同じ釜の飯、一つ屋根の下
さて、少しばかり時計の針を巻き戻してみよう。ジード達がカントの安否を話し合い、カントが初めての地上戦に苦戦していたその頃、ジルコニアはコロニー自由軍本部より帰投命令が出されていた。
「ったく、勝手な奴らだ。何としても奪えと言ったり至急帰って来いと言ったり……」
アリシアは不機嫌そうに先程まで大きく上官が映し出されていたモニターを睨みつける。アリシアの機嫌が悪いのはいつものことなのでこれまたいつものようにトレントがなだめに入る。
「まあ軍なんてのはそんなものです」
アリシアが何か言い返そうとするとタイミングよくハイドがブリッジへ顔を出した。
「リシアムの拘束作業終了しました」
アリシアは軍上層部から出撃制限をかけられている。それを破ったのだ。今回はそれに関するお叱りも兼ねているのだろうが何とかポーズだけは整えておかないとならない。
「ああ……あの時はその、何だ……ありがとうね」
ブリッジが急に静かになる。ハイドが止めなければアリシアは刺し違えてでもエルシオンを仕留めようとしていただろう。シリアスな空気になる……かと思われたが全員の沈黙はコニーの吹き出す音によって破られた。
「あん?何笑ってんだ!」
アリシアは顔を赤くしてコニーに詰め寄る。
「いや、艦長がまさか他人に感謝を述べるなんて……」
それでも笑いを堪えきれないコニーをアリシアは蹴りとばした。
「痛っ!何するんですか!」
「うるさい!」
コロニーゼクス。先の大戦で破壊されたコロニーの内の1つだ。しかしアリシア達の向かう自由軍本部はそこにあった。破壊された外壁の内部に新しい壁を作り、そこを拠点としたのだ。
ゆえに合衆軍の監視の目から逃れることができている。到着早々アリシアには本部からの迎えが来ていた。
「ハイド、ミサキに街を案内してやりな」
「ですが……」
「いいから。これは命令だ」
命令と聞くとハイドはこれが単なる頼みではないことを感じ取った。ハイドがブリッジから離れると今度はコニーがアリシアに質問した。
「どうしてわざわざ街へ出すんです?」
「上の奴らにやられっぱなしじゃ気が済まないからね」
と言って口元を上げた。
「軍の本部なんて言うからもっと厳ついところだと思った」
コロニーゼクスの街並みはミサキの故郷、ツヴェルフとさほど変わらない。普通の街があり、普通の店があり、普通の人が往来している。ここには元コロニーゼクスの市民5万人と自由軍関係者が暮らしていた。ミサキが驚くのも無理はない。
「ここがメインストリートだ。ゼクスの中で最も大きい」
「あっちが工業エリア、あっちが農業エリアだ」
ハイドは雑な案内をしながらコロニーを歩き回る。特に面白味のない解説だったがそれでもミサキは興味深そうに聞いていた。
「……俺の案内、そんなに面白いか?」
歩き疲れて立ち寄った公園の噴水の脇に腰掛けたミサキにハイドは缶コーヒーを手渡した。
「うん、私、物心ついた時からずっとツヴェルフから出たこと無かったから」
「そうなのか?」
「うん。だからカントが聞かせてくれる地球の話とかもう何度も何度も聞いたなー」
「そのカントという人物は一体誰なんだ?」
「私の幼馴染?んー……弟?みたいな存在」
「弟か……」
「ハイドにも弟いたの?」
「姉がいた」
「へー、じゃあ……」
「死んだ」
ミサキが言いかけた言葉を遮るようにハイドは言った。途端に気まずい空気が流れる。
「……ごめん」
ミサキはもう半分ほどなくなったコーヒーの缶に視線を落とした。
「俺はアインスの生まれらしい」
その一言がハイドの全てを表していた。コロニーアインス、最も初期に建造されたコロニーであり、コロニー連合の本拠地になっていたコロニーだ。それゆえ合衆政府軍にコロニーごと破壊された。
無論そこに住む民間人もろとも。
「だから俺は簡単に死ぬ訳にはいかない。アインスで死んでいった人間の無念を晴らすまでは……」
ハイドはコーヒーの缶を握りつぶし、放り投げた。ひしゃげた缶はきれいな放物線を描いてゴミ箱へ吸い込まれていく。
「そう……なんだ」
ミサキはスクールでコロニーアインスの破壊は正しい作戦だった、と教わった。しかしハイドの話を聞く限りとても正しいとは思えなくなっていた。
「……すまない、余計な話をしたな」
「聞かせてくれてありがと。次はハイド自身の事が知りたいな」
ハイドがミサキの隣に座ろうとした、その時だった。突如ミサキの前に影が落ちる。何事かと顔を上げてみるとミサキとハイドの目の前に軍服を着た屈強な男が3人、銃を携えて立っていた。
「ミサキ マルクスさんですね?我々とご同行願います」
「名前と所属を言え、俺はハイド エイルマン、ジルコニア所属のパイロットだ」
「我々に答える義務はありません。どうしてもと言うのなら軍法会議への出廷を願います」
