余り者の四人
仮名簿で空白を見つけてから、十日が過ぎた。
入学式を終えた朝、その空白は教室までついてきた。
一年基礎課程、第三教室。ルカの机札には氏名と出身地があり、属性欄だけが白い。新しい制服の装備帯にはまだ馴染めず、その上からガレスの古い救助帯を巻いていた。
窓の外では、上級生が倒壊訓練棟から担架を降ろしている。その隣で水術の放水が壁を冷やし、治療班が天幕を張り、さらに奥では小型飛空艇から救助籠が下りていた。
同じ制服でも、目指す仕事は一つではない。火や水で魔災を止める者、負傷者を治す者、壊れた設備を戻す者、空から人を拾う者。学院はその全部を四年かけて教え、最後には災害現場へ送り出す。
ルカが目指す救難実働科は、人のいる場所まで入り、連れ帰る役だ。
その入口に置かれた机で、属性だけが空いていた。
教室へ入る生徒は座席表で自分の名を探し、途中で同じ場所へ目を止めた。
「未判定なのか?」
斜め前の少年が振り返った。
「違う。魔力がない」
「低いんじゃなくて?」
「測定値はゼロだった」
少年は笑わなかった。ルカの机札を見て、次に腰の救助帯を見る。
「防護膜は使える?」
「自分では張れない。充填済みか、機械式の道具なら使える」
それだけ聞くと、少年は前を向いた。好奇心が消え、実習で隣になった場合の危険を考える顔へ変わっていた。
「朝から正直だね」
二列向こうへ鞄を置いたフィオナが言った。制服の襟が片方だけ内側へ折れている。
「隠すなって条件にある」
「聞かれてないことまで答えそう」
「知らないまま組む方が危ない」
教室の後ろから、声を潜めた会話が届いた。
「特別枠って、普通なら落ちてたんだろ」
「属性なしで救難学院か」
「落ちこぼれを拾う枠じゃないの」
フィオナが振り返ろうとする。ルカは机の下で手を上げ、止めた。
「間違ってない部分もある」
「本人が一番、面倒くさい」
教室の扉が開いた。
ローウェンは祝いの言葉より先に、銀色の札を詰めた木箱を教卓へ置いた。
「明日から困らないための確認をする。二人一組で外傷と欠損を見ろ。異常がなければ起動試験」
携帯防護札は、術式事故の破片と熱風を一度軽減する。生徒たちが自分の魔力を通すと、はめ込まれた透明石が教室のあちこちで光った。
ルカの前へ来たのは銀の札ではなく、革袋だった。
中には折り畳んだ防熱布と、口元を覆う機械式呼吸具が入っている。側面の取っ手を引けば、交換式の空気筒が開く。
ルカは吸気弁を押した。布の裂け、筒の封印、取っ手の遊び、留め具の向き。ガレスに教わった順で確かめる。
「フェルド。前でそれを扱ってみろ」
呼ばれて教壇へ出た。
「魔力は使いません。取っ手を最後まで引くと空気筒が開きます。一本で約三分。走れば短くなります」
「防護札との違いは」
ローウェンが問う。
ルカは防熱布を広げ、頭から肩へ掛けた。次に教卓の木箱を指で叩く。
「こっちは熱と煙を減らせます。でも、飛んでくる破片や魔力衝撃は止められません」
防熱布を畳み直し、革袋へ戻す。
「俺がこれを着けていても、安全だとは判断しないでください」
教室が静かになった。
ローウェンは防護札を掲げた。
「こちらも万能ではない。強い術式なら軽減しきれず、起動後は石が割れる。違う道具を持つ者へ同じ仕事をさせれば事故になる。班員には互いの装備と制限を開示してもらう」
黒板へ、四つの短い線を引いた。炎を止める者。崩落を支える者。負傷を診る者。出口を作る者。
「一年次は志望科の違う者で班を組む。災害は、得意な課題だけ選んで起きてくれない。自分にできない仕事を知り、誰へ渡すか覚えろ」
ルカには、渡せない仕事の方が多い。その数を、同じ班になる誰かが引き受けることになる。
席へ戻る途中、何人かがルカから目を逸らさなかった。警戒は消えていない。ただ、何を警戒すべきかは見えたらしい。
休憩になると、生徒たちは得意な術を確かめ合った。ルカの机の周囲には、人一人が通れる隙間が残った。
「その札、裏に何か書けば?」
フィオナが白い属性欄を指で叩く。
「何を」
「鉤縄。避難誘導。得意なこと」
