SS 014_R 失神勇者は今
「マコトちゃん、食堂の食器、下げちゃってくれる?」
「はぁーい」
元気に返事をした私、稲光 真琴。日本生まれの高校2年生。と言っては見ても日本という国はこの惑星上にはない。私は、このフィアーバと言う世界に摩法という不思議の力によって、召喚されてしまったからだ。召喚したのは、この世界のシナヘゲモニ公国の源人族たち。理由は魔王を滅ぼし、擬人や獣人たち異民族を支配し、その領域を奪うための手駒となすため。私は、勇者の付箋を貼られ、私の自由意志を阻害する隷属の首輪を嵌められ、魔王さまに対する暗殺者として送り出された。
結果は失敗。
私の身体がこの世界の環境に耐えられなくなり、魔王さまの一歩手前で倒れてしまったからだ。薄れゆく意識のなかで、元の世界に帰りたいとか、家族や友達に逢いたいとか、美味しいご飯が食べたいとか、いろいろ想って涙が流れたが、一番の想いは人殺しとして人生の幕を閉じることにならなくて良かったということだった。だって、そんなことをしたら、たぶん、お父さんやお母さんの夢で逢えたとしても、笑って“サヨナラ”出来なくなるもの。
でも、私は生きていた。
首輪を外され、身体を治療してもらって、今は、ここで働いている。
滝沫亭。魔王さまの城下町ランダブバスで、魔王城のあるフォッセッタ湖に近い場所に立地する宿屋。
アクア・スさんという綺麗なお姉さんに連れられて、身体が慣れるまで、この宿に居られるようにしてくれた。今後についても、どこに行こうが何をしようが自由であると、魔王さまの命を狙ったことについても不問にしてくれた。優しい目を向けられ、頭を撫でられ、背中を擦られて、思わず泣いてしまった。この世界に来てから、そんな仕草で私に接してくれる人なんて、いなかったから……。
その後、数日は宿の部屋で、ぼぉーっとしたり、滝の側で川に足をつけて、バシャバシャしていたり、何も考えずに日が過ぎていた。
だけど、次第に身体が動くことを要求し始める。
なんにせよ、この世界で生きていくしかないし。
取り敢えず、宿の手伝いをすることから始めた。
宿の女将さんのカテリーナさんは、魔王城から私の宿代や食費は頂いているから、そんなことはしなくていいんだよ、と言ってくれたが私の気持ちを汲み取って、宿の手伝いをさせてくれることになった。但し、給金は出ないよ、働いた分は魔王さまから頂いた分から相殺するからねとのこと。意外と厳しい。
「それが終わったら、健診に行っておいで。確か、今日だったでしょ」
カテリーナさんも、何だかんだで面倒見が良い。この世界で生きていけるように治療をしてもらえたが、術後の経過やその他に異常が見られないか、定期的に検査を受ける必要があるらしい。
「何、深刻な顔をしてるのさ」
不安が浮かんだ私の顔を見て、そう言ったのは近所の靴屋のおっちゃん。滝沫亭の食堂を利用するのは宿泊客だけじゃない。近所の人たちもやってくる。この犬人族のおっちゃんも朝食はいつも、この食堂で済ませる。
「魔王さまが助けてくれたんだろ。だったら、嬢ちゃんはこっち側で暮らせばいいのさ。源人族だって、問題ねえのさ」
ごっそさん、と銅貨を数枚渡してよこす。
そう、この街の人々は何がしかの形で一度は魔王さまに助けられたことがある。源人族に迫害を受けていた者、摩物に殺されかけていた者、畑の作物が育たず途方に暮れていた者……さまざまな事情であるが、ひょいと現れ、ちょいと助けて、少しだけの生きる道筋と生きる活力を与えて、去っていく。礼を受け取ることは無いし、継続的な面倒も見ない。ただ、時折、大丈夫かどうか、ちらりと見に来るだけである。魔王さまは、偶然とか、ちょい気晴らしとか言うが、街の皆はその気持ちを正しく受け取っていた。
そんな話しを、うれしそうに語ってくれる人たちの街がランダブバス(降誕の地の意)なのである。
吊り上がった目つきで、喧嘩腰の口調で、ギスギスとした感情が振りまかれていたシナヘゲモニ公国の城とは大違いだった。
◆
朝の忙しさが一段落したところで、女将さんに断って、魔王城に向かう。
