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009 殿上の長との会談(前)

 宮都(ぐうと)上京(かみぎょう)区付近、深夜。

 碁盤の目に区切られた街の中心に、時と喧騒にも切り離されたかのように佇む築地塀の内に目的の方はおられる。

 式典や行事、それに海外の要人への対面などは、首都東京の大手町の宮城にて行うが、日々の公務や祭祀は千歳御所にて行われている。

 それは地名からも察せられるだろう。宮都とは、宮室の都城を略筆したもの。大陸で言う所の天子が住み、都城は御殿を中心とした宗廟及び官庁とその周辺の市街地を囲んだ城郭都市のことをそう呼ぶのだから。

 街灯と明滅する信号機の明かりが街を飾っている。ビルの窓には明かりが見受けられるところも多々あるが、道行く者の姿は少ない。


「ほう、それは興味深い。是非にも()うてみたくなったぞ」

 その言葉通りにその日のうちに、魔王さまは目的とする場所を訪れようとする。

 尚、アガレスはランダブバスの魔王城に帰還し、幻島の差配は今はパイモンが握っている。

 恐らくは、六絃琴(suddenly)をかき鳴らしているだけであろうが、それはそれで精霊種であるエレメンタル姉妹には心地よいものになるのだろう。


 本日の魔王さまのお供は、女官長である。

 「一人で良い。子供扱いするな」という魔王さまの言葉に聞く耳を持たずに、アクア・スはにっこり笑顔でついてきた。

 初めての土地で魔王さまが羽目を外さないようにするお目付け役としては、ぴったりの人選である。

(しかし、民に何の指図をすることもなく、民を慈しみ、守り、その敬愛の念を一身に受ける者ですか。ふふふ、どこかの誰かさんのようですわね)

 見上げるばかりの摩天楼。二つ目を煌々と輝かせ走る鉄の箱。宙の星の姿を隠すほどに街を覆いつくす灯りの数々。

 それらに興味津々に目を輝かせても、アクア・スと目が合うと途端に、はしゃいでないし的な素っ気ない表情に変えるその誰かさんに向けて、アクア・スが慈愛の笑みを浮かべる。


 鉄と石とガラスで出来た宮都(まち)に、ひっそりと息づく自然の精気が満ちている宮都御苑がある。迎賓館や仙洞御所は案内人(ガイド)付きではあるが一般公開されている。御苑内に在する神社もしかりである。民と近しい関係であることが、そこからもわかる。

「ずいぶんと無防備なのだな」

「反乱や政変などとは縁遠いのでしょう」


 御苑の木立の中を誰何(すいか)も受けずに歩みを進める。宮都御苑は陽が落ちれば、関係者以外立ち入り禁止だが、アクア・スが人払いの術式を組んでいる故だろう。

 二人の歩みには迷いがない。おおよその場所は聞いていたが、目的の人物の在所まではわからない。

「霊的結界か」

 それが答えである。誰しもが、隠したいもの、守りたいものに、何もしないでいるというのは難しいものだ。

 白砂の道に囲まれた築地塀の奥の木立は(さかき)である。榊は境木と表されることがあるように、神と人の領域の境界を表す木である。このように結界の補助として使われることも多々ある。


「……これは面白い。では、その趣向に乗ると致すか」

 大概の者にはこの結界を認知するのは難しいのだが、魔王さまの目には白砂の道の中ほどに空間の揺らぎが見えた。

 白砂の道――役割としては堀の機能も備えている――を歩けば、音がする。魔王さまならば、一足飛びに越えるのは簡単だが、そうした者は結界の警戒に引っかかるという訳だ。

 結界の基点となっている石像も確認したが、それを敢えて無視して押し切ることにする。

(ふふふ、楽しくなってきた……)


 白砂の前、木立の際に適度な間隔を空けてベンチが備わっており、二人とも腰を下ろすと、自らの霊体の一部を離脱させた。

 それで生まれた見かけの姿は、如何にもやんちゃなチビ魔王の姿である。もしも、この場にレヴィアがいたら、鼻息を荒くすることは請け合いだ。

 魔王さまが留守を頼むべく振り返れば、彼の本体は頭を彼女の太股に置き片膝を立てさせられて、“彼女の膝枕にくつろぐ彼氏の図”に態勢を変えられていた。

 チビ魔王は思わず額に指二本を当てて黙考したが、本筋を思い出し――バカをしている他人(ひと)を見ると自分は冷静になるよね――前・後ろと恰好に不備がないか確認させれば、薄目を開けた本体の魔王に行けとばかりに手を振られた。

