015 建国宣言
国家とはなんであろうか。
『一定の領域に定住する人々が作る政治的共同体。主権・領土・国民で構成され、統治機関を持つ』
と辞書にはある。
とは言っても、現代において、とある村の村長が村民らの同意の元にその村を国であると言い募ったとしても、それを周りの者が国家として認めるということは先ず有り得ない。しかし、どの国家も黎明期にあっては、その村と似たようなことがあって、現在に至っているという国家がほとんどであることは歴史を学んだ者には周知の事実なのではないだろうか。
つまり、認められるということが必要なのである。そこで、大事なのは誰にということである。
例えば、国連で議決を取り、承認が多数であったら、それは国家なのか?
現在でも、分離独立や国家の分裂などにより、新しい領域や政府が誕生した際に、その領域を国家として認めるかという議論が生まれる。
国連で議決をとるのは、国連に加盟することを認めるか否かであって、実はその国を国家として認めるか否かの議論をしているのではない。
しかし、国家として扱うという前提があっての議論なので、それが認められれば政治的に国家として認められたということになる訳である。
国であるか否かという議論は、すっとばして議論をしているということだ。
そこで承認されれば、国家として認めないという反対意見があったとしても、国家として周知されるであろう。
ややこしい話しに感じるだろうか。
つまり、話しを要約すると、
『国家の承認というのは、認める相手が居れば良いだけで、例え他の国家がそれを認めないと言い募ったとしてもそれには影響されない』
国際法うんぬんを持ち出せば否定される場合もあるが、いくつかの領域間で、あなたは国、うちも国と言い合える関係性があった場合は、彼らの間ではお互いが国家なのである。周りがそれを追認するか否かは、その関係性には影響を及ぼさない。もっとも、多数に認められた方が、経済・軍事・政治において有利に作用するということも、みなさんならお気づきであろう。
◆◆◆
「ぐふふ、魔王さまと一緒です」
レヴィアが、後ろ手に身体を前に倒し、身体を左右に揺らしながら、上目遣いで魔王さまの周りをぐるぐると廻る。
「ん?一昨日に会ったではないか。それよりも我の恰好はこれで良いのか?」
「ぐふっ、魔王さまはいつでもカッコイイですぅ~」
通常運転のレヴィア……ではなくて、少し暴走気味のレヴィアである。
「本日は、一日、魔王さまのことをよろしくお願いいたします」
アガレスに朝一番にそう言われてから、興奮しっぱなしのレヴィアである。
(今日は、魔王さまと一緒。魔王さまを独占。あたしの魔王さま……ぐふふっ)という訳である。
「レヴィア、そ、その本当に大丈夫か」
言葉の意味合いとしては、もちろん、服装のこともあるが、目の前で奇怪な動きを見せるレヴィアについても含まれている。
「はい、万事、私にお任せくださいませ」
「うっ、うむ、そうか?」
「あっ、連絡が入りました。今が、ちょうど良い頃合いのようです」
右手を少し熱くなっている顎側部の機器に添えて、連絡を受けている。
「では、魔王さま、参りましょうか」
さっと、魔王さまの左腕を抱き込み、レヴィアは身体を魔王さまに密着させる。
「うっ、うむ。では、行くぞ。“ゲート/移動門”」
◆
国連総会。
