報われない想いも叶わぬ願いも
もうすぐ基地に着く、という時だった。エルシオンの周りで突然爆発が起きた。赤い爆炎とともに大量の砂が巻き上げられる。
「何だ!?」
慌てて周囲を見回す。だがLAらしき機影は見当たらない。
「カント、下!」
メイリンの声でカメラを下に向ける。
「ちっ、コヨーテか!」
当たり前だが戦車はLAよりも体高が低い。だからカントもLAを探すのに気を取られ、潜んでいるコヨーテに気がつかなかったのだ。
「どうするの、もうすぐ増援がくるよ!」
目視で確認できる限りコヨーテは3機。すぐにハイエン達が来ることを考えると1機当たり1分もかけていられない。おまけにエルシオンの武装はビームブレードとバルカン砲しか無いのだ。
「分かってる!」
1番近いコヨーテに突進する。しかしコヨーテは後ろに下がりながら主砲を放つ。それとタイミングを合わせて左にスラスターを吹かせて回避、即座に体勢を整えて切り返すと同時にブレードを抜き放ち、ハッチめがけて突き刺した。それで安心したのも束の間、コヨーテの炸裂弾頭がエルシオンの脚部に命中、大きく膝をついてよろけてしまった。その隙を見逃してくれるわけもなく180ミリ弾の集中砲火に遭う。
「コアフレームのダメージは!」
[回答。コアフレーム、及び関節部へのダメージは無し]
「ほ、本当に凄いんだね、このルミナスアートは」
メイリンが関心して目を丸くする。
カントの方もやられっぱなしではいられない。装甲頼みで弾幕を突っ切り、出会い頭にコヨーテを踏み潰す。
「カント、後ろ!」
その間にもう1機に背後に回り込まれてしまっていた。流石のエルシオンもスラスター部に直撃を食らえばただでは済まない。咄嗟に頭部を回し、バルカンで牽制する。しかし相手のパイロットの反応の方が1歩早く、コヨーテの後ろをバルカンが追う。だがそのまま機体ごと回転させ、コヨーテのキャタピラ部分を撃ち抜く。機動力さえ殺してしまえば後は固定砲台にしかならない。しかし砲台は生きているのでその場からバルカンで機関部を破壊した。
「とりあえず一旦退いて態勢を立て直そう」
しかし現実はそう甘くはなかった。粉塵を巻き上げながら接近するLAが数機。もうすぐそこまで迫っていた。先頭を走るのは恐らくハイエンの乗るガーボン。
「どうするの?」
「戦うしかないだろ、逃がしてくれそうもないしな」
ブレードを展開させてガーボンを迎え撃つ。敵はガーボンを含めてLA5機。恐らく基地にある全LAを投入している。相手もそれだけ必死ということだ。敵はガーボンを先頭にエルシオンを取り囲むように展開した。
「いよいよ逃げられなくなっちまったな……」
敵が何かしてくる前に終わらせなければ、とカントはガーボンに接近、ブレードで斬りかかろうとする。しかしブレードはガーボンの左肩部に付いているシールドに阻まれた。
よく見ればそれは元はエルシオンのシールドだ。エルシオンのシールドならばビームブレードの斬撃も数回なら受け止められる。
もしランチャーが通常のエネルギーパック式であればそれも敵の手に渡っていたかもしれない、と考えるとカントの置かれる状況は更に絶望的になっていただろう。
「くそ!他人の武装を勝手に使いやがって!」
カントは仕方なくエルシオンを後方に退避させた。しかし敵はガーボンだけではない。
マシンガンを撃とうとしたボロンの1機に接近、コックピットをブレードで突き刺した。ブレードを引き抜くといつの間にか背後へ回ったガーボンが銃を構えて突進してくる。
ガーボンの機動性には敵わない、とカントは咄嗟に今しがた倒したボロンを盾にする。自分でもかなり下衆な事をしているな、と思ったがハイエンはそんな事御構い無しに銃をぶっ放した。ガーボンの右腕に直接付けられた大型の銃から1度に何発もの弾丸が発射され、容易くボロンの装甲を撃ち抜いてエルシオンに命中、コヨーテの滑腔砲でも傷1つ付かなかったアーマーフレームにへこみを作った。
