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019 戦域への使節団

 総理大臣の渡航制限などの発言は、さまざまな反応を引き出した。

 戦争反対と白華国を非難する者、日本が戦争に巻き込まれるのではないかと心配する者。

 大陸に出向している社員を一時帰国させた企業、逆に将来を見越したのか白華国にすり寄るように進出を強める企業。

 本当に様々である。良きにつけ悪しきにつけ、自由な国であると言えるのかも知れない。



 アメリア合州国は、横須賀基地に投錨していた第7艦隊を出港させた。

 第7艦隊は、ハワイに司令部を置く太平洋艦隊の指揮下にある。

 その目的は、白華国の機動艦隊に対する牽制である。但し、魔王国の防衛行動と言うよりは、その艦隊がハワイ諸島に向かう可能性を排除するための牽制行動の意味合いが強い。今回は白華国の行動が迅速すぎた。国際的な根回し無しに、白華国と対峙すれば、場合によっては全面戦争への引き金になってしまう。それは、両大国共に望んでいないことはわかっていた。

 戦いの時は、徐々に迫っていた。



 焦る日本政府の態度は、関 官房長官の千歳御所への日参という形で現れていた。

 魔王国と連絡が取りたい、その一念からである。

 御所に対応してもらうことはできないのだ。それは殿上の政治利用に抵触する可能性があった。

 端的に言えば、魔王国が白華国に占領されるのは、すでにどうにもならない事象であると日本政府は考えていた。しかし、魔王国の国民が日本に避難していれば、場合によっては日本国内で臨時政府を立ち上げさせ、その後、国際世論を誘導できれば、島を取り戻す端緒となり得る。

 無事、取り返せれば良し。そうでなくても、白華国にあの島の正式な領有権はないという風向きは作ることができる。当然、魔王国に恩も売れる。

 日本としては、あの島の持ち主が、その都度都度に反日の態度を示す白華国よりも、日本に友好的な国家であった方が望ましいことは誰にでも理解できることだろう。


「はあ~」

 もう、何度目のため息になるのだろうか。宮都(ぐうと)御苑内の宮内(くない)庁宮都事務所の一室で、関はやきもきしていた。

 魔王国の国民の輸送手段も、かの島との中間の洋上に、護衛の艦船をつけてヘリ空母を待機させることで準備している。後は、それを伝えて、行動に移してもらうだけなのに、その連絡の手段がないのである。以前、官邸で上がったティルトローター機で強硬上陸する案は、やはり国交がない上に、相手の心理状態を考えれば好ましくないと却下されていた。それでなくとも、大艦隊が迫っているのである。神経質になっていて、当然であろうとの意見が大半を占めた。