国際連合の主要機関の一つで、安全保障理事会と並ぶ最高機関である。国連に加盟国する全ての国家によって構成され、様々な事案や事象について討議している。まあ、その決定に拘束力はないし、行動も伴わないので討議しているだけの場であるが……。だが、より多くの国家から出席者が集まる稀有な機会であることは間違いないことである。
それは、ニューヨーク市の国連本部ビル内の総会ホールにて開催される。総会ホールには国際的な中立を意味するために、加盟国からの寄贈品がない(フランスの芸術家による壁画はあるが、これは国連協会を通じて匿名で寄贈されたもの)。また、世界地図が題材となっている国連紋章がある唯一の会議室でもある。
休憩の合間に、日本人の国連機関職員と立ち話をした後、小用を済ませて、議場に戻ってきた外務大臣 厳波 漆文である。
少し張ってきた肩に手を当て、首を前後左右に倒す。
(今日の議題もあと少しか。明日は経済会議議長主催の朝食会に、ハイレベル会合、後は、あぁ~紛争に対しての閣僚級会合か)
朝から、盛沢山である。席について、ペットボトルの水を口に含んで飲み、ほっと息を吐いた。
ボンボン、ボンボン、マイクを叩く音が片耳ヘッドセットマイクに伝わる。
「各国からの列席者の皆さん、長の会議、お疲れ様でございます。残りの議題の討議に入る前に我らが主人からのご挨拶を挟ませていただくことになりました。敬意を持ってのご清聴をよろしくお願いいたします」
(なんだ)
檀上及び横の放送席に目を向ける。
総会ホールの演壇は2段になっている。手前の演壇席で一人の男がマイクに声を入れていた。
会場がざわつく。
「テロリストか?」
このような場での不審者に、真っ先に口に出るにふさわしい対象だろう。
「ん、宝石商か?彼が何故このような場に……」
議場内の数か所に似たような言葉が囁かれる。どうやら、檀上でマイクを握る男に心当たりのある出席者がこの場に何人かいるらしい。
その台詞からも察せられるように、背中に生えた羽根や、爬虫類の尻尾を、彼の姿に見出すことができない。幻術のようなものなのだろうか。彼を知る者も彼の本当の姿を見知っている訳ではないのかも知れない。
だが、檀上の周りの雰囲気を見る限り、会議の関係者ではないらしい。
国連ビル内には、一般向けに見学者コースが設けられているが、彼らが議場内に紛れ込めるほど、ここの警備は甘くない。
「君!そこで何をしている。どこから入った。すぐにそこから降りたまえ!」
警備担当者たちが、議場内に紛れ込んだ不審者に対して、警戒しながらこの場からの退去を促す。
檀上の男は、軽い感じに頭を振ると、何かを呟きながら手を左右に振り向ける。
警備担当者たちが彫像のように動かなくなった。まばたきをしているところを見ると、どうやら意識はあるらしい。
議場内の目が、その騒動に注視していると、いつの間にか、上の演壇に二人の人が現れていた。
そこに上がるためには、集まっていた警備の者の横をすり抜けていく必要がある。また、一段高くなった場所なので、場内からの視線を避けて登壇することは出来ないことだった。しかし、現に人がいる。
この場にそぐわない外套をまとったその者は檀上で左右を確認しながら、演台を見ると少し眉をひそめる。
そして、片手を振ると、檀上から演台が消え去った。
ぐわん、きーん。
演台のマイクなどのコード類が切断されたためなのか、ヘッドセットから鳴音が鳴り響く。議場内のあちこちで顔をしかめて、ヘッドセットを耳から浮かせる者たちが続出する。
再び、外套の者が手を振ると今度は背もたれの高い精緻な意匠の椅子が現れた。
(どんな仕組みだ?)
