014 勇者育成の暗示
その日、魔王さまは新しく出来た魔王城を始めとして、 幻島の島内を散策していた。
地球上に勇者育成のための足掛かりとして、新たに島を造らせ、そこに拠点を設けた訳だが、実際には日本への中継地として寄るだけで、そこで生活することはもちろんのこと、そこで何かをしたということが全くなかった魔王さまである。
最下階にある“地獄門”の扉を出て、地表に向かう。お供はジェミニ・ンである。今日も平常どおりに目を瞑っている。
地階部分には、この地の生物の生態を調査している医系技官の部署があるくらいで、後は倉庫と空室なので通り過ぎた。
建物の一階にたどり着くと、窓を開けて、内庭を見下ろす。大きな池の中に小島があり、周囲を様々な樹種が目を喜ばす。赤や黄の色づきだけではない。緑にも深さや艶など色々と味わいがあるのだ。小島には橋を架けられているが、前面は洲浜で船着き場まで中に点々と飛び石がおかれている。周囲の木立の中には園路があり、築山や巨石が配置され、中途に休憩のための茶亭まで設けられていた。
両手を大きく広げ、深く呼吸をする。
「うむ、悪くない」
方向感覚を狂わせ幻島の存在を偽装する外側と、物理・摩法障壁の役目を為す内側の、二重の結界によって、この世界からは分断された空間にはフィアーバと同程度の摩素濃度が維持されている。熱さ寒さに耐性があり、環境の影響をさほど受けないとは言え、彼らにとって、住み慣れた環境であったほうが気持ちがいいことに違いはない。
アルファベットのAに似せたその島は、馬蹄形カルデラ――その生成過程を考えれば適切な表現ではないが――のように外輪が峻嶮な岩肌を露わにしている。その外輪の内の底に沿って、サクランボ、桃、林檎、柿、梨といった温帯の初夏から晩秋にかけて実を為す果樹が植えられていた。果樹を選定していることについては、その実の結実具合によって摩素に対する適正を判断するというくらいの意味程度のものしかないようだ。
他の世界に繋がっているのである。籠城などについて考える必要もないということである。
他にも、区域に分けて、いろいろな植物が植えられているようで、フィアーバに移植する前の実験農場的な意味合いが強いようだ。
その場に立って、周囲を見回す。内海に波が入り込んでいる。この部位にも陸と海面にかなりの高低差があり、落ちたら登って来るのが大変そうだ。あとで柵を設けておくようにと、お供のジェミニ・ンに伝える。
視線を少し上に向けて見ると、外輪の南面にあたる斜面に銀色の鱗のようなものが生えている。これもまた、エレメンタル姉妹の実験か。もしくは、この島の警備を任せている海の巨人族であるフォルニョートの美的センスが反映されているのかもしれないなとも思う。
最初に訪れた時は岩としての地肌しかなかったが、あっという間に緑を主とした色彩が勝つ光景となっていた。
植物の色彩や匂いなどを堪能した魔王さまは城に戻る。とは言っても、城が立っている高さに上がるには外輪の斜面につづら折りのように設けられた階段を上る必要がある。だが、それは魔王さまのための施設ではない。魔王さまは膝をたわめて跳んだ。行きは飛び降りている。
階段を上り切った先にあるのは、直径20mほどの天盤である。
この世界の客人を迎える場合には、ここに転移させるつもりなのであろう。
外を見ればこの場所が絶海の孤島であるとよくわかるような大海原が延々と続き、内を見下ろせばそんな中に命の息吹を感じさせる緑の楽園がある。
そして、目に一番印象深く映るのは、峻嶮に聳えるように建つ魔王城。なかなかに良い演出である。
天盤から魔王城に向かう回廊に進む前に茨で閉ざされた門がある。ジェミニ・ンが先に進み、何かを囁いて、その茨に触れると、茨は生き物のようにうごめき一人分の通路をつくった。
砂色の高さの異なった方形を組み合わせ、方形の上には漆喰の白に木の柱や梁、筋交いを露わにした円柱に紺色の円錐の屋根をのせた塔が目立つ魔王城を眺めながら回廊を歩くのも良い。
そして、魔王城を見上げることになるのだが、そこには門番よろしくフォルニョートがいた。
「こんなところで何をしている」
彼はこの城の警備責任者である。門番が必要ならば、他に適切な者がいるであろう。人員が不足しているのならば、増員を考えねばならない。確かに巨人の門番というのは、魔王さま的には好みの設定ではあるのは間違いない。
「うんやぁ、ここの海風が一番気持ちいいで……」
漁民である海の巨人族としては、納得の答えが返ってきた。責任者うんぬんの言葉は藪蛇になる可能性が高いので飲み込む。
「そ、そうか。それは良かった」
脱力感にも似た疲れを覚えて、魔王さまは散策を切り上げて自室に戻ることにした。
◇
戻る途中、従者の控えの間から、ピコピコという聞き慣れない音がする。
なんの音かと気になって覗いてみると……首に注連縄を巻いた見覚えのある生き物と目が合った。