ペッティネの滝の横の昇降回廊――馬車でそのまま乗れる、一段が部屋大の昇降装置――で上がって、フォッセッタ湖の湖畔を周回している乗り合い馬車に乗り込む。馬車と言っても、引いているのは馬じゃない。ダグリッチというデカイ鳥――って言うか、恐竜?――である。こんなところでも別の世界であることを感じさせる。だけど、湖面から流れてくる風や、小舟で漁をする人たちの姿は元の世界と大差はない。
魔王城の正面で馬車を降りる。城と言っても、石垣の土台に幾層もの瓦屋根という日本風のものではなく、石造りの城壁に半円形の塔の組み合わさった西欧風の白亜の城だ。正門に向かって歩いて行くと、門から数人の獣人さんたちが出てきた。向こうは私に気付いていないようだけど、近隣の村から来ているという、うちの宿泊客のようだ。頭を軽く下げて、すれ違う。正門に着くと、そこには門番がいる。2m近い身長で、外骨格に覆われたその身体は昆虫のようで、槍の先端に斧が付いたような武器を身体の側に立てて、直立している。
「ナニシニキタ」
この片言のように聞こえる話し方も少し怖い。ちなみに私は召喚時にこの世界の言語理解も組み込まれたようで、この世界の言葉を聴いたり話したりできる。
彼らのことは、シナヘゲモニ公国で擬人であると教えられた。残虐で人を喰らう化け物であると。確かに見た目は怖い。
擬人=人の形に偽る者、人の形に擬態する者と言った意味で付けられた呼称である。直立歩行はするものの二足であるとは限らず、頂部に頭部があるが、目鼻口も一組ずつとは限らない。その呼び方も、要は源人族から見て、彼らを同じ人であるとは見做さないという意志が感じられる。彼らのことを、死んで甦った者、殺しても死なない者の意をこめて、魔人(狭義には修羅族や鬼人族などのことを指す)と呼ぶこともある。そこには、正直に言うと、怖いという感情も含まれているだろう。また、魔王領の住民のほとんど全てが、彼ら擬人か獣人のどちらかである。獣人、これはわかるであろう。身体の一部に獣の痕跡を有している者たちのことである。源人族から見れば、人に成り切れない者であり、蔑視の対象となっている。
身長が150cmと少しの私は見上げるようにして、アクア・スさんからもらった免許証大のカードを提示する。
「侍医長のマルバスさまの元に。定期健診で伺いました」
門脇の窓口の守衛に私のカードが渡り、何かの器械のスリットに通している。確認が取れたようだ。私の手元にカードが返って来る。
「ヨシ。トオレ」
魔王城の中は、ひんやりとしている。湖畔に建っているためなのか、石造りのためなのかは、わからないが、人が意外と少ないこともそう感じられる一因かも知れない。前に来た時よりも人が少ない。ほとんど、人とすれ違うことなく、侍医局にたどり着く。
「マルバス先生いますか~」
医局と言っても、ここは病院ではなく、待合室や診療室がある訳でもない。雰囲気はどこぞの研究室と言った感じに近い。何しろ、彼女たちは侍医、つまり、基本的には魔王さま専用のお医者さまなのである。
「オマエカ、ハイレ」
死角から、ぬっと出てきたその姿に、思わず、ヒィッと息を飲み込んでしまう。何回見ても慣れないその姿は、超昆虫種クモ類の恐らくバエルさんかブエルさん。正直、彼女?彼?たちを見分けることは私には無理だと思う。
「し、失礼しま~す」
健診も何回目かを数え、マルバス先生の居そうな場所も分かっている。
「マコト、来たかにゃっ」
白衣を着た二足歩行の猫が現れた。身長は130cmくらい。手を伸ばしたら、ちょうど具合の良さそうな高さにぴょこぴょこ動く三角お耳がある。うずうずする右手を押さえて挨拶を交わす。
「はい。にゃんこ先生、今日もお願いします」
にゃんこ先生……健診の時に思わず漏れた呟きを捉えられ、その時からそう呼ぶように言いつけられている。
マルバスとかバエルとかアガレス(魔王軍の一番えらい人)とか、普段使いなれない響きの名前よりも呼びやすいのは確かである。
ただ、にゃんこ先生は三角お耳などの見た目から猫人族だと思いきや、イモータルキャットという魔族であるらしい。その証拠に、にゃっと、お尻から生えた2本の尻尾を見せられた。
私には、この世界の住民には必ずあるはずの摩臓という臓器がなかったらしい。
いや、普通は無いでしょ!