「散弾銃か!」
しかしこれはボロンというLA丸々1機を盾にしての結果だ。もし至近距離で直撃したら大きなダメージは免れない。
ハイエンは内心ほくそ笑んだ。LA越しでも慌てているのが手に取るようにわかる。散々辛酸を舐めさせられた敵が慌てふためくのを見るのは大層気持ちがいいものだ。
このショットガンはロケットバズーカでもダメージを与えられない装甲に風穴を開けたい、とリーに無茶を言って作らせたものだ。装弾数の低下と重量の増加、更に大型化もしているがそれだけに威力は保証済み、更に今ので実証済みだ。
それに加えて今はエルシオンが置いていったシールドまである。ハイエンは自分が負けるとは露ほども考えていなかった。
「これの直撃食らったらさすがにまずいな」
カントは呻いた。しかしメイリンが横で心配そうな顔をしているのを見ると自分がそんな弱気ではだめだ、と思い、
「大丈夫、何とかしてみせる」
と笑って見せた。
「エルシオン、スラスターがオーバーヒート寸前になったら知らせてくれ」
[了解]
「何か考えがあるの?」
「何も無い」
カントは大きな風穴の空いたボロンをガーボンに投げつける。その隙に後ろにスラスターを吹かせてガーボンと距離をとる。散弾の性質上、全弾命中すればかなりの威力を発揮するがその為にはある程度接近しないといけないからだ。
当然ガーボンは真っ直ぐエルシオンに向かって猛スピードで近づいてくる。そこへ今度は逆に前へとスラスターをかける。ショットガンの射程ギリギリで今度は右側へ、ガーボンから見ると左に、即ちショットガンとは逆の方向に加速をかける。ガーボンのショットガンは右腕に直結している影響で左側には射線が通らないのだ。仕方なくガーボンは機体を回してエルシオンを追う。
「くそ!見えねぇ!」
ハイエンは悪態をついた。というのもガーボンが起こした粉塵で視界が塞がれ、エルシオンの姿を隠してしまったのだ。しかしそれは相手も同じはず、と油断なくショットガンを構えて前進する。
「貰った!」
エルシオンは空中でブレードを2本とも展開した。エルシオンは粉塵に紛れてスラスターをフル点火、空中へ飛び上がっていたのだ。その事に全く気付いていないガーボンの背中を斬ろう、とブレードを振り下ろす。
「上か!」
しかしハイエンもすんでのところでエルシオンに気づき、シールドでブレードを受け止める。溶断しようとするブレードとさせまいとするシールドがせめぎ合い、火花が散る。
「あと……1歩!」
カントは更にそこからスラスターを吹かせた。
[警告。スラスターオーバーヒート2秒前]
コックピットにアラートが鳴り響く。
「2秒ありゃ……十分だ!」
エルシオンの機体重量と落下速度、更にスラスターの加速までかけた一撃、これには流石にシールドも耐えきれず、ブレードはシールドを貫通し、ガーボンを斬り裂く。
「く、そぉぉぉぉ!」
ハイエンの誰ともない叫びは誰に届くこともなく。コックピットはX字に両断された。
ハイエンを殺されたショックからか残りのボロンはもはや烏合の衆と変わらなく、それぞれ散り散りになって逃げていった。
「き、機体状況は?」
[スラスターがオーバーヒート、コアフレーム、駆動部に異常なし]
カントはホッと胸を撫で下ろした。万一スラスターがオシャカになっていたらエルシオンを引っ張って行かなければならなくなっていたところだ。
「じゃ、ボクは薬を探してくる」
と、言ってメイリンはもぬけの殻のなった基地を漁りに行った。カントも一応手伝おうと言ったのだがこれは私の役目だから、と言って聞かなかったのだ。
「これからどうするかねぇ」