口調は丁寧だったが銃に手をかけているあたりこれは命令だった。
「ハイド……」
ミサキは不安そうな目でハイドを見る。当たり前だ。ミサキはコロニー議長の娘、今までは軍に守られる側だったのだから。
「大人しく奴らに従うしかない」
ハイドはミサキにそう言うしかなかった。
「やあハイド、お帰り」
ハイドが報告のためジルコニアへ戻るとブリッジにはコニーしかいなかった。
「艦長は?」
「まだ帰らないんだ、それよりミサキちゃんはどうしたの?」
「……連れて行かれた。奴らはおそらく……」
と、そこへアリシアが疲れ切った顔で帰ってきた。
「艦長!大変だ、ミサキちゃんが連行されたみたいだよ」
「何だって!ハイド、それは本当か?」
「はい。相手は恐らくヘイゼル様の直属部隊かと」
「ったく、あの狸オヤジ、姑息なマネを……」
ヘイゼル シュタイナー、自由軍最高幹部の1人でありアリシア直属の上司だ。当のアリシアもつい先程まで彼のお叱りを受けていたところだ。
「でもいくらコロニー議長の娘とはいえその1人のために最高幹部の直属部隊が出てきますかね?」
コニーがポツリと素朴な疑問を漏らす。しかしそれが何とも不快にアリシアの喉に引っかかったのだ。
思えばミサキをさらう目的が平和ボケしたコロニーに過去を思い出させる……なんてバカバカしいにも程がある。そもそもなぜ警備が特にきつくなるツヴェルフの議長の娘なのだ。注目集めなら議長本人の方がいいに決まっているしもし適当に決めたのならヘイゼルがあれほどこだわるのも不自然だ。
「どこか胡散臭いね……」
一兵士に作戦の全容が知らされることの方が軍としては稀だがアリシアは既に9人の部下をこの任務で亡くしている。生半可な理由で納得できるわけがない。
「ちょっと調べてみる価値があるかもね」
アリシアはコニーの方を見た。
「……」
「コニー!」
「はいはいわかりましたよ、やりますやります!」
アリシアにどやされてコニーはしぶしぶ軍のデータバンクにアクセスする。
「ミサキ マルクス……うーん、特に変わった情報はないですよ」
自由軍がミサキについて保有している情報は役所などに問い合わせれば聞くことのできるような普通のものばかりだった。
「こりゃ直接ヘイゼルの端末にアクセスするしかないか」
アリシアが恐ろしいことを口走った。
「ですがそれは……」
「重大な軍規違反ですよ」
コニーが口ごもった言葉をハイドは無表情で言い切った。
「あたしを突き出すかい?」
「いえ、今回のヘイゼル様のやり方は俺も納得できません」
「決まりだ。コニーはどうする?」
コニーは肩をすくめてため息を吐いた。
「全く、僕だけ逃してくれるとは思ってませんよ」
アリシア達は計画通り幹部会議がある時間を狙ってヘイゼルの執務室へ忍び込んだ。
「ここであたしは毎回散々嫌味を聞かされてるんだよ」
アリシアはデスクの正面にある見るからに高級なソファを蹴り飛ばした。
「ちょっとちょっと、あんまり部屋を荒さないでくださいよ」
「コニーは早く必要な情報をコピーしな!時間がないよ!」
幹部会議の平均時間は2時間。そのたった2時間の会議で自由軍の進路が決定するのだ。
部屋の入り口ではハイドが外を見張っている。
「はいはいわかりましたよっ、と……」
コニーは慣れた手つきでキーボードを叩き、情報をふるいにかけていく。
「お、ありましたよ!ミサキ マルクスに関する情報」
モニターに目を通していたコニーの顔が凍りついた。
「こ、これは……」
「コニー急げ、秘書が戻って来た!」
恐らくヘイゼルの忘れ物か何かを取りに来たのだろう。忍び込んでいるところを見られでもしたらまず口封じに殺されるか、洗脳でもされてヘイゼルの人形になるか……想像もしたくない、とアリシアも目でコニーを急かす。コニーはポケットから小型のチップを取り出し、データのコピーを開始する。
「あとどれくらいかかる?」
「あと60秒はかかる」
「間に合わないな、俺が……」
ハイドは銃を構えて部屋から出ようとする。見つかるくらいならいっそ殺してしまえば、と思ったのだ。
「待ちな、こんなところで人が死んで騒ぎを起こすわけにはいかない。コニー、コピーは中断してもうずらかるよ!」
コニーは名残惜しそうにチップを抜くと再びポケットにしまい直した。そして3人が窓から外に出るのと同時に秘書が扉を開ける音が聞こえた。
「じゃあ、正面モニターに映します」
3人はジルコニアへ戻り、早速チップの中身を確認することにした。ジルコニアの正面モニターに大きな人体図のようなものと資料が映し出される。
「……」
暫くの間、沈黙が流れた。前半は資料を読む沈黙、後半はその内容があまりに信じがたいものだったため言葉を失った沈黙だ。
「これは……」
「こんなことがあっていいのか?」
3人はモニターの前でただ立ち尽くすことしかできなかった。