摩臓は、心臓と対称を為し胸部中央にあるべきはずの器官で、体内に取り入れた摩素を循環させるための器官なのだと言う。摩臓なんて臓器は私の世界の人間は誰も持っていないし、そもそも摩素なんて聞いたことがないと言うと、二重に驚かれた。
摩素がないと言うことと、体内の臓器の在り様を知っていることについて。私の国では教育で習うので大抵の者が知っているというとさらに驚かれた。
この世界は不思議と技術が発達しているように感じるが、この世界の住民は、機能的で便利な生活というよりも、おおらかでゆったりとした生活を好んでいるように思える。
私は、この世界の者で先天的に摩臓に欠陥を抱えているものがなる病気“摩素不適合症”に罹ったのだと説明された。摩素が循環もせずに体内に余剰に蓄積することにより、引き起こされる病気なのだと言う。
その対処として為されたのが、摩臓に擬態したスライムを体内に移植すること。私の身体の中にスライムがいると聞かされた時は、気が遠のいていく感じがした。スライムが体内に入った代わりに、生気が口から出ていく感じ……。が、にゃんこ先生によって創られたスライムは、摩法陣によって、その機能を固定され、私が死ぬなどしてその摩法陣の機能が停止しない限り、生体としてのスライムの活動をすることはないのだという。
このスライムも定期的に交換する必要があるらしい。
本来の勇者召喚ではなく、邪法の勇者召喚によって、この世界に呼ばれた弊害=“生贄にされた者たちの怨念”を“希望の力”と同時にその身に宿すことになったマコトである。複雑に絡み合ったその怨念を魔王さまは解くことができなかった。
無理に行えば、マコト自身が壊れてしまう可能性が高かったからだ。
故に魔王さまは、祭祀のパイモンに協力させ、摩臓に擬態するips-s(induced pluripotent stem slime/人工多能性幹粘液状細胞)に呪いを集める摩法陣を積層構造で追加し、そのスライムを適時交換するように指示したのである。これにより、摩法を初期のものしか行使できなくなるという欠点はあったが、呪いにより、その身を持ち崩す可能性はかなり低くなっていた。
にゃんこ先生に脈を確認され、目を覗き込まれ、心音を聞かれて、寝台に横になるように指示される。
「その後、調子はどうかにゃ」
「特に異常は……あっ、ご飯が美味しくなりました!」
もう、何を食べてもカレー味とか、何を食べても激辛味付けの国に行ったかのように、何を食べても苦く感じたのである。水さえも、そう感じることがあったので、その意味でもこの世界に希望を感じる余地が生まれなかった。
「なるほど、にゃ」
にゃんこ先生いわく。摩素が体内を循環するシステムが出来上がったことで、それまで毒だと認識していた摩素を栄養として感じ取れるようになったせいではないかとのことだった。
そんな話しをしながら、診察は続く。にゃんこ先生の眼が光っている。私の体内が見えるらしい。本当に不思議だらけである。
「もう少ししたら、摩法を使っても大丈夫か、治療的訓練を始めるかにゃっ」
シナヘゲモニ公国で、私が摩法が使えないことが判明したときの蔑んだような目つきが思い浮かばれる。
「えっ、私、摩法が使えるの……」