 チビ魔王もあまり変わらぬ様子で手を振り返す。と言っても、どちらも本体で同じ意識を共有しているのである。右手と左手でじゃんけんをするのと似たようなものである。

 ただ、こうすると自ら体験もでき、さらにその行動を俯瞰で楽しめる。一度に2種類の楽しみ方が出来てお得なのである。

「アクア・スは、ここで我の身体の番をせよ」

(ふふふ、これで小うるさいアクア・スをも封じることができる)

 アクア・スも、チビ魔王の状態でも誰かにどうこう出来るとは思わないが、もしもがあったとしてもこれならば実質的な被害はほぼないので、大人しくベンチで帰りを待つことにする。とは言っても、もしもがあった場合はこの周囲に死霊が満ち溢れることになるのは間違いのないところではある。

 チビ魔王が建礼門に向けてぺたぺたと軽快に歩いていく。実際は白砂に荷重がかかることは無く無音だが、その様子は彼の心の高揚をいかようにも表現している。


 彼は結界の手前で止まり、左手を軽く伸ばした。何もない空間で異物を弾くように放電が散る。

「かき消すのは簡単だが」

 それに無理やり身体をねじ込んだ。

「さてと、どう出てくるのかな」

 魔王さまならば、本来の力の十分の一も発揮できないチビ魔王の状態であっても、結界に波を立たせることなしに中和するなり干渉するなりして、相手にばれることなく侵入することは容易いはずであった。


      ◆


 不寝番(ふしんばん)として、千歳御所の警備に努めていた者が閉じていた目を開く。

 御所の警備および皇族の護衛には、警察庁に籍を置く皇宮護衛官がついている。だが、音や振動、赤外線などの対物センサーが反応しなければ、いかな優秀な彼らでも気付きようがない。

 対処に動き出したのは、殿上の長直属の配下である。

「ん!これは、挑発か」

 そして、チビ魔王の悪戯は(まが)うことなく相手に伝わった。

 結跏趺坐(けっかふざ)の姿勢を解いて、足早に侵入者の元に向かう。



 建礼門を抜けて、この御所の(あるじ)の元に歩みを進める。

 続く門に、左手を掲げる。前に立つ者が子供の姿ゆえに、その門は依り大きく見える。

 土の地面があり樹々があるからか、それとも結界が張られているからか、少なくはあるが摩素を感じる。

 だが、魔王さまには、それで充分だ。

 門が軋む。腕に力はこもっていない。それどころか、手が門に触れてさえもいない。

 だが、門が悲鳴を上げる。(かんぬき)に変形が進み、木材中の繊維が耐えられずに切れ始めれば、それは瞬時に折れた。

 チビ魔王の視界が開けた。


 広い白砂の庭の奥には、紫震殿が構える。(へいあん)の建築様式で建てられた重厚な趣きの前で、これまでに様々な儀式が執り行われたことだろう。

 そして、この建物を過ぎれば、殿上の長が普段居住する清涼殿が目の前となる。


 覇者の微笑(ほほえみ)と言うよりは、やんちゃ坊主の笑いを浮かべたチビ魔王がその軽快な足取りを止めた。わくわくとした興味の先は紫震殿の左右に立つ二本の木だ。それらが、うっすらと光を帯び始めた。

 やがて、光の粒が収斂し、左の桜と右の橘の根元に何かが現れる。

「ん?あれは犬か」

 手足が短く、全体的にころころとしたと言う表現が似合うふわふわの2匹の白い戌である。首輪の替わりに紙垂(しで)がついた注連縄を巻いているために、さらに丸く、ころころ感が強調されている。

「わふ!」「わふ!」

 警告の咆哮がこれまた可愛い。一吠えして、横に跳んで、また一吠え。それを繰り返す。

「なんだ。撫でればいいのか?」

 チビ魔王の戦意が削がれる。これもある意味、攻撃なのか。

 そこに真打が登場する。

「よくやった。()(うん)。見事な足止めだぞ!」

 彼は殿上の長に仕える掌典(しょうてん)が一人、倉橋嗣憧(しどう)


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