 コンコン、扉がノックされる。返事をすると職員がにこやかに室内に入ってくる。

「関さん、お目当ての方が来られましたよ」

 慌てて立ち上がった関は、応接机に脛をぶつけた。涙は出たが、逆に冷静になれた。無言のまま頷き、説得のために職員の後を追いかける。


      ◆


「先日は失礼しました。国務大臣の関でございます」

 初対面は、お互いに庭でしゃがんだ感じでの対話だった。今日は、屹立した姿勢での挨拶である。場所は庭であるが……。

「はい、こんにちは」

 まるで、園児に挨拶する園長さんのような感じである。そして、その後方には走って近づいてくる倉橋が写る。

「率直に申し上げます。情勢が厳しくなってまいりました。あなた方の国の皆さんの避難に関してのご相談をさせて頂きたく……」

 その言葉は、アクア・スの笑顔によって遮られた。

「それは必要ありませんよ。それよりも、それほどにご心配ならば、魔王国に視察に来られますか」

 官邸や国会には、パラサイトシャドウが張り付いている。日本政府の動きは魔王国に筒抜けだった。

 それに、今回の事はもともと魔王国の実力を見せつけるための示威運動(デモンストレーション)である。

 この世界の者に見てもらわなければ始まらない。当初は国連からの派遣を求めるつもりであったが、それが日本の代表団であったとしても、問題はないように思えた。

「よろしいのですか」

「はい。あなた方の安全のための行動制限に従って頂けるのならば……ですけど」


      ◆


 人員の選抜は速やかに行われた。

 関 官房長官と厳波(げんば) 外務大臣。

 外務省から2名。政府広報室から1名。

 陸上自衛隊から護衛兼パイロット(操縦士、副操縦士、機上整備員)で5名。海上自衛隊から司厨(しちゅう)長が1名。

 撮影担当(スタッフ)として、公営放送協会から1名。

 計12名の使節団である。

 観察者(オブザーバー)として、アメリア合州国国籍の国連職員(中央情報局出身)1名がねじ込まれてきたが、直前で派遣を取り消されていた。

 これから、戦塵にまみれることが確定している場所に向かう決死の一団である。


 閣僚からは、総理からの挙手を求められて、「俺が行くしかないんでしょ」と頭を掻きながら進み出た厳波と、「私にはわずかながらでも面識があるという利点があります」と申し出て、「そこまで荷を背負う必要はない」と総理に引き留められたが、厳しい表情を崩さない関が選ばれた。

 広報室と公営放送協会からの2名は、記録要員である。

 護衛として自衛隊員が同行するのは当然なのだろうが、司厨長がついたのは、もしかしたら最後の飯になる可能性もあるので……という配慮であろうか。


      ◆


 ローター音を響かせながら、眼下の島影を臨む。

 機体は陸上自衛隊のCH-47J チヌーク。タンデムローター式の大型輸送用ヘリコプターである。災害現場でも活躍しているので、映像で目にされたことがある人もいるのではないだろうか。

 着陸できそうな場所を目視する。

 峻嶮な外輪に囲まれた島内で唯一見える城のような建物から伸びる一本の回廊の先に、高層ビルの屋上に設置が義務づけられているヘリポート(サイズ)の天盤が見える。そこに着陸できそうだ。但し、その場所は砲撃があれば真っ先に破壊されそうな感じなので、人員や機材などの搬出を終えたら、その下の内庭に着陸しなおした方が良さそうに思える。

 積み荷を降ろし、その積み荷にしがみつくような形でしゃがみ込む。ヘリコプターのローターが回転数を上げ、再び、上昇した。


 ヘリコプターが舞い上がるのを見届け、乱れた髪を手櫛で整えると、蔦の覆われた門の前で出迎えと思われる女性に近づいた。

「初めまして、日本国で外務大臣を務めます厳波と申します」

 そう言って、差し出す。この使節団の代表は、厳波となっている。

 おっ、この長耳は国連の総会ホールの時に魔王さんの隣に控えていた美少女(バニーちゃん)では……。

「握手ですか。(わたくし)たちには、そのような習慣はないものですから。私は魔王さまの主席報道官をしています、レヴィアと言います」

 手を前に揃えて、軽く会釈をされた。

「そうなんですね。いやぁ~、海外では握手がデフォルトなのですが、我々、日本人にもその習慣は薄くてですね~」

 美人に目尻を下げ、急に言葉が崩れた厳波は、差し出した手を戻して、頭を掻く。

 関とも挨拶を交わして、こちらへと案内されるが、その先は隙間なく蔦に覆われた門である。ぱっと見、勝手口のようなものは見当たらない。その隙間からは魔王城が望めるが……。

 中世ヨーロッパの城などでは、バラの生垣を柵として用いた例もあるようだが、これもまた同じような流れをくむものなのであろうか。

 レヴィアが何かを囁いて、その表面を軽く撫でる。その蔦が一瞬震えたかのような挙動の後に波打ちながら動き出した。その後には、人が通り抜けるに十分な通路が出来ている。

 その現象に驚きの目を見張る。


 一番若い自衛官が少し興奮している。

「先輩、先輩、あの女の人、兎耳が頭から。もしかして、もしかしてですか」

 自衛官の同僚に話しかけるそれは小声ではあるが、レヴィアの後ろに続く厳波たちにも聞こえる音量である。

 確かに厳波も気にはなってはいた。厳波は40代、創作物でそのような種族が獣人と呼ばれることも知っている。アメリア人なら、その耳で想像するのは宇宙人かもな……とつまらないことを考える。


