小悪魔と恥心
昨日の事が喉に刺さった魚の小骨みたい。胸の奥にずっと引っ掛かっているよ。
あれ、可愛くなかったな。嫌われちゃったかな?嫌だな。
一言謝りたくて、嫌がるお姉ちゃんを連れてお店にやって来た。「チリン」っていつもと同じ鈴の音があたしの心臓の音と重なる。変な汗出る。
お店に入ると店長が観葉植物にお水をあげていた。なんでだろう?懐かしい感じがするな。
「おはようございます」
うわ、声が裏返えっちゃった。恥ずかしい。
振り返えった店長は何でも無いような笑顔。ずるい。
「ユウ、今日休みだろ?どうしたの?昨日忘れ物でもした?」
いつも通りの口調。少しほっとする。
…ごめんなさい。って言うの忘れたって言えば笑ってくれるかな?
「お姉さんもご無沙汰してます」
お姉ちゃんにも同じ笑顔。
「ご飯作ってくれないからお客さんで来た。それでもダメ?あたしじゃ無理ならお姉ちゃんになら作ってくれると思って…」
素直じゃない。可愛くないな。
「ごめんなさい。ユウがどうしてもって言うもので。ご迷惑ですよね?忙しい時間に。この子言ったら聞かないから…」
お姉ちゃんが頭を下げる。お仕事の時の顔だ。
店長が少し困った顔してる。やっぱり迷惑かな…
「昼ごはんは?」
「お姉ちゃんとスパゲッティ食べた。でも店長のスパゲッティの方が全然美味しいってお姉ちゃんとケンカになって…」
つい余計な事まで口にしちゃう。
「ケンカなんてしてないでしょ!それに今時スパゲッティって…」
お姉ちゃんが恥ずかしそう。後で怒られるかも?
「ホントごめんなさい。ほら、ユウ帰るよ」
店長は笑ってる。安心する。良かった。昨日の事怒って無いのかな?
「ラーメンじゃ無いんだからパスタの梯子なんかしないでしょ?太るよ?」
ドキドキしてるのに、なんか笑いそう。
「太らないもん。今日はチートデイだもん」
精一杯。お姉ちゃんもクスっと笑った。
「丁度デザートの試作しているんだけど、試食してくれる人がいると助かるんだよな。誰かいないかな?若い女性向けだから感想とか聞きたいのよ。お茶位ご馳走するんだけど」
うそ?そんなの食べたいに決まってる!思わず手を上げちゃう。
「はい先生!」
先生じゃ無いけどまぁいいや。テヘ。
「新作?食べる。あたしが一番乗り?スイーツ?」
目がキラキラする。
「そう。ス・イーツ」
店長もちょっとおどけた。カワイイ。
「お姉さんも是非。でもモデルさんに甘いのはまずいかな?」
「大丈夫です!わたしもチートデイです!」
お姉ちゃんナイス!あたし達は並んでカウンターに座る。
「うわー。ここリスザルいるの?面接に来た時居なかったよね?カワイー」
お姉ちゃんがオプオプに夢中。あたしもオプオプ大好き。
「お姉ちゃん絶対に先に食べたらダメだからね!あたしが一番だからね?裏切ったら絶交だよ」
わりと必死。
あたしは甘いアイスラテ。お姉ちゃんはブラックの珈琲をお願いした。
「店長店長。カフェオレとカフェラテって何が違うの?スタバはラテだよね?」
「またそうゆうことを聞く…」
お姉ちゃんがいつもの苦笑い。店長が違いを教えてくれたけど覚えられなかったよ。まぁいいや。
小振りなお皿に可愛らしくケーキを盛り付けてくれた。甘いベリーの香りがふわっと広がる。よだれでちゃう。
「はい、試作第1号。食べたらこの子に名前付けてね」
「うわー!カワイイ。お姉ちゃん見て!」
「いただきます」
大きな口を開けてケーキを頬張る。思わず目が輝いちゃった。
「店長店長。ヤバい…恋しそう。てかもうしてる」
小さくても胸が弾む。
「食べ物に恋しないだろ?」
店長が笑ってる。良かった。
お姉ちゃんは小さくフォークを入れて、ゆっくりとケーキを口に運んだ。家だと手づかみなのにさ…
「これは…危険ですね」
店長を見てる…その目はちょっと乙女モード。ヤバい。
「店長店長。顔赤いよ。お姉ちゃんモテるからなぁ。でもダメだよ。こいつ小悪魔だから」
「ユウ、そういう冗談は失礼よ。それに小悪魔って何?」
お姉ちゃんが困ったように笑った。あたしも一緒に笑う。こういうの好きだな。
「でも本当に美味しいです。このまま商品化しないんですか?友達に宣伝します」
お姉ちゃんがそう言ってまた乙女モード。店長、その顔は見たら石にされるよ。ダメだからね。
「じゃあ、この子に名前を付けてあげて。良い名前だったらそのまま商品名にするから。二人で考えてみてよ」
嘘?あたしの考えた名前付けてくれるの?責任重大。
「絶対付けてくれるの?だったら良い名前あるよ『ユウ』。あたしの名前付けてよ」
ワンチャン。とか思ったけど、さすがに無理かな?