外套の者は、その椅子に腰掛け、ゆっくりと脚を組む。椅子の肘置き台に肘を立て、その頬を支えると、ようやくに声を発した。
「この惑星における国々の関係者の諸君!元気かね。………我は、魔王である」
(ああ、なるほど)
なんとなく、そんな気はしていた。そして、出発前の官邸での一幕を思い出した。
「厳波くん、いいか、良く聴いてくれ。近いうちに国連本部にて、何かが起こるかも知れん」
「久坂部さん、それはもしかしたら例の話しですか。テロのような形で何かが起きると言うことですか」
「どのような形のものになるのか、わからん。わからんのだ。だが、何かが起こるであろうと私は想定している」
閣議室に侵入した者たちの威圧感は半端なかったようだが、射蔵さんに至っては、「何、マントと羊面とちっちゃい女の子だ。どおってこた~ねぇ」と言っていた。まあ、あの人の場合、話し半分というか、周りからの情報も合わせて精査しておかないと、事を正確に受け取り損ねることになりかねない。
「で、俺にどうしろと」
「特に求める行動はない。ただ、その場に居合わせたなら、動じるな。彼らの言動、そして、廻りの反応を五感に焼き付けて、“帰って来い”!」
帰れって強調して……。それって、死ぬなってことだろ。マジか、そこまでのことなのかよ。
そのやり取りを思い出して、議場内のことよりも先に非常口の位置を確認してしまう。
「ついてないのか。ついてるのか。まあ、お仕事しますかね」
官僚であれ、誰であれ、人が事に当たっての反応は二つに割れるであろう。何事もなく平穏無事も望む者と、生きているからには何か事を為したいと望む者と……。
そう呟くと、肝が据わったのか。泰然とした顔で議場内に目を向ける。
事態がここに至って、とうとう議場内が騒めき始めた。
ここまで、発砲などが“まだ”あった訳ではないので、パニックを起こしたり、我先に議場内から脱出しようという者はいなかった。それは国家という看板を背負ってこの場の来ているような連中ばかりである。みな、それなりに修羅場も潜ってきているであろうし、神経が図太いというか、ちょっとやそっとでは動揺しない精神の持ち主が多いであろうと思われた。
椅子に座る魔王を名乗る者の横に立っていた、褐色の肌に背中に流した銀白色の髪、それと目を引き付ける頭頂部の長耳をつけた美少女が一歩前に出て、一度は唇につけた右手を前に伸ばして指を鳴らす。
「“フィトンチッド/森の息吹”」
さわやかで新鮮な感じのする空気が、波紋を描いて議場内に拡がる。
それを受けて、騒めき始めていた議場内が静けさを取り戻した。
美人さんが微笑んで、魔王に軽く会釈をする。それに対して、場内でチッと舌打ちをする音が数か所で発せられる。
魔王が再び、口を開く。
「この度、我はそなたたちの隣人となるべく、国を造った。我、魔王が率いる国家である。それ故、本日、この場に、そなたたちの前に話に参ったという訳だ。
これは、我が魔王国の建国の宣言である。
よろしく頼むよ、諸君」
続いて、美人さんが声を開こうとするが、魔王の宣言を聞いた議場内が再び騒がしくなる。が、先程、舌打ちをした辺りから、「静かにしろ、声が聞こえないじゃないか」と声があがり、議場内が声を聴きとれるほどの静けさを取り戻した。
我が国の国会では、こうはいかないだろうなと厳波は思う。何せ、罵声を会議中にあげる、小学生にも劣る連中だからな。こんな雑念を想えるほどに、彼にはまだ余裕があった。
「では、簡単な説明を……“リモートビューイング/遠隔透視”」
「!」
美人さんが口ずさむと、空中にどこかの島と思われる映像が映し出された。
これには厳波も驚いた。空中投影ディスプレイは一般にまだ普及していないし、この会場にも設置されていない。それを持運び大で為す技術を持っていることが推測されると言う事だ。
「魔王さまを主をする我々の国は、この世界においては太平洋上の北緯33度51分東経157度23分にある島を領土としています。
今後はみなさんの国とも交流を計っていきたいと考えておりますが、
まず、日本国と和親条約を結ぶことになると思います。次いで、地勢状、アメリア合州国とも。
日本に施設を設けるので、みなさまからの連絡は、取り敢えず、そちらで……ということになります」
ちっ、領土の話しは既定路線ってか、気に入らねえ。
美人さんが発言を終えると、魔王を名乗る者が一言付け加える。
「では、皆の者よ、楽しんでくれたまえ」
魔王を名乗る者が外套を翻すと、演壇の上からその姿はもちろん、その者が座っていた椅子も消え去っていた。
まさに魔に化かされているかのような空気がその場を支配していた。
魔王さまが演台をどこかにやってしまったためにマイク等の設備が破損、つまり、同時通訳ができない状態であったにも関わらず、そこにいたほとんど全ての人間が、魔王さまらが話したことを何故か理解できていたということにその場で気付いた者はいなかった。




