天霊
「あんたは……俺に力を与える代償が何なのか、理解した上で力を託したのか?」
問い掛けに対し、女性は声を発することはなかったが……首をゆっくりと左右に振った。
「なら、代償があることは知っていたか?」
女性は頷く。力を与えることで、何らかの代償を背負うことは確定していたと……そして、彼女はどこか寂しそうな顔をしている。
「……別に、代償があるから非難するわけじゃない」
俺は女性の表情について意図がわからなかったが、ひとまずそう応じる。
「力がなければ俺は無様に死んでいたし、フィーナだって同じだ……確認だが、俺達の国、エルーシア王国に力を提供していたのは、あんたなのか?」
女性は再び頷いた。ならば――
「……質問させてもらう。俺は、魔王と顔を合わせ……あんた達天霊について知った」
相手は相変わらず声を発しない。それでいて、驚いた顔を見せたわけでもない。
「その上で尋ねる……魔王の語った天霊について、それは真実なのか? あんた達は人間を利用し、魔族と戦ってきたのか?」
……女性は無言のまま俺と視線を重ねる。否定も肯定もしない。むしろ俺の言及に対しどう答えようか、迷っている様子だ。
やがて、女性は回答ではなく俺に背を向けた。そしてこちらをチラリと一瞥した後に歩き出す。
ついてこい、ということだろうか……夢から覚めないのか不安もあったが、俺は黙って彼女の後ろを歩き始める。
廊下を進み、途中に階段を上った。そこからさらに廊下を進み、また階段……やがて辿り着いたのは城の上階。廊下の先にあった部屋。
そこには、外が一望できるバルコニーが存在していた。遠くに花畑が見え、あの場所に俺は最初訪れたのだと理解する。
そこでようやく女性は俺の方へ向いた。同時、部屋の中に薄いながら魔力があることに気付いた。どうやらこの部屋は他の場所とは違う――
「……魔王から、どういった内容を聞かされたのかはわからないけれど」
とうとう、女性が口を開いた……儚げで、俺の声を出すだけでかき消されそうな細い声。
「あなたが魔王へ挑んだという形で聞いたのなら……その全ては真実でしょう」
「……俺は魔王が放った魔物の詳細を探るために、魔族の領域へ踏み込んだ。そして、文字通り魔族を虐殺した」
決然とした物言いに、女性は押し黙る。
「そして魔王が姿を現し、戦力は残っていないと説明し、天霊のことを話した」
「負けを認め、全てを話したということ?」
「魔王と直接戦ったわけではないけど、そういうことなのかもしれない……魔族と天霊は、因縁の間柄らしいな」
「私達と魔族は相容れない。だからこそ、どちらかが滅ぶまで戦いは終わらない」
「けれどあんた達は、力を減らしたくないために人間を使っている……まあ、人間の方も恩恵を受けてはいるんだろうけど、な」
肩をすくめて俺は話す……ここで女性は笑みを浮かべた。ただそれは、どこか悲しそうな雰囲気がある。
今までと比べて表情がコロコロと変わる……なので、俺は一つ質問してみた。
「この部屋に入るまで声を出さなかったのは、何か理由があるのか?」
「それは魔力を発しないために」
天霊の女性は、俺にそう答えた。
「私達は魔力で体が構成されているけれど、人と交流を行い続けた結果、多くが人に近しい存在に形を変えた。そして、人が呼吸を行ったり、汗をかいたり……あるいは声を出したり歩いたり。そういった行動を取ることで、私達は魔力を消費する」
「この部屋では魔力を消費しなくてもすむ、と」
「循環している、と言えばいいかしら。いくつかそうした領域はあるけれど、放出した魔力を再び取り込めるよう循環する魔法を構築している……そうして私達は魔力を維持し続けてきた。でなければ、とうの昔に滅びてしまっている」
「……そして、大地の力などを利用して、俺に力を授けたと」
「そうね」
俺は一度大きく呼吸をした。魔王が語ったことは紛れもなく真実……魔王と天霊、相容れない存在がそれぞれ語ったことで、確定したと考えていいだろう。
「なら、私から質問を」
そして今度は女性が声を上げた。
「真実を知るために……魔王の言葉が信じられなかったから、この場に赴いた、でいいのかしら?」
「ああ、それで正解だ」
「なら、真実だと確信しあなたはどうするの?」
「……正直なところ、わからない。俺個人の願いとしては、フィーナが背負う代償については、解放してあげたいと思っている」
女性は沈黙する。その中で俺はさらに続ける。
「俺自身のことは、正直どうでもいい……いや、こういう言い方は良くないな。俺はフィーナが幸せになってくれればそれでいい。俺のことを忘れてしまったのなら、それでも構わない」
「幼馴染みである彼女を救いたいと」
女性の言葉に俺は深々と頷いた。そこだけは間違いがない。
「なら、それをするにはどうすればいい?」
「……魔王は何を言っていた?」
「力を与えた天霊を滅ぼせば、解決すると」
「ええ、それも間違いない」
またも真実。本当にフィーナが――そう思った時、女性は告げる。
「けれど、そうすることで一つ大きな問題が生じる」
「ああ、そこについてはわかっている」
と、俺はもう一度頷いた後、女性へ向け言及した。