「ほら、また店長さん困らせないの」
お姉ちゃんがいつもの苦笑い。だよね。
「ウソウソ。本命はこっち」
「Smileって書いてすみれ。お姉ちゃんと同じ」
「お姉ちゃんの名前ね、いつも笑顔でって願いを込めてお母さんがつけたんだよ。良いよね?このケーキもきっと皆を笑顔にするよ。だからちょうど良いよ」
ママのセンス、あり。だよね?
「ちょっと恥ずかしいでしょ!」
お姉ちゃんが顔を赤らめる。
「あたしの名前の意味にはねー」
あたしの名前の由来にも素敵な意味がある。口に出しかけた時、お店の電話が鳴った。
「…明日の昼前には取りに行きます…」
店長が小声で何か言ってる。
「ほら、そろそろ行くよ。お仕事の邪魔したらダメだよ」
お姉ちゃんに背中を叩かれた。邪魔しないで。
「すみません。お忙しい所にお邪魔してしまって。ケーキご馳走様でした。珈琲も。お世辞抜きで美味しかったです」
いつもお姉ちゃんは礼儀正しい。真似したいけれど、あたしには無理だな。
「店長店長。またねー」
お姉ちゃんと並んで店を出た。明日はお店が休みだから店長に会えないんだな。つまんないな。
店を出て数歩。でも足が止まった。
「…やっぱ戻る」
「ちょっとユウ?」
お姉ちゃんが腕を掴む。
「忘れた!」
「何を忘れたのよ。ユウ、今日手ぶらじゃない?」
「謝るの」
お姉ちゃんが呆れ顔。
「さっき散々楽しそうにしてたじゃない?手紙も置いたじゃん。あれで良くない?」
「ダメなの。昨日はごめんなさいってちゃんと言いたいの」
「最初に言えば良かったでしょ」
「だって…緊張したんだもん」
お姉ちゃんはため息をついて、肩をすくめた。
その時、店のドアが空いて店長が出てきた。
「あれ?まだいたの?帰ったんじゃなかったのか?」
うわ気まずい。けれど思わず叫んじゃった。
「昨日はごめんなさい!」
青春映画みたいになっちゃった…通行人が振り返る。ヤバ、恥ずかしい。
店長はしばらく黙って、それから笑った。
「そんなの気にしてたの?こっちこそゴメンな。ちょっと調子にのり過ぎた」
え?店長が謝った。
「…嘘?店長が謝った…」
思わず声が洩れる。両手で口をおさえるけど、もう手遅れだよね。
「ごめんなさいとありがとうは人生の基本だからね」
店長が優しく言った。バイトを始める時に一番大切って教えてくれた事だ。嬉しいな。
「ななみにも怒られたよ」
何でここでななみさん?
「ほら、仲直り出来たんでしよ?今度こそ帰るよ」
お姉ちゃんが笑ってあたしの手を引く。
店長が手を振って店の中に消えて行った。
店長の言葉がしこりのように残る。
なんだろう…胸の奥がじんわりしてるよ。




