017 官房長官と人狼族の少女
宮都府に向かう新幹線の中で、関は思う。
もしも、白華国があの島を占領し国土としたならば……。
領土・領海はもちろんのこと、その周囲の200海里(370km)という排他的経済水域(EEZ)を手に入れることになる。
それだけではない。その島に行くまでの道という理由を掲げて、海上ルートを形成するだろう。
相手が協調的かつ融和的な国家であるならば問題ない。
しかし、恐らくは、白華国の漁船を守るためなどの理由を挙げて、警備船による我が国の船舶の排除行動を行うであろうことが容易に想像できる。それは南の海で既に白華国が行っていることだからだ。
つまり、我が国は南から東にかけて、大洋に出るための道をすっぽりと封鎖されることになる。海洋国家である我が国にとって、それは致命的で、死活問題になりかねない。
行き詰った我が国は、かの国の枠組みの中で、かの国の許す範囲で、ひっそりと息をしていくしかない状況になる
さらに、問題なのは、白華国の暴挙を防ぐための現実的な手立てがないことだ。
魔王国と国交を持たない我が国もアメリア合州国も、同盟を理由とした軍事的な選択肢をとることが出来ない。
魔王国は国連にさえも加盟していないのである。
あるとすれば、無政府状態であるとか、独裁者などによる非人道的な行為が明らかな地域に対して、国連の安全保障理事会で保護を目的とした決議が採択された場合であろうか。
しかし、それも時間がない。あったとしても、白華国が拒否権を行使するだろう。
では、単独で魔王国と国交を結んで、支援行動に移るか。
一週間にも満たない期間でそんな条約が結べる訳がない。
よしんば結べたとしても、その軍事支援を我が国民は許すだろうか。
その先に緩やかな死が待っているとしても、それを脇に置いて、軍事全てを反対する人々がいる。
その人々はその緩やかな死の状況になった際にも、声高にその状況になったことについて、声高に非難の声をあげることだろう。なんにもするな、でも、なんとかしろというのは、成立しないということを理解してくれないのだろうか。
結果として、今、とれる手段は、白華国に、非人道的な行為は慎むように要請する程度のことである。だが、それをあの国が聞くだろうか。聞く耳など持つ訳がない。
それらの心配の前に、既にその島に魔王国なる国が存在している事実については問題はないのか。
白華国ならば問題で、では、魔王国ならば問題はないのか。
それに対する答えは、「今はわからない」である。
言葉で表現するならば、魔王国は未知の脅威、白華国は現実的な脅威=今そこにある危機と言えるだろう。
「あんな10km2にも満たないような国にあたふたさせられるなんて……」
教皇が治めるバチカンを除けば、21 km2の国土を持つ太平洋南西部の島国が最小と言われている。
関は宮都御苑に到着すると、宮内庁宮都事務所に向かう。
「急ぎ立てして申し訳ないのですが、電話でもお話した通りに、殿上の長への面会をお願いしたい」
「はい、長の承諾も得ています。どうぞ、こちらへ」
すんなりと、面会が出来そうなことに、取り敢えず関は胸を撫でおろした。
侍従に先導されて、御苑内の千歳御所に質素な見た目の陰明門(筆者注、宜秋門を改名)を抜けて入る。こちらが日常に使われる門で、建礼門が正門であり、そこは殿上の長又は国賓が来訪した際にのみ開けられる。チビ魔王が使ったのは、ある意味で正解だった。
門の先には、チビ魔王に遊ばれた倉橋ら掌典が控える御車寄と諸大夫の間がある。そこから、倉橋たちは位階・官職などの公的資格をもたない地下人の立場にあることがわかる。
「突然の参上、申し訳ありません。
しかし、どうしても、急を要する相談事がございまして……」
「はいはい。そのことなら問題ありませんよ。
どうしたのですか」
相も変わらずの、懐の深さである。しかも、以前あった時よりも顔の血色が良く溌剌としている。
「実は、先日、長の元に見えられた魔王さぁ~んのことでお伺いしたいのですが、その後、何か連絡などがあったりはしませんでしたでしょうか。
実は彼らに早急に連絡をとって打合せをしたい事案がありまして……」
関が額から溢れてくる汗を拭きながら、殿上の長にお尋ねする。
「そうですね。あの後、私に対して直接の意志疎通はありませんでしたが、阿と吽に対しては遊びに来たり行ったりしているようですねぇ」
「そうですよね~。無いです……えっ、あるんですか!」
思わぬ応えが返ってきた。
勢い込んでの反応を見せた関に、少し苦笑いの殿上の長である。
「そう言えば、今も配下の方が来られていると思いますよ」
「会わせてっ、会わせて下さいっ」
◆
「こちらです」
再び、関は侍従に先導されて御所内を案内される。
「あちらです」
侍従が指さす先には、子犬と戯れる少女の図。