「わふっ!?」
前右脚を上げたままで、目を丸くして固まるそれに魔王さまは声をかける。
「何故、お前がここにいる」
「あう?」
何を言われているのかわかりませんとばかりに、それは首を傾げて見せる。
真ん丸ふわふわの蹴鞠(毛玉?)状態からは多少犬らしき態を為してきた感はあるが、相変わらず身体は手足も短く全体的にこんもりとしていて、頭はマズルも出ておらず耳も若干伏せ気味でやはり真ん丸……柴犬の生後一か月といった雰囲気のそれは、明らかに、日本の宮城で出会った支獣である。
「お前が言葉を理解できることはわかっているぞ」
魔王さまが、支獣の頭を鷲掴みにかかった。
以前、痛い目にあったのを覚えているようで、支獣は慌てて跳び退る。
そこをループス・カが抱き抱えた。
「魔王しゃま、虐めちゃらめ!」
「ルー、そいつをどうした?」
「拾った!」
「おいおい、そいつは飼い犬だそ。持ってきたら、駄目だろう」
自信満々に答えるルーに、魔王さまは頭を抱える。
「わふぅ~」
「問題ないって」
人狼族と支獣の戌。大括りで同じイヌ科ならば、言葉が通じるものなのか。
「本当かよ。いいから、返してこい」
「やだっ」
若干、涙目なルーに手を焼く予感がした魔王さまは、横のジェミニ・ンを見るが、彼女は目を開かず、いつも通りに静かに佇む。目を開けなくても彼女が廻りを把握できることを魔王さまは知っているし、彼女は知られていることも知っている。そこに関わり合いたくないという意志を感じ、保護者(兼、女官長)を呼ぶように伝える。
「魔王さま、どうなされましたか?」
やってきたアクア・ス。そして、部屋内に支獣を見つけると、「あら、遊びに来てたのね」と、摩物の干し肉を取り出し、しゃがんでそれを振る。それを旨そうに噛む支獣。
「餌付けしたのか……」
頭痛がしてきた魔王さま。
魔王さまのその様子に、支獣は送り迎えもしているし、殿上の長とは友好関係を保っているし、何事も問題なく円滑に進んでいると伝えられる。
アクア・スは殿上の媼の検診に時折に赴いていた。この世界の源人に、摩素主体の回復薬を使った試験体である。しかも、摩素の少ない世界で、結界に包まれて少しは摩素の多い環境で生活していた被検体は貴重だ。経過を観察することは大事なことなのだろう。
この幻島には千歳御所とは比較にならない程の強力な結界も張ってあるし、彼らの狛犬像がある場所なら、いざ知らず、摩素があるからといって、いかな支獣と言えども勝手に入って来れる訳ではない。
配下が勝手に動いてしまっている訳だが、そう聞かされれば、もともとランダブバスでも魔王さまが指示を出して運営している訳でもなく、問題がないのなら、まあ良いかと思ってしまう。
支獣の犬ころも摩素が多い場所のほうが過ごしやすいらしい。この体躯で長らく時を過ごしてきただろうと推測されるが、道理でこの短期間に姿形が大きくなっているはずだ。食餌にも摩素が含まれていたほうが旨く感じるのであろう。その点については、魔王さま自身も最近、体験したばかりのことである。
そうと判って、魔王さまは長椅子に座り込む。隣にルーもやってきて、再び、ピコピコと何やらモニターを見ながら続きを始めた。
「ん?パソコンという奴か?」
ここでアルフォンスがカチカチと旧式な電子端末を操作していたのは知っている。
「魔王しゃま、違う~。これは、テレビゲーム」
テレビは映らないが……。そして、先程、城の外で見た銀色の鱗は太陽光パネルだったようだ。
フィアーバにも電気はあるが、摩素を触媒に世界からエネルギーを引き出し電気に変換している。溜められる電気は有用だからだ。
「郷に入っては郷に従え」と言う言葉がフィアーバの世界にあるかはわからないが、幻島に娯楽の波が押し寄せてきているらしい。
魔王さまは漠然とそれを眺める。
それは、勇者が仲間を集めて、摩物などを倒しつつ、各地を廻り、最終的に魔王を倒すという物語のようだ。
画面では、マオウと言う名の勇者が、動く骸骨の集団を倒したところだった。軽快な音楽が鳴っている。
テーブルには、お茶の用意がなされ、持ってきたテケリ・リ自身が、お茶請けをむぐむぐと口にしている。
少女ふたりに囲まれた家の主。その様子は、少し前の日本の団らん風景のようだ。
ぼんやりと眺めていた魔王さまが、ふと思う。これは勇者の育成そのものではないのか。出来事を通して、解決の過程で戦う力を身につける。そして、最後に天盤に転移して、その目が見上げる先には魔王城。そこで、待ち構える“我”。
「ふふふ、悪くない」
筆者としては、ループス・カがこのゲームをクリアした時に、魔王さまに3段階の変化を見せて欲しいとせがまないことを祈るばかりだ。
「承章 建国宣言」も半ばまで進んでまいりました
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