SS 001_R 勇者の子守歌
大陸の中央及び東部地域は源人族の国々が広がる。
その真ん中の広大な土地を占めているのが、シナヘゲモニ公国。源人族の国のなかで最大の人口を有するが、その貧富の差は激しく、その富と権力は一部の者に集約されている。その中でも、随一の実力を持つシー・チンチン公が皇帝となるべく圧制の手を強めている。
その北には国土面積こそはシナヘゲモニ公国と同じくらいに広いが寒冷な気候ゆえに耕作地は少ない北雷連邦が広がる。連邦制ではあるが、一人の国家元首による強い指導力と豊富な天然資源を背景に他国には影響力を有している。一般的にはその指導者の名を取って、ミルジーチンプー連邦と呼ばれる。
東端は三日月型の半島が突き出し、その額とあご先を大陸にぶつけている。大陸との隙間は塩湖である。また、半島は上下に国が分かれ、北半分はノースダイヤルン王国、南半分は大ガンピプル国である。
その南西にはテブルガルフ市国という島国がある。
そして、大陸の南方は、戦乱続きで、新たな国が興ったり、国の支配体制が変わったり、合従連合を繰り返したりと常態的に領土の支配域が変動している小国家群である。
◆
俺の名は、チョ・ロイ。
両親はいない。魔族どもが放ったオークの襲撃に依って住んでいた村が無くなったからだ。唯一の生き残りだった俺は町の神父さまに引き取られ育てられた。そして、いろいろと教えられた。俺の家族の姓であるチョは全てを超えるという意味なのだという。
また、そこに居た3つ上のシ・リーガルという女の子にも出会った。似た境遇を持ち、教会に期待されていた彼女は、法という意味の名を貰っていた。
いつも一緒に手をつないでいた俺たちはいつしか恋人どうしに……ぽっ……じゃなくて、(ある意味)勇者と性女聖女と近隣で呼ばれるようになった。
そして、国王さまから、魔王を滅せよという命令ともに聖剣が届けられた。
俺の両親を殺し、村を滅ぼした魔族どもに復讐するために費やした努力が実を結んだのである。
一つの想いと共に俺は魔王討伐を神殿で誓う。
『魔王を倒したら、俺たち結婚するんだ』 注)告白はまだしていない。
◆
大ガンピプル国から旅立ち、数々の困難を乗り越えて、その間に仲間を増やして、やっと西の森にたどり着いた。
「ようやく、魔の森に着いたか」
「魔の森ではない。西の森だ。我が国の祖先の赤子は聖なる泉にて産湯を使ったんだ。それなのに、今は毒の沼地にされ瘴気を吐き出す泉に変えられてっ。くそっ」
戦士の一人の呟きに、勇者チョ・ロイは正しい名称と歴史を教える。民を導くのも、勇者足る者の使命であると思っているからだ。
「だいたい、我が祖先が東下する際に、当時、未開であったお前たちの祖先に文字や鉄の製錬などを伝えてやったことなども知るまい。腕力だけでなく、頭も鍛えるべきだな」
「なっ、なにを言ってるんだ。こいつ!大した力も無いくせに」
眦を上げて重々しい表情で一つ間を詰めてきた戦士と勇者の間に、公国の南方出身の騎士チェン・ポーコンが割って入る。
あ~、ちなみにチョ・ロイが言うような事実はない。彼の祖国は民に平気で嘘を教える。北雷連邦が耕作地を求めて南下し、シナヘゲモニ公国と争いになった際に、戦が停滞し長期化の様相を見せたため、北雷連邦が占領していた三日月半島から引いて出来た空白地に、戦場泥棒のようにその土地の者が国を謳って出来た国がチョ・ロイの祖国=大ガンピプル国である。北雷連邦が食糧を求めての戦争であったが、その戦を続けるだけの食糧がなかったのである。
その戦の後、北雷連邦とシナヘゲモニ公国の国境には乱雑ではあるが長く連なった城壁=長城が出来た。シナヘゲモニ公国が北方の蛮族の脅威から身を守るために建造したのだ。しかし、国境線としては機能しているものの、余りにも巨大なため、城壁としての性能は思うようなものではなかった。さらには、北方の資源と中央の農産物、どちらもお互いの物産を必要としており、長城沿いには交易所が設けられ、盛んに取引が行われていた。魔の森までの旅程もその交易所を辿るように進んできたのである。