「程度は下位のものだけにゃけど、摩素が循環するようにゃったし、使えないことはにゃいと思うにゃぁ~」
「え、えへへっ」
思わず、顔が緩んでしまった。この世界に来て、元の世界では考えられないほどの身体能力を身につけていたけど、摩法がある世界で摩法を使えないというのは、公国に嫌味を言われなくても、私自身が残念に思っていたのだ。
浮かれている私を見て、勝手に出来るかどうか一人で確かめるようなことはしないようにと、にゃんこ先生に釘を刺された。
◆
「たっだいまっ!」
うきうき継続で、滝沫亭に帰ってきた私。
「お帰り、マコト」
女将さんが出迎えてくれる。が、すぐに、私のうきうき気分と対称をなす、食堂の一画に出来た暗~い雰囲気に気付いた。
「カテリーナさん、彼ら、どうしたの?」
あのまま放置すれば、あの一画にきのこがのこのこと生えることだろう。あ~、チョコが食べたい……。
良く見れば、城の正門前ですれ違った彼らである。
「どうやら、当てにしていた将軍さまに断られてしまったらしいのよ」
彼らは、ランダブバスから離れた村の住民である。その村の近くに自分たちの手には負えない強い魔物が出没するようになり、その討伐を嘆願するために魔王城まで来た。お願いしようとしていた獅子族の将軍は、そういった場合、「俺に任せろ!」と二つ返事で承諾してくれるのが通例なのだそうだ。
ところが、その将軍はつい先日に東の第一大門の宿将に出世してしまったらしい。
東の第一大門は“地獄門”と呼称され、東の源人族が攻め入ってきた時に最後の砦となる最重要区域である。それほど重要な門の守護者に任命されたのであれば、その持ち場から寸時たりとも離れることが能わないことは村人たちにも理解できることである。
厳しい重圧があるのか、少し痩せたその将軍に「済まない」と頭を下げられて、村人たちは途方に暮れているらしい。
しかも、城の守兵たちも人員が不足している様子で、また、東の源人族の奴らが何か仕出かしているのかと、その点についても不安を覚えて帰ってきたのだそうだ。
魔王さまの暗殺を謀ったマコトとしては、そんな話しを聞いて、なんか責任の一端が自分にあるような、申し訳ない気持ちがしてきた。
「う~ん、その話し、私が受けちゃおっかな」
「ちょっと、マコトちゃん?」
女将さんが慌てて止めに入る。
「カテリーナさん、私、こう見えて結構強いんですよ」
女将さんが疑わしさ全開でマコトを見る。カテリーナの目から見たマコトは、小柄で痩せっぽちで、魔王城の医局に通わなければならないほどの病弱である。到底、マコトの言うように強いなんて言うことは信じられない。
「おじさんたち、その話し、私が受けよっか。有料で!」
マコトは、ちゃっかりしていた。
村人たちも、源人族の小娘には無理なことだと断っていたが、マコトの押しに負けて依頼することになった。
そして、あっさりと魔物たちの討伐に成功してみせるのであった。
マコトは、それから宿の手伝いの傍ら、冒険者を謳って、魔物の討伐を請け負うようになる。
とある出来事を知るまでの話しだが……。
筆者注)一般的な宿将の意は、「経験に富んだ、すぐれた将軍。老練な武将」
ここでは、文字通り、門に宿る将軍の意で使っています。




