013 働く長官
Walking Worldwide NEWS
チャラチャチャチャチャラァ~、軽快な音楽でテレビ番組が始まる。
「スリーダブルエヌの時間です。まずはこちらのニュースから。
本日9:30頃、千葉ネズミィーランドにおいて、発煙騒ぎがあり、来場者数十名が原因不明の意識障害の状態となり、近隣の病院に緊急搬送されました。尚、病院において治療にあたった結果、数時間後には全員が意識状態を回復し、後遺症等の心配は見られないとのことです。
開園したばかりの時間帯でまだ入場者数も少なかったということですが」
「一時現場は濃い霧のような白煙が立ち込め、テロ騒ぎとなったようですが、従業員の方々の適切な誘導などにより、大きな混乱には至らなかったということでした」
「そして、こちらをご覧ください」
ピントの合っていない動画が流される。
「……その場に居合わせた視聴者の方から提供の映像なのですが……はい、ここ!」
人の肩の拡大映像や、ぶれた映像が流れる中、一瞬だけ羊頭の被り物をした人物の姿が映し出される。
「この映像の人物、従業員はもちろん、どうやら来場者にも記録がないようなのですよ。警察庁では、この人物が一連の騒動の関係者の可能性があるとして、この人物の行方を……」
◆◆◆
フィアーバ、ランダブバス、魔王城内。
「あなたも忙しいと言うのに、お願いをして申し訳ない」
アガレスのその言葉に、バエルが刃物のような右上の手で、壁際の棚を指し示す。その先には、通常では見られないカラット数のダイヤモンドが木枠のなかに収められていた。その横の銀色のトレイのなかには、それよりもカラット数の落ちるダイヤモンドが間に綿毛を挟みつつも無造作に山になっていた。そこの中に在るもの中には千万円単位の価値の品々も混ざっている。
侍医部門は現在、地球の生物の生態研究に忙しい。バエルの部下たちは、幻島に出張しており、かの世界の源人素材の“情報の断片”の収集に忙しい。バエルには得た情報をまとめる仕事もあった。
総務府長官のアガレスは、その合間を縫って、事業の手伝いをお願いしているのである。
「ワレラ、メタ・インセクト種ノ複眼ノ代用ニナレバ、トモ思ッタガ」
どうやら、摩素を含んでおらず、それは叶わなかったらしい。超昆虫種のクモ類であるバエルには顔の前面の大きな複眼とそれに平行して頭頂部に2つとそれに正三角形となる位置の後頭部に2つの単眼がある。それと左右の上下腕と前脚と後脚を合わせた4本の脚を持っている。
「それについては、私に少し思案があります。試してみてから、再度、お持ちします。それと追加もお願いできますか」
アガレスが持ってきた箱から、バエルは右下腕の4本の指でダイヤの原石を一つ取り出す。
「ワカッタ。シカシ、コレニ、ドノヨウナ価値ヲ求メテ、イルノカ……理解デキヌ」
「得てして、源人と言う者はそういうものですよ」
アガレスは、アメリア合州国のニューヨークで宝石商を営んでいる。実利と人脈を求めてのことである。
活動資金については、転移で拝借する考えもあったが、それはこの世界の者に為し得ないことであり、後々、我々のことが知られていくうちにそのことが行動の制限につながる可能性を考慮したのである。手間はかかるがダイヤモンドの売買は、百億、数十億円で買い取られ、我らの財源となり、使い道のない石ころを有難がり、そのような金銭の使い方が出来る者との人脈作りに役立っていた。
ダイヤの原石は、祭祀の力でパイモンが見つけ、アガレスらが転移で取り出すことで楽に入手できたのである。
「さて、これはあの州知事に渡して……おや、レヴィア、それは?」
自室に戻るために廊下を歩んでいたアガレスが、前方から枕に顔を埋めながら歩いてきたレヴィアとすれ違う。
「これは魔王さま分の補給を……ではなく、魔王さまの枕とシーツを洗浄して差し上げようかと」
「それは宮女たちの仕事では……。確か魔王さまがこちらにおられなくても、その居室の維持に必ず一人は残しておくようにと決めていたはずですが」
それに、そう度々、洗浄されていると、魔王さまが御自身が臭いのかとお気に為されるのでは……。
「魔王さまに快適に過ごして、抱いて頂きたい、いや、頂きたい気持ちは、私も変わりないのです。なので、問題ありません」
魔王さまの枕を取られてなるものかと、アガレスからそれを遠ざける。
「責めている訳ではないのです」
「問題無いのです……」
寂し気にいうレヴィア。頭頂部の兎耳もへにょりと垂れている。
「いや、それならばいいのですよ」