「森からお客さんが出てきたぞ」
森に入った早々に摩物が現れた。豚面の摩物“猪人族”だ。
魔の森=瘴気が湧き出すような森ではあるが、それは摩素が瘴気に変わるほど濃いとも言える。摩素が濃い森は豊かな森だ。それ故に、獣や摩物も多くなる。
長く旅してきたこともあってか、命令を出さずとも個々の役割を自覚して、各々で動き始める。
現れたオークは5匹。ワイルドボアのような顔で下あごから生えた上向きの牙と潰れた耳が特徴の醜い顔をしている。
先頭のオークに矢が刺さり、“ファイアボール/火球”の摩法が命中する。地面についていた前腕を上げて顔を庇う。
「魔王め。西の森に入った俺たちに気付いて、早速、摩物を送り込んできたのかっ。くそっ」
チョ・ロイが、その前腕に聖剣を叩きつけた。オークの前腕が千切れ飛ぶ。
その横を一匹のオークがすり抜けるように、頭を下げて、突進していく。戦士が叩きつける剣もお構いなしに、その鼻先は戦士の股ぐらに突っ込まれ、頭部を持ち上げながら強くひねる。
「グルルゥァァxx!」
戦士の鎧には腰から草摺のように外に垂らす防具が付いているが、内股にはそのような備えはない。
戦士は宙に跳ね上げられ樹に激突する。オークの牙に傷つけられた内股の血管からほとばしる血飛沫が樹の表面を染めた。
「大盾を地面に刺して、しゃくり上げに注意するんだ。早く、そいつに治癒の摩法を掛けろ」
騎士チェン・ポーコンが、喚くように言葉を投げつける。
「火属性の摩法はダメだ。森に摩物を呼び寄せられるぞ」
目前に迫ったオークに自らの槍を突き立てながら、チェン・ポーコンが矢継ぎ早に指示を出す。
拳闘士の放った正拳突きが立ち上がったオークの腹部に突き刺さり、雄叫びを上げたオークの振り払う腕に弾かれるように後ろに跳び退る。
オークの顔面に“ストーンショット/印地打ち”が命中し、目をつむり苦し紛れに振るった腕が地面の土砂をすくい上げ、後方の摩術士の頭の上に降り注ぐ。
乱戦である。
十数分後、肩で息をする勇者パーティは一人も欠けることなく勝利の喜びを分かち合っていた。
「行こう。まだ、先は長い。こんな奴らをのさばらせておく訳には行かない」
◆
勇者パーティは、魔王城の東追手門を見上げていた。
魔の森を抜けて、毒の沼地を森の中から覗ける場所にまでたどり着けたまでは良いものの、もうパーティ全員が疲労困憊で毒の沼地から溢れる瘴気を迂回する道を辿ることも、また、その先に待ち受けている魔王城での戦闘も到底こなすことなど不可能に思われた。
そこで、思い切った賭けに出ることにしたのだ。
今にも瘴気に飲み込まれそうになっている“聖なる泉”。この時に至って起死回生の一策となるのは、毒沼の中央にある“聖なる泉”に浸かることにより体力の回復を計ること。
その賭けは、一人の仲間の犠牲によって勝つことができた。
限界を迎えていた体力も魔力も回復し、身にまとう装備からは聖気さえ匂わせるようになっている。
問題はこの開け放たれた大門にある。門番や見張りの者の姿もない。
「やはり、罠ではないのか」
紫色の毒霧が煙っているとは言え、視界が塞がれているとは言えない毒の沼地を姿を隠すこともできずに渡ったのだ。
その際に襲ってきたのも、毒沼ワニが一匹のみ。しかも、仲間の一人を回転しながら沼底に引きずり込んだ後は襲ってくることはなかった。
「ポーコンさま、私、怖いです」
「心配召されまするな。騎士である私が聖女さまをお守りいたします」
国から強制的に魔王討伐を命じられた聖女は、道中もパーティの男どもをいろいろと癒しながら、ここまで進んできた。
「いやっ、聖女ではなく、リリーとお呼び下さいませ」
妖しい表情で騎士にすり寄るシ・リーガルを苦々しい顔で睨みつけながら、勇者チョ・ロイが自らのそばに来いと呼ぶ。
「魔族どもが放つ気配を探査してくれないか」
「もう、それくらいご自分でできませんの」
