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根菜と葉野菜のミネストローネ~茜の果実と殻の子の出逢い~  作者: コメッコ29


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出逢い

 翌日、僕は二人分の弁当を持って家を出た。粗びきウインナーと卵焼き。シャケのおむすび。

 そう、まるで幼稚園の遠足弁当みたいな、お世辞にも凝っているとは言えないラインナップ。でも、それが良かった。


 「お弁当はシンプルなのが一番だよ」

 二人で出かけるとき、いつも彼女はそう言ってこの弁当を作ってくれた。料理が苦手な彼女の、見え透いた言い訳だったのかもしれない。でも、なぜだかやけに美味かった。


 僕は海の見える場所が好きで、彼女は雲を見るのが好きだった。だから二人でよくここに来た。それぞれが好きなものを、一緒に眺めていられる場所。


 空との出逢いをふと思い出す。




 今から10年前--高校3年の頃。


 僕は受験勉強なんか放り出して、アルバイトに明け暮れていた。目的があったわけじゃない。なんとなく始めた居酒屋のバイトがただ楽しくて、先輩たちに連れられて遊び歩く日々。


 まあ、今思えばただの現実逃避だったんだろう。そんなある5月の午後。少しずつ空気が弾み出す季節。新人のアルバイトが入ってきた。高校1年生の女の子。


 綾瀬菜々海。


 菜々海は最初からよく笑う娘だった。仕事もあっという間に覚えて、その元気で愛想の良い女の子は店のみんなから好かれた。


 ある日の休憩中、店の裏口で漫画を読んでいると、菜々海がひょっこり顔を出した。

「ドラゴンボールクイズ!フリーザの戦闘力は第一形態の時はいくつ?」


 唐突な質問にちょっと焦りながらも、真面目に答える。

「53万…」

「当たり!」

 妙に馴れ馴れしい。でも嫌な感じはしなかった。


「先輩って西高ですよね?『綾瀬空』って知ってます?うちのお姉ちゃんなんですけど」

「綾瀬さんの妹?似てないね」


 菜々海は、三年の春から同じクラスになった同級生の妹だった。世間ってのは、意外と狭いもんだ。


 僕は柄にもなく、クラスの副委員長をしていた。貧乏くじを引いたってだけで、特に真面目にやっていたわけじゃない。その相棒が、委員長の綾瀬空だった。


 雑務を押し付けられた二人は、放課後の教室に残って、掲示板に学校の行事のプリントを貼り出していた。

 僕が高い所に貼る時、綾瀬空が画ビョウを渡してくれる。時々、手のひらに触れる彼女の指先に、ドキッとしてそわそわした。少し気持ちがふわっと弾む。ついこの前のことだ。


「姉がお世話になってます」

 菜々海は何か含みのある笑顔で続ける。

「ついでにわたしのお世話もお願いします」


「こちらこそお世話になってます」

 少し的外れかな?と思ったけど、他に気の利いた言葉も浮かばず、そう答えるしかなかった。


 僕は男兄弟で育ったせいか、女の子が少し苦手だった。妹がいたらこんな感じなのかな、なんて考えていたら、あっという間に休憩時間が終わってしまった。


 それから菜々海は、よく僕のそばに来るようになった。

「先輩、ビール瓶重いでしょ?持ちます」

「いいよ。重いし危ないから」

「女の子扱い禁止。おんなじ時給なんだから」

 そう言って菜々海は、ケースからビール瓶を1本抜いてクスクスと笑っていた。

「軽くなったでしょ?」

 控えめな姉とは大違いだ。


 その頃から、学校では綾瀬空と話す機会が増えた。

「アルバイト、大変でしょう?忙しいって妹がいつも言ってるよ。君はいつも助けてくれるし、君の作る賄いは美味しいって。あの娘、家ではいっつも君の話しばかり」

 最初は妹の話題ばかりだった。でも、それがきっかけだった。


 サボりがちだった学校に、真面目に行くようになった。綾瀬空と話すのが、ただただ楽しかった。ドラマや映画、漫画の話。好きな音楽の話。他にもくだらない話を、取り留めもなく話す日々。

 学校に真面目に行く僕を、親と先生は喜んでくれた。友達にはからかわれた。


 綾瀬空は僕の中で『少しだけ特別な存在』になっていった。



「ドラゴンボールクイズその13!」

 菜々海がいつもの調子で絡んでくる。

「ナメック星人の神様とピッコロですが、彼らの親は誰?」

「カタッツ」

「当たり!すごい、福さん」

 少しずつマニアックになってきている。それに、僕の呼び方も変わってる。


「じゃあさ、スラムダンククイズ!」

 僕の好きな漫画ばかりだ。

「湘北三井の背番号は?」

「14」

「では誕生日は?」

「5月22日」

「当たり!さすがですね。それ、福さんと同じだよね?」

 昨日、綾瀬空とスラムダンクの話をした。三井が一番好きで、自分と誕生日が一緒だって。姉妹で僕をネタにしてるのかな?


「今年はお祝い出来なかったけど、来年はわたしがお祝いしてあげる。どうせお祝いしてくれる人いないでしょ?」

 サラリと失礼なことを言う。


 「次はイントロクイズ!」

 菜々海はノリノリで歌い出した。

「歌ったらイントロクイズじゃねーだろ」

「ちなみに『C調言葉に御用心』でしょ?歌詞ちょっと間違えてるし」

「あはは!そこはご愛嬌で、ヨロシク!」

 サザン好きも、綾瀬空と話したことだった。


 もう仕事の時間だ。菜々海と一緒だと、すぐに休憩時間が終わってしまう。


 僕が菜々海と絡んだ後は、先輩たちの当たりが強くなるから嫌なんだ。まあ、この子がモテるのも分かるけど。

 このバイトでも、菜々海を狙っているやつは何人か知ってる。さっさと告っちゃえばいいのに。


 バイトを終えて外に出ると、先に上がった菜々海が僕を待っていた。

「お疲れさま。まだ帰らないの?」


「福さん、傘持ってないですよね?」

 外はいつの間にか雨が降っていた。

「わたし、傘持ってます。出来る女なんで。駅まで入れてあげても良いですよ?」


 僕も折り畳み傘を持っていたのだけれど、なんとなく言いそびれてしまった。けれど、菜々海と相合傘なんて、先輩たちに見られたら…また面倒くさいことになる…


「なな…」

 菜々海が傘をさそうとした時、聞き覚えのある声がした。綾瀬空だった。


 「急に雨が降ってきたから…なな、傘持ってないかと思って迎えに来たんだけど。傘持ってたんだ…」

 綾瀬空は少し気恥ずかしそうで、戸惑っているようだった。


「福田くん、こんばんは」

 初めて見た綾瀬空の私服姿に、ドキッとした。名字で呼ばれたのも初めてで、なんだか胸の奥が熱くなった。


 「なな、傘持ってたんだ。なら、この傘は福田くん使って」

 ますます傘を持っているとは言えなくなった。


 駅まで三人で並んで歩く。菜々海が少し不機嫌そうにしている。親や兄弟と一緒の所を友達に見られるのって、ちょっと恥ずかしいもんな。


 三人とも、あまり話をしない。菜々海と二人の時も、綾瀬空と二人の時も、止めどなく話せるのに。


 雨が傘を叩く音だけがやたらとうるく、3人の沈黙を埋めてくれていた。

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