小さく明かした真実と大きく進んだ始めの一歩
夜。カントがエルシオンに戻ろうとハッチを開けると後ろから声がかかった。
「ちょっとよろしいかな?」
長老だ。夜中に何の用かとカントが降りるとそこで激しい後頭部の痛みと共にカントの意識は刈り取られた。
「痛っつ!」
カントの目覚めは冗談にも良いとは言えないものだった。手首が後ろで何かに固定されている。ご丁寧に足までそうだ。割れるような頭痛に耐えながら目を開けると見覚えのある景色が飛び込んできくる。改めて自分の体を確認してみると両手足共に椅子に荒縄でしっかりと固定されていた。
「これはどういうことだ?」
カントは目の前に座っている長老とメイリンにそう尋ねた。
「すまんのぉ、わしらは弱い。プラヴァスティから皆を守るにはどうしても力が必要だったのじゃ」
「俺が守るんじゃだめなのかよ」
「お主はいずれわしらの元から去ってしまう。そうなればまたわしらは略奪されるだけになってしまう」
話しながら何とか縄を緩めることはできないかと腕を動かしてみるが縄はぎっちりカントの手首に食い込んでおり少しも緩む気配を見せない。
「あのルミナスアートさえあればわしらは身を守ることができる。わかってくれ、ここにはまだ幼い子供もいるんじゃ」
今度はメイリンの方に視線を向けてみる。しかしメイリンはわざとらしく目線を逸らして決してカントの方を見ようとはしなかった。
「それにしてもライナめ、遅いのぉ、メイリン、わしはライナの様子を見てくる。そいつを見張っておれ、間違っても変な情を出すんじゃないぞ」
そう言い残して長老はトレーラーの外へ出て行った。相変わらずメイリンはカントから目を逸らしたままだ。カントはわざと明るい、冗談でも言うような口調で話しかける。
「にしてもここ最近よく縛られるな」
「……」
「何かそういうプレイに目覚めそうで怖いな」
「……」
「……」
「……ごめん」
その夜、メイリンが発した言葉はそれだけだった。
翌日、天気はまた酷い砂嵐に戻ったようだ。カントにその真偽を調べることはできなかったのだが。その日の見張りはライナで予想通りというか何というか会話は一切無かった。
また翌日、いい加減カントの手足の感覚がなくなってきた。その日の見張りは長老。
「何で俺を殺さない?エルシオンを手に入れたら俺は用済みのはずだろ?」
わかりきったことをわざわざ聞いてみる。エルシオンはカントでなければ起動できない。ハッチは開けたままだったからコックピットには入れただろうからプラヴァスティよりは進んでいる、のか。
「……あんたら、今何をやっているのか自分でわかってるのか?プラヴァスティと全く同じことしてるんだぞ?」
それを聞いた瞬間、長老のこめかみに青筋が立ったのが見て取れた。そしてカントの左頬に張り手が飛んでくる。
「黙れ!わしらはあいつらとは違う!」
「止めて!」
更に続けて手を上げようとした長老を後ろからメイリンが押しとどめる。
「カントに手は出さないで!長老はもう寝て。今日はボクが見張りをする」
長老が寝室へと戻るとメイリンは近くの布切れで血の付いたカントの口元を拭った。
「カントもあまりみんなを刺激するようなこと言わないで。本当に殺されちゃうよ」
「あれは俺にしか動かせない。お前もわかってるはずだぞ?」
「……もう諦めちゃいなよ、カントがやらなくてもきっと誰かがやってくれる」
「……」
「カントがずっとここに残ってボクたちを守るって言ってくれればこの縄を解ける」
「……ごめん」
カントはエルシオンに乗った時、いやソディアに乗った時から心に決めていた。そのためにはエルシオンも、無論カント自身も残るわけにはいかない。
「どうして?どうしてそこまで必死になれるの?ボクにはわからないよ!どうせもうここから出られないのに!」
「もう出られない?どういうことだ?」
カントの耳は涙ながらに叫ぶメイリンから発された不吉な一言を敏感にキャッチした。即座に問い返すとメイリンは『しまった』という顔をしても口を押さえた。どうやらカントに知られるとかなりまずい情報らしい。
「おいメイリン!教えてくれ!」
「そ、それは……」
よほど言いにくい事らしく硬く口をつぐんでその先を言おうとしない。カントは拘束された中で最大限身を乗り出し、メイリンを問い詰めた。
「頼む、メイリン」
「……」
とうとう根負けしたメイリンが口を開いた。
「カントが使おうとしてる衛生通信機……そんなもの無い」
カントは一瞬メイリンが何を言っているのか理解できなかった。
「何……言ってんだよ、じゃあ俺がお前らの故郷を取り戻したらソディアと連絡が取れるっていうのは……」
「不可能。通信装置があったのは本当だけどそれはプラヴァスティに破壊された」
メイリンは俯いたまま答えた。カントはあまりの衝撃に一切の思考が停止してしまっていた。その通信装置がカントの唯一の希望だったのだ。
「じゃあ初めから俺を騙すつもりで……」