頬をぷくりと膨らませながらも、勇者の元に近寄って行った聖女の肩を抱きながら、勇者はちらりと騎士の顔を見る。
「頼む。君が頼りなんだ」
子犬のような縋る目を聖女に向ける。
「もう、しょうがないですわね」
持ち上げられたり、ちやほやされることは嫌いではないシ・リーガルである。
「門周辺にはいませんことよ」
「どちらにしても、ここにいる訳にはいかねえんじゃねえか」
「ええ、何が待ち構えていようと前に進む以外の選択肢は我らにはないのです」
戦士と摩術士が揃って、勇者に決断を迫る。
「そうだな。前に進もう!」
魔族がいないと判断したのであれば堂々と門内に侵入できるはずであるが、辺りを警戒しながら全員が腰を落として前に進む。キョロキョロとしながら歩むその姿はまるでコソ泥の集団である。
東追手門から臨める正面玄関から乗り込むつもりもない。通用口を探しつつ、身振り手振り、小声での会話を繰り返しながら慎重に歩を進める。
斥候も兼ねる身の軽い拳闘士と射手の二人が通用口らしき扉を見つけて、皆を呼び込む。
が、集まった瞬間、扉が外に向けて開いた。
下働きのインプ族である。源人族の集団を眼前にして、漆黒の表情に驚きを浮かべて身を翻す。
彼らから見れば、巡回する警備兵である。後ろから襲い気を失わせた。
止めを刺そうとする戦士を押しとどめる。
「そいつの血の匂いを他の魔族どもが嗅ぎ付ける。そいつ一人を減らしても、源人族に平穏は訪れないんだ」
そう目標は諸悪の根源である魔王ただ一人である。こいつら魔族どもは魔王を倒した後、皆殺しにすればいいんだ。
その後も複数の魔族を見れば身を隠し、一人で歩む魔族ならば拘束して、魔王がいるであろう城の上層部を目指す。
◆
物置のような薄暗い部屋にこもって、つかの間の休息をとった勇者パーティは、城内から一旦、外に抜けた。その先にあるのは例の第三大門である。
ここまで大きな遭遇はなく無事に進んで来れたが、さすがに魔王の元に行くまで、何事もなくという訳にはいかないらしい。
そこには、魔族の中でも凶悪とされる、青銅の肌に額の角=鬼人族に、赤銅の肌に白髪金目=修羅族の警備兵がいた。そして、その者たちが警笛を鳴らすと奥の門から魔族どもがわらわらと現れる。
「こりゃ、とんでもないところに出ちまったみたいだな」
「やるしか……ないということですね」
戦士と摩術士がお互いに頷き合う。
「皆、生き残るぞ!」
勇者が聖剣を頭上に掲げる。
戦闘が始まった。
射手が放つ矢と、摩術士が放つ火球と並ぶように、拳闘士が鋭い飛び出しを見せる。
その目標は、長ずれば腕が2対、3対と増えるとされる(事実ではないが……)赤肌白髪のアスラ族の戦士である。彼らも徒手空拳を信条としている。拳を交えるのであれば、やはり、彼らとまずは交えたい。揺るぎない想いのこもった一撃は、笑顔のアスラ族の戦士が左腕を立てることによってかわされる。そして、代わりに繰り出される右拳。唸りをあげて眼前に迫るその拳を拳闘士は身体を反らして、後方転回することによりかわした。そして、再び、拳に力をためる。
騎士チェン・ポーコンは、自らの身の丈と同じ長さの槍を、左向き直立の姿勢で左脇下に左順手で槍をかい込み、戦場を睨む。
その背後には、治癒士と摩術士が並ぶ。
摩術士は、水を流し、炎を踊らせ、風を舞わせ、土の形を新たにする。青、赤、緑、茶の色彩を帯びた摩法を宙に放つ。
治癒士は、戦士たちの気を整え、保護し、強化する。そして、かの者が傷つけば、その身を活性化させ、再び、立ち上がることを可能と為さしめる。
勇者と戦士はその身に光の雫をまといながら、魔族の群れに突貫する。
大地は戦士たちが振るう力と咆哮で引き裂かれ、大気はそれらの闘志に熱を帯び、物の焦げた匂いと剣が重なり合うことによって生じる金気の匂いが混ざり合う。
魔族は悲鳴を上げて倒れ伏し、地面に剣が、折れた槍が突き刺さり、壁面に焦げ跡を残す。
「行ける。行けるぞ!皆、後少しで勝利だ」
勇者が、皆に後少しの奮起を促す。