カントは疲れ切った体をシートに預けた。
[提案。現在地点から西へ300キロ行くと封鎖地区を抜けることができる可能性があります]
「本当か!」
カントは身を乗り出した。エルシオンはそれを続行の意思表示だと受け取ったようでさらに続ける。
[降下地点からの移動距離と天体の位置から割り出した現在位置がこの辺りです]
正面のモニターにカントも既に見慣れた地球の地図が表示される。その一部分が拡大され、赤い点で現在位置が示された。
「よくここまでわかったな」
カントは感心して言った。流石に最新鋭のコンピュータというべきか。天体の位置から観測したということは上手く砂嵐が止む時期に落ちてこれたことを感謝しなければならない。メイリンの話によると砂嵐が止むのはおよそ1ヶ月周期だと言うから運が悪ければ丸々1ヶ月ここで待機していなければならなかったわけだ。
「そんで、出た先はどこなんだ?」
[回答。ユーラシア大陸上部、中華州になります]
中華州は合衆政府樹立以前は中華人民共和国、大韓民国と呼ばれていた地域が併合してできた州だ。
「中華州か……となると合衆軍本部に行くには海を渡らないといけないな……」
カントが新たな問題に頭を悩ませていると大きな袋を担いだメイリンが戻ってきた。
「どうしたんだよ、アデルの薬ってのはそんなにでかいのか?」
「違う違う、他にも色々使えそうな薬があったからついでに持ってきた」
メイリンは笑いながら答えた。
「よし、じゃあトレーラーまで戻るか」
「うん」
「…………カントはこれから先どうするの?」
帰る道すがら、メイリンが唐突にそう聞いてきた。
「ああ、そのことなんだがな……」
「うん」
「何とか歩いてここから出る。その目処も立ったしな」
「そっか……」
もちろんメイリンもカントがずっと残ってくれると思っていたわけではない。だがメイリンの望みはその真逆を走っていた。予想はしていたがやはりショックは大きかった。
「カントにはやることがあるもんね……」
必死に落ち込んでいる自分を隠そうとするメイリンだったがカントにすらバレバレだった。だから少しでも気を紛らわせてやろうと明るい話題を振ってみる。
「それにしてもあれだな、長老達お前がそんなにたくさんの薬を持って帰ってきたらきっと腰抜かすぞ」
「そう……かも」
メイリンもカントの意図に気付いて愛想笑いをしてくれる。だがそれは惜別の念を更に上乗せするだけだった。このまま一生トレーラーに着かなければいいのに、メイリンはそうも思ってしまった。しかしそれは叶わず、遠目にトレーラーの白い影が見えた。
「ボクはここでいいよ」
「そうか?」
「うん。皆んなにエルシオンを見せない方がいいでしょ」
カントは機体を屈ませてコックピットハッチを開ける。後はワイヤーを掴んで機体から離れ、誰も乗っていないワイヤーを回収するだけだ。もう2度と会うことは無いだろう。全く別の世界に暮らす2人の別れはそれだけの簡単な作業で終わってしまうのだ。
しかしメイリンはそれだけで終わらせたくはなかった。背を向けていたカントの方を振り返り、カントの頬に唇を当てた。
触れたのはほんの一瞬、だがその柔らかく、暖かい感触は離れた後尚もずっとカントの頬に残っていた。突然の出来事にぽかんとしているカントの耳元で涙を必死にこらえながら言葉を絞り出す。
「じゃあね」
もっと言いたいことが山ほどあったのに、伝えたいことが山ほどあったのに、言葉にできたのはほんの一言だけだった。これ以上話すと涙が溢れてしまいそうで、涙を見せると絶対に耐えられないから。『一緒に行きたい』そう言ってしまうから。
溢れた涙をカントに見せないように背を向けて、何度も振り返りそうになる心を必死に抑えてメイリンはトレーラーに向かって歩き出した。
「唇じゃなくても……初めて、だよね」