「では、用事がお済みになられましたら、宮内庁の方までお越しくださいませ」
侍従は案内を終えると、あっさりと戻っていく。彼らが仕えるのは、殿上の方であって、いち議員ではないからだ。
阿と吽は、もう一般人にも可視化できるまでの摩素を保有している。もちろん、支獣なので姿を見せなくすることも可能ではある。
「お嬢ちゃん、魔王さぁ~ん、えっ!」
関は、一緒に来た大人の人はいないのか尋ねようとしたのだが、その少女の様相に言葉を失う。
耳が側頭部にではなく、三角お耳が頭頂部についていた。
驚きに言葉を失っていると背後から声を掛けられた。
「ああ、その子は人狼族の少女らしいですよ」
声を発したのは、掌典の倉橋 嗣憧だ。
今日もジーンズに狩衣姿である。先日の服装は、夜間だから、無造作に、と言った訳ではなく、どうやら、この服装が彼の標準らしい。
「人狼って、あの……牙の生えた……毛深い」
それを聞いて、ループス・カがグルルルゥと唸っている。
関は、恐らく人狼と聞いて、狼男とかを想像したのだと思うが。
「年頃の女の子に毛深いと言うのは、どうなんでしょうか」
倉橋の言葉に、少女を見れば、鼻にしわを寄せて唸っている。最悪のファーストコンタクトである。
「こんなに可愛いのに」
と言いつつ、倉橋がルーの頭をなでる。
耳を触りたいけど、先日それで酷い目にあったので気を付けながら。どうやら、倉橋はケモナー(もふもふを好む者)だったようである。
「いっ、いや、違うんだ。君のことじゃない。別の人のことだ。だって、ほら、お嬢ちゃんは全然、毛深くないし、可愛いじゃないか!」
関には、実は一人娘がいる。この様子を見る限り苦労している……かも知れない。
ループス・カは唸るのは止めたが、警戒心をばりばりに発している。
阿は、そんな二人の様子を交互に見て、ん?と首を傾げた後、吽に肩を突かれ、関を敵判定したようだ。食餌をくれる人の味方につくのは定石である。
そんな状況を見て、倉橋は仲裁に乗り出した。
関は、いつの間にか、草の生えた地面の上にスーツ姿で正座状態である。
「そう、それでね。悪い奴らが魔王しゃまの国を攻めようとしているので、そのことについて、魔王しゃまに相談したいんだよ」
関は、魔王さぁ~を魔王しゃまと言い直すように、ループス・カに矯正されていた。
「ん、魔王しゃま、強い。じぇんじぇん、問題ない」
「でもね。悪い奴はすごくすごくたくさんで攻めようとしているんだ」
「だいじょーぶ。フォル姉もリリーもいる。ルーも戦う。だから、平気!」
「お嬢ちゃんみたいな、ちっちゃい子が戦うだなんて、とんでもない。そういうことにならないように相談したいんだよ」
関とループス・カの会話がかみ合わない。暖簾に腕押し状態である。
そんな中、ルーの手前で伏せ状態だった阿が跳ね起き、丸まったふさふさの短い尻尾を盛んに振り始めた。
「わふ、わふっ!」
ゆっくりと近づいてきたアクア・スの周りを廻り始める。
その姿を見て、吽がやれやれといった感じで頭を左右に振っている。しかし、同時に尻尾も左右に振れている。本心が隠せない。
「ルー、そろそろ帰りますよ」
「これは、アクア・スさん、お迎えお疲れ様です」
倉橋にも、尻尾が生えているように見えるのは気のせいだろうか。まあ確かに、アクア・スは佳麗という言葉が似あう妙齢に見える(…ボスッ、ぐはっ)女性ではあるが。
じゃれつく支獣に腰を落として対応するアクア・ス。正座の関と目線の高さは、ほぼ同じである。
彼女を見て、関が話しの通じる相手が来たとばかりに挨拶を始める。
「私はこの国で、国務大臣を務める関と言う者です。魔王国に迫る脅威について、ご相談したいのですが、お時間はよろしいでしょうか」
脅威と聞いて、困惑の表情を浮かべたアクア・スであったが、ああとばかりに思いついたようで、両手を重ねて答えた。
「それならば、想定の範囲内ですので問題ありませんよ」
「そんな……空母を含めた機動艦隊ですよ。大丈夫な訳ないではありませんか」
「いえ、まったく、全然?
それよりも、魔王さまの逆鱗にわざわざ触れようとする愚かな国に、この国の旅行者とかはいないのかしら。あなたが気にするのはそちらですよ。
ほら、ルー、行きますよ」
?で人差し指を顎に当て首を傾げる姿に、倉橋が目尻を下げている。
「じゃあっね~」
元気に跳ね上がるようにループス・カが阿と吽に挨拶する。阿と吽は荒い息と全振りの尻尾で挨拶を返した。
「いや、ちょっと待って、他にもお話が……」
立ち去るアクア・スたちを追いかけたいが、関は足がしびれて動けない。
そのまま、一人、がっくりと両手をついた……orz。失意体前屈である。
追記)
関 :「せめて、(魔王国の)連絡先だけでも……」
倉橋:「あっ、それなら、俺も(彼女の連絡先を)知りたい」
筆者注)幻島の10km2は、東京23区で最も狭い台東区とほぼ同じ面積




