若輩者の鋭心
ユウとすみれが帰った後、カウンターを片付けていると一枚のメモが置いてあるのに気づいた。ユウが置いていったのだろう。
丸っこくて大きな字。そのままユウの心みたいだ。素直で不器用なやつ。ちょっと愛らしい。
『昨日はごめんなさい。ケーキ美味しかったです。あたし、もっともっとバイト頑張ります!』
頬が自然と緩む。本当素直だな。
「チリン」と入り口の鈴が軽やかに鳴る。まことがいつもの調子で出勤してきた。
スニーカーの音がやたら元気だ。いつものまことだ。妙に安心する。
「おはようっす。オプオプもおはよう」
「さっきそこで、浅倉姉妹に会いましたよ。来てたんすか?姉ちゃん連れて文句言いに来てたり」
「違う違う。なんか謝りに来た。僕が悪いのにね。変に気を使わせちゃったよ」
「まこともフォローありがとう。大丈夫だった?」
少し気になる。
「あー、あいつガチですよ。泣いてました」
まことがわざとらしく笑う。
「まだガキなんであれですけど、オレの目からみたらトミーさん行けるんじゃ無い?」
…お前もまだガキだろう。
「悪く無いと思いますよ」
「ないだろ」
と自分に言い聞かせる。そう言いながらも、熟れない果実をかじった時のようなざわつきが残る。
「またそうやって転がすんですね。トミーさんって」
「転がす?」
まことが皮肉っぽく続ける。
「誰にでも軽く粉掛けといて、踏み込もうとするとナチュラルに距離取るって言うか、スッと避けるみたいな?」
こいつ意外と鋭いな。
図星。踏み込むのも、踏み込まれるのも正直面倒臭いし怖い。
「でもまこと、ユウの事気にしてなかった?」
無理やり話題をそらす。
「ちょっとカワイイな。と思ってましたけど、脈無しだし…微妙ッス」
「それより、…自分、彼女出来そうなんですよ。それでちょっとトミーさんにお願いがあるんですけど…」
「マジで?良かったじゃん。カワイイ?」
「まぁ、自分的にはカワイイと思ってます」
「とりあえず着替えてくれば?」
まぁ、夏だしそこいら中でカップルは出来る。まことも気が多いからな。
まことが着替えて戻って来た。
「で?お願いって何?給料の前借りは二万な」
「違います。明日店休みですよね?ちょっとだけ厨房借りたいんですけど駄目ですか?火の始末と戸締まりは絶対きちんとやるんで」
「後、この前ななみさんに作ってた冷製パスタ教えて下さい。めちゃめちゃ美味いって」
おどけた様子で手を合わせている。
聞けばその娘に自分の料理を振る舞いたいらしい。
「料理できる男はモテるって散々言ってたじゃないですか。流れで明日のランチ作ってあげる事になったんですけど、勝負かけたいんですよ」
拝むように手を合わせている。その必死な姿に思わず吹き出してしまった。
「食材は自分で用意するんで。お願いします!」
確かにモテるとは言ったけど…それは要素のひとつに過ぎない。まぁ、まことなら信用出来るから良いか。
「…バックヤードで変なことするなよ」
「しませんよ!」
笑って僕は了承した。件の冷製パスタのレシピを教える。
「まことにこれ作れる?そんなに難しい事も無いけど」
「意外と凝ってるんですね。材料揃えるのに結構金かかるな」
「食材も店のヤツ使って良いよ」
「マジで?神…ありがとうございます!これはメニュー化しないんですか?」
「この子はまだかな?」
僕は自分の料理を子どものように呼ぶ。
「この前教えてあげたプライドポテトを使ったスープあるじゃん?あれの冷たいヤツも出してあげな」
「ポタージュのスープッスね。冷たくしてもいけるんですか?」
「旨いよ。パスタのソースにも使えるし、じゃがいもより楽だし。ビシソワーズっぽくなるよ」
まことは料理の話をする時、えらく真剣な面持ちになる。
「それとこれ。ユウの為に作ったんだけど、新作のケーキ…」
「それ。やっぱりユウの為に作ったんですね。あいつベリー系が一番好きって言ってたし」
まことがニヤニヤ笑う。
「兎に角、僕は19時位には帰るからね。それまでな。今日出来る仕込みはやっておいた方が良いよ」
「後、オプオプも借りて良いすか?その娘が見たいって」
「別に良いよ。ゲージから出す時はリード忘れ無いように」
「あざまーす。オプオプ、よろしくな」
まことが元気良く返事をして、オプオプも「ウキッ」と鳴いた。
明日は一年に一度必ずお店を休みにして行く所がある。思い出に手を伸ばそうとする度に、胸の奥で彼女のぬくもりが僕を締め付ける。
ギリギリと心臓が軋む音が聞こえるようだ。
「チリン」と入り口の鈴が鳴って、ななみが扉を開けた。
「おはようございます」
「あれ?ななみさん、今日出勤ですか?てかこんな時間に珍しいですね」
「今日はプライベート。店長にちょっとね」
「前から気になってるんすけど、ななみさんとトミーさんってやっぱり出来てるんすか?みんな言ってますよ?」
「えー、無いよ。わたし彼氏いるし」
ななみがいつもの調子で受け答えしている。
「店長おはよう。昨日のお弁当も美味しかったです」
ななみは明日の打ち合わせに来たのだろう。まことがいるから遠慮している。
「まこと、ちょっと買い出し頼める?バジリコとケッパー買って来て欲しい…」
上手い具合に人払いをする。
カウンターにゆっくりと腰を下ろしてななみが口を開く。
「もう7年だよ?そろそろ自分を許してあげたら?福さん」
「姉さんも望んでないと思うけどな…」
ななみは毎年同じような事を言う。
「ウキキ」っとオプオプが小さく鳴いた。




