆が一斉に身体を捻る。
「うむ、感心感心。揃っておるようだな。これも渡しておこう」
外套を風にはらませた魔王さまである。
二つ折りの携帯電話のようなものを投げてよこした。通話ボタンを押して、スピーカーモードにしておけば、魔王城で受信した電波を中継してくれると言う。
そして、設置された無線とカムコーダーと数台のハンディカメラを見た魔王さまは、もの足りなく感じたのか、その手を宙に振った。ミニシアターとまではいかないが、その半分ぐらいのスクリーン大の映像が空中投影される。
「これならば、我が勇姿も見逃すまい。ふっふっふ、では、行ってまいるぞ」
その場から、ふわりを身を浮かせてみせる。
そして、そのまま、宙に舞い上がっていってしまった。
誰も、言葉を発することができなかった。口をぽかんと開けて、見送ったのみである。
◆
「さて、シェン中将、土民どもに皇帝陛下の慈悲の言葉を伝えるのです」
白華国の機動艦隊は、島の外輪に遮られていない南側に艦の展開を終了させていた。
島の唯一の建造物と見られる城を砲撃するのであれば、北からのほうが照準はつけやすいであろうが、敢えて島の全ての望める、いや、狙える、南に陣を張ったのである。
「こちらは、白華国の白南海艦隊である。
お前たちは、栄えある皇帝陛下の領土を不当に占拠している。
すぐに退去するのであれば、少しの猶予を与えよう。
30分のうちに何も動きが見られないようであれば、皇帝陛下の怒りをその身に知ることになるであろう。
汝らの賢明な判断を期待する、以上」
島の周りには艦の一隻もなく、島の外輪などの地表面に砲台の一つも見当たらない。
艦砲の精密射撃を数発、城に命中させた後に航空隊による制圧で簡単にことが運ぶであろう。
「素晴らしい演述でしたぞ。土民どもも皇帝陛下の優しさに触れ、感激の涙を落としていることでしょうぞ」
司令員の通告に、政治将校が大げさに身体を仰け反って天を仰ぐ。
島の住民も今から逃げ出すくらいなら、とうの昔に立ち去っているであろう。いや、逃げ出していてくれよとシェン中将は思った。
「駆逐艦各艦に告げよ。主砲照準を城に合わせい」
「そう言えば、煩わしい小日本のヘリが上陸しているとあったな。それにも狙いをつけよ」
司令員の命令に被せるように、政治将校が腕を振り上げる。
だが、そこに艦内スピーカーから音声が流れる。
「挨拶いたみいるよ。
しかし、皇帝とやらは、頭にうじでも湧いているのかね。
この島は我が配下の者が先日、造成したばかりなのだが……我は愚か者を配下に加えた記憶はないぞ」
無線を受けた後に、艦内放送に切り替えて音声を流したのであればわかるが、いきなりの音声出力に艦内が慌てふためく。
そして、指揮所の一人から、声があがる。
「あれは人か?」
裸眼では遠くて、その姿形ははっきりとしないが、人型を思わせるものが宙に浮いていた。
「ぬぬぬぬ、おのれ、皇帝陛下を愚弄するか、痴れ者め。殺せ、今すぐ、あれを撃ち落せ!」
政治将校が唾をまき散らせて、指を振りつつ、喚く。
あれをぶら下げているような、または、浮かせているような機体は見当たらない。もしくは空中投影のようなものなのだろうか。
確かに海霧はまだ晴れ切っていないがそのような出力を可能な設備があるのだろうか。
人に砲撃の狙いをつけるなどバカげた行為だと思うが、あれの正体の見極めがつかぬままに、司令員が発令する。
「少しぐらい、島を削っても構わん。全艦隊に次ぐ、斉射」
黄色と橙の光が、海霧を巻き込み、切り裂きながら、島に向かう。
「飛び道具など、いかなるものであろうと我には通用せぬ。“グラズヘイム/喜びの世界”」
魔王さまの前面に帳が下りた。砲弾が接触した帳で、その先の風景の焦点が外れるという現象が見られ……そして、跡形もなく消えた。
それら全ては、戦死者の館に葬送される。
この程度の火力であれば、幻島の周囲に貼られた物理・摩法障壁の結界で充分に対応できる。魔王さまは自身に当たる軌道の砲弾のみを対処すればよかったのであるが、敵の全ての艦船の射線上に摩法の面が構築された。
砲弾は水面に投じられた小石が起こす波紋のような模様を描いて、摩法の面に次から次へと消えていく。
立ち込める砲火の煙によって、直接、肉眼でその攻撃の結果を見ることが叶わない。
「ぐわっはっは、殺せ、滅ぼせ。全世界よ、見よ。これが白華国の力なのだぁっ!」
政治将校が両手を広げて身体を仰け反らせながら喚いている。
「撃ち方を止めよ」
その隣で、あくまでも冷静なシェン中将が命じる。
煙が晴れたなか、見えたのは、何も変わらない島の様子。そして、空中で足を組んで、携帯を片手に話しをする魔王さまの姿であった。