 門をくぐると、城の玄関までは細い一本道が続く。

 但し、その両脇は、急峻な崖。切り立った山脈の稜線を尾根歩きするような感覚である。右を見ても、左を見ても大海原である。そう言えば、このような景色であるならば、山の強風、いや、強い海風にさらされてもおかしくないように思えるが、風は適度なそよ風である。

 公営放送協会の撮影スタッフがハンディタイプのカムコーダーを担いで、早速、映像を記録している。

 自衛官が左右に割れて後ろについている。当然、回廊の端を歩くことになるのだが……。若い自衛官がわくわくしているのを感じて、厳波は少しイラッとした。

 風が無くても、ここを歩くのは正直、怖い。魔王を名乗る者の城に赴くのにも、勇気がいると言うのに、物語の主人公はこういった場面を進んでいく設定だったというのか。恐らく、頭のネジが数本抜けているんだと思う。




 城に着き、吹き抜けの玄関ホールに入ると、結婚式場で見るような緩やかな弧を描いた左右から上る階段を横目に一階の回廊を進んでいく。

 突き当りの部屋に案内された我々は、それまでの道中から想像していたような室内を目にすることになる。中世ヨーロッパの石貼りの壁面に暖炉、厚手のカーテン、精緻な意匠の応接セットなどなどである。

「ご滞在中は、この部屋を中心に左右の個室をご利用下さい。それと、この部屋を出た前室に一般宮女を少なくとも一人は滞在させていくように致しますので、何かございましたら、その者に申し伝えて下さい」


 そこで新たなメイド服姿の女性が、遅れてきたパイロットたちを連れて入室してきた。

「皆さまのお世話係を務めます、ジェミニ・ンと申します」

「丁寧な対応をありがとうございます。早速だが、この国の代表である魔王さんとの面会をお願いしたいのだが、よろしいだろうか」

 内庭の樹々が一望できる部屋の奥の窓から戻ってきた厳波がレヴィアに要望を伝える。

「その点につきましては、魔王さまのご予定をお伺いした後にご連絡を差し上げます。

 そして、みなさまに、この城に滞在するに当たって約束して頂きたいことがあります。

 まず、この部屋は皆さまがたがお過ごしになりやすいように環境を調整してあります。それ以外の場所については、皆さまの健康を害する可能性がございますので、出歩くのは制限しませんが、控えた方がよろしいかと思います。

 但し、地下階や特定の上層階への立ち入りはご遠慮下さい。また、城内で許可なく従者の撮影をすることも禁止いたします。

 不適切な行動があった場合は、即座に島外へ退去して頂くことになりますので、ご了承くださいませ。

 では、お食事までの時間をお寛ぎください」

 そのまま、美人さんは二人とも出て行ってしまった。

 丁寧な物言いではあったが、一線を引いたその態度に、二の句が継げなかった厳波は慣れない素振りで肩をすくめる。


 自衛官の隊長が、室内洗浄を行えと命を下す。それは、不審な物はないかとか、脱出ルートの確認などを指す。この辺りは要人警護の仕事ということなのだろう。

 結果、不審物はなし。

「なんですか、あの風呂!ある意味、高級ホテルのスウィートルームに泊まるよりも貴重な体験ですぜ」

 中世の城に泊まる機会はそうはないだろう。

 内庭を眼下に望める付属庭に出る勝手口はあったが、内庭に降りる道など、そこから先に繋がる道はなかった。つまり、実質、この部屋から外に出るには、入ってきた扉が唯一の出口と言う事になる。

「隊長、そう言えば、俺たちを案内してくれた別嬪(べっぴん)さん、ずぅ~と、目を閉じたままだったんですけど」

 パイロットたちが、揃って頷く。

「なんだ、それは?全体として、特になんだと言うものはないが、なんかぴりぴりとくるものはあるな」

 こう言う時は気を引き締めておかないと後悔することになると隊長が叱咤(しった)する。

「そう言えば、健康を害する可能性ってなんですかね」

 と若手が首を傾げた。

 それも気になると隊長が答えるのを聴きながら、関と厳波は、最初に接触してきたのは原発事故についてだったことを不意に思い出していた。


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