メイリンは何も答えない。ただ俯くだけだ。しかしそれは何よりも明確な回答だった。自分を騙した長老やメイリンも憎かったがそれ以上にやすやすと騙された自分に腹が立った。なぜ途中で気付けなかったのか、なぜもっと強く確認を取らなかったのか、過去の自分の行動全てが恨めしい。
「昨日の夜何があった?何故こやつは死んだような目をしている?」
もうカントは何をする気も起きなかった。返事をする気も、食事をする気も、生きる気すら失せていた。
「昨日、通信機の事を話しました」
メイリンはカントから目を逸らしながら言った。長老はそれを聞くと勝ち誇ったような顔をして、言った。
「ほう?今日にでも言おうと思っておったが……まあいい。メイリンから聞いた通りじゃ。お主はもう仲間に会う事も宇宙に帰る事も叶わん。ならばどうか、我々にあのルミナスアートの動かし方を教えてはくれぬか?」
「……」
「ふん、まあいい。もう心は折れておる。後は時間の問題じゃろう」
長老がカントに背を向けたその時だった。奥の寝室からアデルを抱いた女性が駆け込んできた。
「アデルが……アデルが……」
アデルは顔を赤くしてぐったりとしている。熱も相当高いようだ。
「これは……」
アデルの額に手を当てた長老は眉をひそめた。
「もう助からん……」
中年の女性は泣き崩れた。周囲の人々も俯いたり、涙を流したりしている。ただその中で1人、納得のできない人間がいた。
「どうして?アデルの風邪、そんなに酷いの?」
メイリンの問いに長老は首を横に振った。
「アデルは風邪などではない。もっと重い……病気じゃ」
「薬は?」
「だめじゃ。かなり特殊な薬でないとこの病気は治らん」
「そんな……」
「お前さんの母親も同じ病気で命を落としておる。大人でさえ命を落とす病じゃ、アデルのような小さな子供ではそう長く持つまい」
メイリンも愕然とした表情で膝から崩れ落ちた。まるで本当の弟のように可愛がっていたのだ。そのショックは計り知れないだろう。
「プラヴァスティの基地にでも行けばあるかもしれんがのぉ……」
長老も絶望交じりにそう漏らした。
皆早い内から寝室へ引っ込んでしまった。これ以上苦しむ姿を見たくなかったのかもしれない。不気味に静まりかえった中、カントの前に1つの人影が現れた。
「お願い。手伝って」
「……」
「こっちが一方的に騙しておいて自分勝手かもしれないけど……私はアデルを助けたい。たとえ可能性が限りなくゼロに近くても」
メイリンがいくら訴えかけてもカントの耳には届かない。空虚な瞳を床に向けるばかりだ。
「……ごめん。やっぱり自分勝手だよね。昨日私はカントがどうしてそこまで必死になるのかわからなかった。でも今は何となくわかる気がするんだよ」
メイリンはナイフでカントを縛り付ける縄を切り始めた。
「家族のいないボクにとってアデルは家族も同然なんだ」
縄を切り終わるとメイリンは立ち上がり、扉に手をかけた。
「だから……あの子の為なら私は死んでもいい、って思った」
メイリンは漆黒の闇夜へと駆け出していった。
……死んでもいい……どこかで聞いた台詞だな……そうだ、俺がエルシオンに言ったのと同じだ、そうだよ、俺はミサキを助け出す為なら何だってするって決めたばかりじゃねえか、俺はまだ生きてる。エルシオンも動く。これ以上の条件があるか?
カントの目に光が戻った。目の前にはメイリンが切り取った縄が散らばっており、両手足とも自由に動く。
「いや、無いよな」
手足を軽く動かしてみる。長い間縛り付けられていたせいで関節の1つ1つが固まってしまっている。しかしぐずぐずしてはいられない。メイリンを追わなくてはならない。
勢いよく扉を開け放ち、エルシオンへ駆け寄る。コックピットの中は多少荒らされた形跡があったが操縦に支障は無さそうだった。
何が起きるかわからない、と手荒に調べることができなかったのだろう。
エルシオンを起動させ、周囲を見渡す。メイリンはすぐに見つけることができた。LAで数日かかる距離を徒歩で行こうだなんて無謀にもほどがある。メイリンもエルシオンの明かりに気づいたようで驚いた顔でこちらを見ていた。
カントはエルシオンをメイリンに近づけるとコックピットハッチを開けて手を差し出す。メイリンは目をぎゅっと閉じてうずくまっていた。
「よお、乗れよ」
「……私を……殺さないの?」
メイリンは不思議さと驚きの入り混ざった表情をしていた。確かにカントを騙してエルシオンを奪おうとしたのだ。このまま殺されると思っても不思議では無い。むしろそっちの方が普通だ。
「アデルの薬を取りに行くんだろ?1人じゃ無理だと思うんだがな」
「そうじゃなくて……ボクたちはあなたを騙してたんだよ!」
カントは少し考え込んだ。確かに初めは殺してやりたいと思った。だが何故だろうか、哀れみ?違う。そう、メイリンに自分と同じ『何か』を感じたのだ。
「何でだろうな、俺にも分かんね。でもさ」
カントはきょとんとしているメイリンの腕を掴んで無理やりコックピットの中に引っ張り込んだ。
「お前も長老もライナも、皆を守りたいってのは本当なんだろ?」
ハッチを閉めるとエルシオンをプラヴァスティの基地に向けて発進させた。