確かに、ここまでたどり着いた勇者パーティ11名、一人も欠けることなく、大地に立っている。その反対に何故か壁際の地面に固まるように倒れているのは魔族ばかりである。
しかし、勇者の鼓舞する言葉に呼応するかのように、魔族に応援の部隊が到着する。
「がっはっは、俺様、参上!」
その言葉に、わずかの間ではあるが、その戦場に立っていた魔族どもの動きが止まり、地面に倒れ伏しているはずの魔族どもが身じろぎしたように見えた。
戦闘に加わったのは、獣人の一団。その先頭に立つのは、肩当てと左胸のみの 防具に、腰部には草摺のような防具が数枚吊り下げられたような軽装で、両手持ちの 大剣を振るう獅子族の漢。哄笑と共に、大剣を振り落とし、薙ぎ払う。その一振りは敵も味方も傷つけた。
「がっはっは、勇者はどこだ。尋常に勝負せよ」
勇者は戦場を見廻す。この数瞬の間に形勢は逆転していた。見れば、立っている者の中に聖女の姿も騎士の姿も見られない。すでに倒されてしまったのであろうか。
第三大門が開き始める。
またも、新たな増援なのであろうか。
勇者に戦士と摩術士から声が掛かる。
「チョ・ロイどの、先に行け」
「ここは我らに任せて、いざ先に」
勇者は彼らの顔に断固たる決意を見て、わずかな逡巡の後、大門に向けて駆けだした。
「皆、済まない。だが、魔王は倒して見せる」
大門を抜けて、廊下を駆け抜けた。首なしの騎士とすれ違う。目は合わなかった。
◆
己の直感に聖なる導きを信じて、廊下を駆け抜け、階段を駆け上がり、壁にぶち当たりつつも、魔王がいる上層へと向かう。
後に続く者はいない。もう最後の一人になってしまった。しかし、皆、まだ、頑張っている。生きていると信じて先に進む。
もう駆けだすだけの余力は残っていない。壁に手を着きながら、身体を前に進める。見れば、後ろには点々と歩んできた道程に血痕が示されている。
『魔王を倒したら、俺たち結婚するんだ』
霞んでいく己の意志を気力でつなぎとめる。
その視線の先には、今までとは異なる造作の豊かな大扉があった。そして、その奥に強大な気配も同時に感じる。
扉の左右に両手を当てて、身体の力で押す。
少しの抵抗の後、扉が音もなく開き始める。
ステンドグラスの窓から差し込む陽光が、一つ高くなった檀上の上に影像となった人物までの道程を点々と指し示す。
その影はおもむろに立ち上がると外套を大きく翻し哄笑する。
「はっはっは、良くここまでたどり着いたっ。勇者よ、そうだ、この俺様がお前の目標である魔王である」
ようやく、ここまで来た。仲間よ、友よ、故郷の皆よ、俺はここまで来たぞ。
そして、皆の希望の刃を俺は振るう。魔王を倒す。ゆっくりと左腰の聖剣を引き抜き、その切先を魔王に向ける。
「魔王よ。ご、ごほっ」
こみ上げる想い。こみ上げる吐血。
勇者は、膝を付き、そのまま前のめりに倒れ伏した。
「…………」
魔王が何か言っている。
魔王を倒すんだ。
まおうをたぉ
……まおう
……リリィ……
勇者の意識は浮かび上がることのない深い闇のなかに沈んで行った。
◆
その頃、魔王城内では今まで進んできた道を逆にたどる一組の姿があった。
「リリー、こっちだ」
「はい、ポーコンさま」
手と手を取り合い、お互いの身を杖に、生にしがみつく騎士と聖女。
「こんなところで死んではならぬ。俺の生まれた国に行こう」
「はい、ポーコンさま」
騎士は苦しい最中も輝く笑顔を聖女に向ける。その笑顔に勇気をもらう聖女。
騎士は歩む先に目を向ける。暗く平坦な表情に変えて。
南方小国家群の一つに生まれたチェン・ポーコン。その任務は、大国から優秀な人材を寝返らせること。その槍一筋を使って。
勇者パーティは全滅した。
獅子族の漢は、後から駆け付けた首無し騎士に、わかってくれと弁明はしなかったようだが、俺は悪くないと開き直った瞬間に、ちっからまかせに殴られたようだ。
筆者注)南方小国家群の騎士であり、間諜だったチェン・ポーコン。漢字で書くと、陳破空。文字からは練達の武道家な感じがしますが如何でしょう。
ちなみに続きは有りません。