アガレスは、歩みを進める。後ろを見れば、立ち止まったままで、肩を震わせながら、枕に顔を埋めるレヴィアの姿があった。
「ああ、そろそろ厳しいかも知れませんね。しかし、私でも向こうの情報を精査しながら、地下工作の指示や実行をこなすのは無理ですからね」
なので、幻島での情報のまとめと指示出し役に、掌典職のパイモンが必要だ。かと言って、ランダブバスの管理も疎かにする訳には行かないので、必然的にレヴィアをこちらの魔王城に縛り付けることになる。魔王さまと常に一緒にいたい彼女にとっては、苦行に等しいものがあるだろう。
「人材が不足していますね」
しかし、人材が不足しているからと、大法官のボティスや、財務長官のブネを、総括責任者として兼任させるのは、業務的に問題が起こりそうである。
「……さてと、どうしたものですか」
あれこれと思考を巡らせながら、自室に戻ると、アガレスの使い魔であるイヴィルアイたちにまとわりつかれる。彼らは黒い綿毛のように見える丸い霧の塊からコウモリの羽根を生やした下位魔である。大きさは翼開長で25cm程度。アガレスはこれらを連絡用に使っているのであるが、イヴィルアイはその移動には次元移動を使い、その際に綿毛に隠れた“透魔の目”を開く。
手に抱えていたダイヤモンドの入った木箱などを執務室の机の上に置くと、人材について考えていたからか、ふと、勇者情報の探索時に使役していた上位魔のことを思い出す。
「お前たち、少し、静かにしなさい」
アガレスの周りを舞うイヴィルアイたちに叱責の言葉をかける。羽音も立てず、無言だが、目にはうるさく感じる。
彼らもレヴィアと同様に、ご主人さまと離れて、ずっと執務室にいるのは寂しく、つらい想いをしていたのである。とは言っても、そう易々と異世界を行き来することは出来ない。“地獄門”を使用するなら比較的安全であるが、存在力の少ない下位魔が冥界を通ろうとすれば、あっという間に“情報の断片”と化してしまうであろう。
執務室から寝室に入り、部屋の隅に置いてあった、情報探索に使役した悪魔のはいった台車付きの檻をごろごろとウォークイン クローゼットに移動する。
このクローゼットは、衣服などを収納しているという良くある意味のものではなくて、秘密の~という意味で用いられる方である。
その小部屋の床には、冥界につなげるための摩法陣が描かれており、他にもそれらを制御するための摩法陣であるとか、部屋のあちらこちらに紋様が描かれている。
アガレスは、床の摩法陣を起動させると、檻のなかに手を伸ばし、霧のような姿の悪魔を引きずり出す。そして、それを摩法陣の上方にかざすと、それは光を帯び――“情報の断片”化しているためである――散り散りとなり、虚空に消えていく。
「冥界にて、切磋琢磨するが良い」
人材のことを考えれば、せっかくに集めたこれらを解き放つのはもったいない。これらを器を与えて現生させれば、何がしかの役には立つだろう。だが、この中には民を統制できる才覚の者は見当たらなかった。アガレスの基準は高く、量よりも質を求める型であった。
冥界で、“情報の断片”は弾かれたり吸収したりを繰り返して、より強い光を放つ存在になっていく。文字通りの切磋琢磨である。悪魔にとって、それが自らの格を高めるための通常の手段となっている。
檻から掴みだして放ってを繰り返していると、入口のほうで何かがざわめいている感がある。気になり振り向くと、イヴィルアイたちが少し開いた扉の隙間で押し合いへし合いをしていた。厳密には、その内の一匹、シマンを部屋の中にいれようとしていた。5匹いる使い魔のうち、シマンだけは灰色を帯びており、そういうことはたまにあるのである。
見れば、シマンの背中?が薄く光を帯びている。存在力の低い彼らは、冥界の引き込もうとする力に非常に弱いのである。
「お前ら、そういうことはやめろといつも言っているだろう」
魔方陣に背を向け、シマンたちイヴィルアイを押し出し扉を閉めた。
「まったく……」
そして、また、檻から悪魔を引き出して冥界に返す作業を再開する。
「そう言えば、摩素を含んだダイヤモンドか。炭素を高温高圧で合成することで得られるのであれば、その過程で摩素を加えて……」
檻を覗き込んで、全て返したことを確認すると檻を壁際に寄せて、寝室に取って返した。
摩法陣の薄く残った発光現象が消え去り、濃厚な闇が部屋に再び訪れた。
アガレスが背中を向けている間に抜け出した、その闇と同じ色をした一つの黒い霧は部屋の隅でじっと身を潜めていた。




