SS 015_R 働く長官2(後)
その者は無遠慮に室内を見渡した。
「少々邪魔をするよ。君がこの国の大統領と呼ばれる源人であっているか」
白のピンストライプの入った黒スーツを身に着けた不審者が口を開いた。
首席補佐官が大統領と不審者の間に身を置き、幕僚が銃を抜き、大統領自身は机の天板裏のボタンを押した。
「そうだが、君は誰かね」
大統領の姿勢は変わらない。態度も落ち着いたものだ。
「私の名は、アガレス。魔王さまの元で統監を務めている」
背中の羽根や爬虫類の尻尾を隠すと、その辺の源人と見た目はそう変わらない。ただ存在感と言うか、鈍感でなければ、危険な匂いを感じ取れるだろう。
「その名での面会はなかったと思うが、約束は取ったのかよ」
首席補佐官のこめかみに汗がつたった。こいつはヤバイ、本能が逃げろと言っていた。
「魔王と言うのは、日本の御所と国会に現れたと報告にあった者か?」
「何故、来ない!」
中央情報局の次官が日本政府でも知っている者が少ない情報を知っていたことも驚きだが、北の秘書室からも北西の回廊からも連絡が入っているはずなのに誰も来ないことも驚きだ。分析官が北西の扉を開けようとしても開かない。
「悪いが、この部屋は隔離させてもらった。落ち着いて、話がしたくてね」
アガレスが肩をすくめる姿が妙に様になっている。
BANG!
幕僚が銃を撃った。
ここはアメリア合州国だ。銃を撃つことにためらいがない。
そして、楕円の平面をした執務室は、主軸でも10.9mだ。外しようがない。
Chun
不審者の腹部に当たったが、弾は跳ねた。
「意志のこもっていない武器では、私を傷つけようがない」
再び、アガレスが肩をすくめた。
BANG!
跳弾は壁にめり込む。
「Stop!」
BANG!
「Ouch」
大統領の制止も聞かず三度発射された弾丸は跳ねて首席補佐官の腹を抉った。
ここまで来て、ようやくアガレスが動いた。
幕僚の腕を叩く。乾いた音を立てて、前腕がくの字に折れて、拳銃が床に投げ出された。
「脆すぎる……はぁ~、話しをしに来ただけなのに。源人とは何故に、こうも野蛮なのだ」
アガレスは額に指を当てて、頭を左右に振る。
場に静寂が戻る。但し、緊張感は張り詰めているし、首席補佐官のうめき声は漏れている。
「ようやく静かになった。では話をしようか。
我々は、この後、国連総会でとある宣言をする。それに国として、賛意を示したまえ。
そうそう、それと、そなたらの国は日本に対して影響力を持っているそうだね。かの国にしている提案に対して、背中を押してあげてくれるかね」
「どんな宣言だ。
いや、それがどんな事であれ、アメリアの意志は世界の意志だ。お前ごときに左右できると思うな!」
手を腹に押し当てていた首席補佐官が、言い終わると膝から崩れ落ちた。
だが、その声も姿もアガレスには届かない。彼が見ているのは最初から大統領一人だけだ。
「デニー、もう良い。しゃべるな
我々は暴力には屈しない。どんな要求にも応じない」
大統領が止める。
「世界の意志か……源人と言うのは、どこまでも愚かなのだね。無知もそこまでとなると、哀しささえ覚える。
それに、言い忘れていたが、これは要求ではないよ、取引だ。
後、それをやったのは、私ではないね」
アガレスは不法侵入の罪は犯したが、それだけだ。暴力を振るったのは彼ではない。
そして、彼は宙から小瓶を二つ取り出した。
と同時に、背中に蝙蝠の黒い羽根を生やし、爬虫類を思わす尻尾で床を強かに打つ。彼、本来の姿を現した。
「あ、悪魔……oh.Jesus」
「君の娘は明日をも知れぬ身だ、そうだね。この薬ならば、それも完治するだろう」
そう言うと、別の小瓶の封を切って、中味を高い所から首席補佐官の腹部の銃創に垂らした。
傷口から泡が立ち、銃弾が押し出され、何事もなかったように修復されていく。
大統領の娘の件は極秘だった。遺伝性の難病は娘の命を後数週間としていた。
アガレスが得た情報とはそのことだ。
尤も、誰かが漏らしたのでもない。宝石商を訪れた病院関係者から得た“情報の断片”で知ったのである。
ためらう大統領の側で、3発の銃声がなり、3つの遺体が転がった。
亡くなった幕僚の身辺が徹底的に調査された。
小瓶の存在は、誰も知らない。
筆者注)地球の人類は摩臓がないので、魔王さまの世界で流通している回復薬に基本的に適性を持たない。但し、薬の開発過程やその後の研究(摩臓に障害を抱える病など)によって、希少ゆえに高価にはなるが存在する。