「属性欄だぞ」
「空白よりまし」
ルカは鉛筆を出したが、表には書かなかった。札を裏返し、呼吸具の点検順を小さく記す。
「弁、封印、取っ手、留め具……本当にそういうところ」
「何だよ」
「明日、同じ班だったら見せて。属性名より役に立ちそうだから」
黒板には、翌朝に四人班を発表すると書かれていた。
次の日、黒板の前へ白い紙が八枚並んだ。
一班から七班には、火か水を使う鎮圧向きの生徒が二人以上いる。最後の一枚に、ルカの名があった。
第八班。
フィオナ・セイル――風。
ダリオ・ベルク――地・金属。
セラ・リュネ――光・治療。
ルカ・フェルド――空欄。
空白には斜線が引かれ、意図して空けた欄だと示されていた。
「また一緒だ」
フィオナが人垣の向こうから手を上げる。
近くで金具が触れた。赤褐色の短い髪をした少年が、工具鞄を床へ下ろす。入学試験で救助人形の重さの偏りを見抜いたダリオ・ベルクだった。
彼は挨拶より先に、八枚の班表を端から見比べた。
「一班から七班まで、鎮圧役が二人以上いる」
太い指が第八班の紙を叩く。
「こっちは風、工具、治療、魔力ゼロ。余った役を最後の箱へ入れたみたいだな」
「風を勝手に余らせないでくれる?」
「火を止められるか」
「煙と熱気は逃がせる」
「壁は俺か。工具係へ固定する気なら、教官に言う。俺は壊れた物を直すために来た。後ろで荷物を持つためじゃない」
ダリオが工具鞄を引き寄せた。革の蓋が、金槌や測定針の形に膨らんでいる。
その横で、濃い茶髪を一本に編んだ少女がルカの顔色と手を見た。
「セラ・リュネです。外傷や持病は?」
「ない。検査でも身体は正常だった」
セラはうなずく代わりに、自分の名へ指を置いた。
「治療役を置けば無理をさせても戻せる。そういう編成なら困ります」
丁寧な声が低くなった。ルカへ向けた怒りではないと、それで分かった。
始業鐘が鳴り、ローウェンが教室へ入った。机を四つずつ合わせるよう指示する。
第八班の机は後方の窓側にできた。
「教官。班編成の基準を聞きたい」
ダリオが立ったまま尋ねた。
「属性、志望科、実地適性だ。フェルドの制限も入れた」
「私は列車で一緒だったから?」
「予定外の事故で連携した経験を見た」
「信用されたのか、世話役にされたのか分かりにくいんですけど」
「両方だ」
フィオナの眉が上がった。ごまかされるよりはましだと判断したのか、座り直す。
ローウェンはダリオの工具鞄、セラの手、フィオナの飛行眼鏡へ順に目を向けた。
「ベルクの構造判断、リュネの危険判定、セイルの換気と移動。それぞれを使わせる。フェルドを支えるためだけに選んだわけではない。ただし、彼の制限を無視した編成でもない」
「治療を無理の後始末にはしないでください」
セラが言った。
「その判断は君に任せる。危険なら止めろ」
ルカは三人を見た。自分が別の班へ移れば済むと言いかける。
「別の誰かへ移るだけだ」
ダリオが先に切った。
「かばってるんじゃない。荷物を隣の棚へ動かしても、倉庫の重さは変わらん」
「本人の前で荷物って言う?」
「例えだ」
「でも、合ってる」
ルカが言うと、フィオナは額へ手を当てた。
ローウェンが四人の中央へ訓練要項を置いた。
三日後、西演習場。崩落家屋を模した区画から救助人形二体を、二十分以内に搬出する。時間だけでなく、人形の損傷、二次災害、器具の扱い、班員の安全も評価される。
最後の頁には、班員の役割を書く空欄が四本あった。
「編成は変えない。役割は君たちで決めろ」
ダリオは紙へ飛びつかなかった。机の脚のがたつきを見つけ、工具鞄から薄い木片を抜く。脚と床の隙間へ差し込み、机を押した。
動かなくなってから、訓練棟の見取り図を引き寄せる。
「入口と出口から見る。役割はその後だ」
セラが倒壊箇所へ指を置いた。フィオナが窓側から身を乗り出す。ルカは革袋を机の脇へ置いた。
四人の視線が、初めて同じ図面へ集まった。
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